第2話
時は過ぎる。
ムーンベースホライゾンはすでに立派な月面基地と化していた。
「うひゃひゃ! 見ろこれ!」
光通信によって約1秒遅れの野球中継を見ながらけたたましい笑い声を上げる男の名は山賀利彦とう
「やめなさいよ、そのテレビみて変な笑いするの」
モニターの数値を見ながらコンソールを叩いていた白衣の三井麗香が山賀に呆れた視線を投げた。
「うひゃひゃひゃ! これが笑わずにいられるか! 今年の虎も強いぜ!」
三井がなにか言いかけて、溜息に変換される。
「もう‥‥TA999はずっとまじめに働いてるのに‥‥」
変動する数値と、送られてくる画像データがそれを物語っていた。
「おうよ! そのおかげで俺たちは楽できるっと‥‥うしゃしゃしゃしゃ! またホームランだぜ!」
山賀お手製の虎縞メガホンがテーブルに叩きつけられる。
「もう‥‥」
ピピピピ。軽い電子音に三井が目を向ける。
モニターに『命令完了。待機』と漢字で出ていた。
「あら、早いわね、もしかしてもうレール敷設に慣れちゃったのかしら?」
三井はマイクを取り出して喋る。
「TA999、調子はどう?」
『良好。ただし第2脚の関節Bの損耗度が40%』
モニターに新たに表示された。
「あらら。じゃあ第二格納庫に行って自分で交換できる?」
『了承。すぐ実行しますか?』
直ぐに会話用ウィンドウに文字が流れる。
「実行してください」
『了承。作業開始』
三井はマウスを動かし、モニター上のテキストウィンドウを縮め、TA999を常に追っているカメラ画像ウィンドウを大きくした。
6脚に2腕、それに2本のマニピュレーターを持つロボットが移動している様子が写し出されていた。
「でも凄いわね、TA999は、こんな曖昧な命令すらこなしちゃうんだから」
「ああ? どこが曖昧なんだ? めちゃくちゃわかりやすいじゃねーか」
山賀は頭を三井に向ける。その顔はいかにも怪訝であった。
「人間ならね、でも機械にはとても難しい命令よ。第二格納庫に部品を仕舞ったのはTA999、そしてどの部品がどんな役割かを覚えていて、あまつさえそのパーツを自分で取り替えちゃう、ほんと、人間より優秀よね」
三井は山賀に軽蔑のまなざしを向ける。
「だから全部まかせてるんだよっと‥‥うひゃひゃ! 今日は爆発デイだ! ひゃひゃひゃ!」
テレビの中で虎縞打線が1イニングに2桁得点をあげている映像、その上に白い文字が時折流れる。
『米空母、日本海に二艦派遣決定』
日常的な、ごくつまらないニュースだった。
TA999は今日も月面を忙しく働いていた。
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