Scene6  わたしは、自身を罪深き存在だなどとは思いません  sight of 《フローレンス》



まえがきに代えた

昼メロもどきを読むと何処かが、かゆくなる人向き Scene6のあらすじ


三文恋愛小説風です。



 境夜につくす女になってしまったフロウは メロメロだった。

 それは境夜というタラシの手口なのか? ──それは解らない。

‘ 三つの願い ’と関係なく境夜の願いを叶えたいフロウに境夜は自らの意志を告げる。


注意事項



●フロウは、生身の女性ではなく、精神エネルギー体が理想女性アニマとして顕現した現象です。

●フロウの感情は、境夜とつきあいのあった女性達の精神性から即物的な面を取り去って構成されています。

●某恋愛三文小説風の描写が多くありますが、フロウの精神構造状、止むを得ないものとなっております。

●ですので、何処かが、かゆくなる文章に耐えられるかたのみ御読みください。



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Scene6

 わたしは、自身を罪深き存在だなどとは思いません  sight of 《フローレンス》





 ここは、わたしにとって“楽園”でした。

 “つかのまの楽園”──短い人の生の中で、更にわずかな瞬間と限られた場に生まれた楽しさで満たされた空間を、そう呼ぶのなら──と境夜さんなら、仰るでしょう。


 だから、この時間が終わらなければいいと思ってしまいます。

 わたしという存在には、自由がありません。

 わたしという意織には、意志を持つこともできません。


 フロウと境夜さんに名前を貰った後でも、それは変わりません。

 けれど、感情と願いを知った今、わたしは願ってしまうのです。

 

 いつまでも、この時間が続けばいいと。

 わたしは業深き存在です。


 それが、境夜さんのためにも、わたし自身のためにもならないと識っていて、それでも願わずにはいられないのですから。

 叶わぬ願い、適えてはならぬ想い。邪な欲望。


 邪欲──性的欲求を混同させてそう呼ぶ人間もいるが、本質は欲望を満たす過程で不幸をばら撒く欲望であって、全ての欲望は“ 正しくあろうとする意志 ”の制御を離れれば、そうなってしまうだけで、欲求自体に罪があるわけではなく、原罪など何処にもない──かつて境夜さんは、そう仰いました。


 境夜さんが、これから行ってしまう世界の宗教組織の事について語った時のことです。

 境夜さんの世界でいう聖書宗教に似た“ 唯一神というフィクションで人の動物的欲求を抑圧した奴隷管理 ”を行う宗教の教えなのだそうです。


 その宗教では、人の様々な願いも欲望も区別せずに、神の奴隷や家畜として管理するために、罪と呼ぶのだそうです。


 けれど、境夜さんはおっしゃいいました


 人の持つ願いまでをも、罪と呼ぶのは他者の欲望を否定する事で、自らの欲望を肯定しようとする邪欲による誤魔化しだから、決して混同してはならないと。


 だから、無垢な存在ではなくても、罪を犯してはいないのだと。


 業は、人が持つ欲望であり、情であり、動物としての人の性質だという境夜さんの言葉を信じるなら、わたしは人に近づいただけなのでしょう。


 わたしが、境夜さんを信じないわけがあるでしょうか。

 ですから、わたしは、自身を罪深き存在だなどとは思いません。


 けれど、業深きわたしは、思ってしまいました。

 その境夜さんの言葉を聞きたくないと。


 けれど、止める事など出来るはずもなく、境夜さんは、ついに言ってしまいます。

 この“つかの間の楽園”を次の時へと進める言葉を。



「先ず初めに言ったように、ボクは自身の存り方を魔法やスキルといったもので、害されることも望まないし、利益だとしても変容させられたくはないので、“ 直接、間接に係らず、ボクの世界に存在した法則を変容させる干渉を、排除してほしい ”というそれが一番目の願いです」


 その言葉を聞いて、名残を惜しむ気持ちよりも、境夜さんの先行きに対する不安が強くなります。

 ああ、やはり境夜さんという方は、“ 自らの意志以外で自らを変える事を望まない ”方なのです。


 “つかのまの楽園”で境夜さんという方と、多くの濃密な時を共に過ごしたからこそ、それが解ってしまいます。



「でも、それだと怪我や病気をしたら──! 病院などはないので、異世界あちらでは命取りになってしまいます。 害を被るものだけを拒否してもいいのですから──」


 唯の損得でなく、“ 命の危険に準ずる不利益 ”を前にしても、境夜さんの考えが変わる事はないだろう。

 そう、解ってはいても言わずにはいられませんでした。


 あちらの世界は、魔物や賊や獣といった脅威がありふれた危険な場所です。

 天災に人災に魔災で国が滅ぶ事さえ珍しくはありません。

 怪我をしてしまえば、魔法やスキルに頼るしかなく、医学なども未発達な世界なのです。


 病気になってしまえば、そのまま死んでしまうかもしれない。

 それを境夜さんは理解している筈なのに。


「ありがとう、フロウ。けれど、そういう“ 都合のよさを認められる ”ほど、ボクは器用な人間じゃないんだ。“ 魔法やスキルなどない世界の人間 ”がボクなんだよ。魔法やスキルを使う人達を否定するわけじゃないし、仲良くしていきたいとは思ってるけど、ボク自身を魔法やスキルで変えるつもりはない」


 思ったとおり、境夜さんの考えが変わる事はありませんでした。


 “ 自分に不幸が訪れないなんて思い込み ”も、“ どんな事があってもくじけたりしないという強がり ”もなしで、境夜さんは、そう決めてしまうのです。


 “ 命というものは唯一無二のかけがえもないもの ”と想って、自分も他者ひとも大切にしたいと想っているのに。


 それと同じくらいに“ 境夜さん自身が創った自由意志のマニュアル ”は、境夜さんにとって大事なのです。


 いえ、そうではありませんね。

 “ 命というものを唯一無二のかけがえもないものにする ”というのも、“ 境夜さん自身が創った自由意志のマニュアル ”の一つなのですから。


 その二つは、境夜さんにとっては同じもの──“ 決して、穢してはいけないと心の中で決めたもの ”──なのです。

 


「でも、フロウの気持ちは本当に嬉しいよ。ボクも死にたいわけじゃないから、色々と考えたんだ。だから二つ目の願いは“ ボクの資産と同等な物を持って行けて、かつ擬似的な資産運用ができるような装置システム を用意してほしい”というものにするつもりだ」


 だから、そういって境夜さんは、優しく微笑みます。

 

「装置の制御端末や仕様については、これから設計しようと思ってる。財産の定義は……ボクの本当の財産は、人との繋がりなんだけど、財団や機関はあの世界のみんなのためのものだから、個人資産になるかな」


「やっぱり、人の複製は──」


 わたしが言いかけたのを、境夜さんは視線で止めて首を横にふります。


 人との繋がり──望むならば、物質だけでなく人のコピーもできると、お伝えしているのですが、境夜さんはそれを望みません。


 “ 命というものを唯一無二のかけがえもないものにする ”という境夜さんの意志とはそういうものだからです。


 境夜さん自身だけにではなく、全ての人々に対してそうあれと望むものだからです。


 だから、孤独を好まないのに、境夜さんは唯一人で、けれど境夜さんのいた世界と繋がったまま、異世界へと面向こうとしています。


 それは、境夜さんとって“ 決して穢してはいけない自由意志 ”です。

 

 解ってはいたのですが、それでも言ってしまいたくなるのは、わたしが業の深い存在だからです。


 そして、それと一緒に口から出そうになる言葉があります。


 わたしを連れて行ってくださいませんか?


 境夜さんの世界の方たちを、その世界から切り離してしまう事は、境夜さんにとって大切なものを穢すことです。

 けれど、私なら? ────そう、思ってしまうのです。


 もちろん、それは許されてはいません。

 境夜さんへの御願いはできますが、異世界へ降り立つのなら、わたしは全ての干渉力を還元され、知識も能力も失い一生命として生まれ変わらねばなりません。


 それは、超越神アイオーンの目的を果たすために定められた禁忌ゆえの──決して《わたし》としては見過ごせぬ──決まり事です。


 唯の人として、境夜さんの側にいられる。


 わたしが、《わたし》と切り離されたとしても──

 無力な一個の命へとなったとしても──

 それは、忌避する事ではなく、わたしにとっては、とてもとても嬉しい事です。


 ああ、それはなんて甘やかで残酷な願いなのでしょう。


 全てを告げ、連れて行ってくださいと頼めば、境夜さんは、無力なわたしを連れて行ってくださるでしょう。


 境夜さんと共に過ごした日々が、境夜さんはそういう方だと教えてくれます。


 でも、だからこそ──境夜さんのための“ 三つの願い ”の一つを、わたしの願いに変えてくださいなどとは──それが禁忌でなくても望めません。


 それは、境夜さんの足手まといを増やし、危険にさらす願いだから。


 ああ、それでも業深きわたしは、境夜さんの側に──そう、望んでしまうのです。


 けれど、わたしと境夜さんを引き離す“ 三つの願い ”を聞き終える時は近いようです。


「あと一つの願いは────」

 

 境夜さんは二つ目の願いの詳細を語る前に三つ目の願いも口にします。


 最後の願いが告げられるまでの一瞬を永遠に留める事が許されるのなら、そう考えるわたしの愚かさに気づかぬまま、ゆっくりと言の葉が紡がれていきます。


 それが、わたしが《わたし》から完全に分離した瞬間だったのです。




 

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あとがきに代えた

次回予告



今日も、ちっぽけな生命が喰い合いをしている。

俺の意思一つで、どうとでもなる無力で滑稽なオモチャだ。


愛しいペット。

楽しませてくれるオモチャ。

ゲームのコマ。


俺達、 造物主デミウルゴスが知的生命を、どういう風に考え扱うのかは、それぞれだ。

だが、共通していえるのは、“ どうとでもできる存在 ”という認識だ。


だから、たいていは退屈してしまう。

俺が、その“ 緩やかな精神の死 ”に捉えられそうになっていた時、やつは現れた。


《芳桜院 境夜》──外なる神によって訪れた《稀人》。


そうして、特別な御楽しみが始まる────。









次回

Scene7

 さあ、《芳桜院 境夜》。 俺に新たな愉悦と快楽を与えてくれ。 sight of 造物主デミウルゴス


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