5
遠くの方で叫ぶ声が聞こえた。
そう感じた次には、僕はそこに突っ立っていた。
ハッとして、辺りを見回す。
ボディもくまなくチェックする。
溶けていない、損傷もしていないし、いや……なんだこれは。
「どういうことだ」
まるで、人間が見る夢というものみたいじゃないか。
僕は、今の今までアバドンの大群の中で戦い、敗れたというのに。
なぜ僕は卵型宇宙船の隣に立っている、ハッチの中にいて、何故彼女が――外に出ている。この立ち位置はさっきの逆じゃないか。
「巻き戻しって…………こういう使い方もできるんだよ……、っ、はぁ……っ、これは、ぼくのとっておき、少し前の全体の時間を戻す、いつも、っうまくできないんだけど、成功してよかった……っ、でも……すごい力使うから、もう……できないけどね」
「ノルニル、今のは君が……いや、それよりもなんでそんな場所に――」
肩を大きく上下させ、汗まみれになった顔で弱々しく笑うノルニル。
満身創痍をなんとか抑え込んだ彼女の笑顔の後ろで、破壊の音が広がり。
壁を突き破って、先ほどと同じ光景が、アバドンの群れがまっすぐこちらにやってくる。
なにやってる、はやくこちらに――僕が彼女に手を伸ばそうとすると。
それも巻き戻しの効果なのか、僕の目の前でハッチが勢いよく降下してきてあろうことかロックがかかった。
「ノルニル!なにを考えている!!」
「それは、人間がつくった船だよ、魔法使いのぼくじゃない、君に用意された船だ」
向こう側から声だけが聞こえる。
あれだけ言ったのに。今更なんだ……!
「ふざけたことを言うな!死ぬ気か!」
「ライ君、ぼくねえ……ほんとうは、もうとっくの昔に死んじゃうはずだったんだよ。ぼく、病気なの……魔法使いだけがかかっちゃう、病気。足の先からどんどん力が入らなくなって、最後は全部が動かなくなって石みたいになっちゃう……、だからぼく神様に嫌われるくらいのズルをしたの、一人で死にたくないから、誰にも気づかれずに死にたくないから、――自分の時間を、止めたの」
彼女はそこで泣いているようだった。
「だから、無限に近い時間を一人ですごすことは、きっと神様がぼくを怒っていて、みんな生きたかったのに、わがままでズルしてる罰なんだってずっと思ってた…………。でもそしたらライ君がぼくのところに来てくれて、目を開けてくれた……。それで思った、神様はぼくを憎んでなかったって。だからもう、これでいいんだって」
「なにがいいんだよ」
「ぼくもう、寂しい思いしないで命を終わらせられる。死ぬのは怖いし、痛いのは嫌だけど……でも君がいたから、ぼくはここに生きたっていう証を残すことができた。君はぼくのお願いを叶えてくれるって言ってたけど、ライ君が目を覚ました時から、ぼくの望みはもう全部、叶ってるの」
「そんな……そんなつまらないものが望みだと!そんなんでいいっていうのか!!いいわけないだろ!」
いくら叩こうが蹴ろうが、ハッチは分厚くびくともしない。
こうなったら、砲撃をあびせるしか――。
「大丈夫、君みたいには戦えないけど、魔法で、少しは足止めできるから……っ」
「やめろ!」
「ライ君、ぼくを心配してくれるなら、その船に乗ってよ。ぼくが乗るよりも、君が乗った方が絶対にいいって……ぼくわかるもん。君はちゃんと動ける、戦える。なにもできない、荷物のぼくとはちがう、から……」
「あの時、荷物って言ったこと怒ってるのか!?謝るから、なあ、ここをもう一度開けろ!」
「…………ありがとう、っ、ライ君……よかったよ、初めて見つけた時、君をぶっ壊さなくて……短い間だったけど今までほんとうに楽しかった……ぼくのこと嫌いなのに、いっぱい助けてくれて、……カレー、まずかったけど、おいしかった……作ってくれて……嬉しかった……」
「ノルニルッ!!」
「……ぼくのこと、忘れないでいてほしい。できたら、だけど。……ぼくがここで生きて、ここで、死んだこと。…………君にだけは。覚えていてほしいよ」
それきり彼女はなにも言わなくなった。
「おい!ノルニル!ふざけるな!黙るな!!おい!!」
なんて身勝手な。散々人の背中でキャアキャア騒いでおいて、死にたくないくせに死に急いだり、子供のくせに、あんな根が腐ったようなこと並べて――何様のつもりだ。
僕はハッチを叩きまくるのをやめ、乱暴な手つきで宇宙船の扉をこじ開けた。
クソッタレ、このままで済ませられると思うなよ。
『お客様!出発で御座いマスか!?』
「まだ発進するな!それよりも、エンジンを温めてすぐにでもハイパードライブができる状態にしておくんだ!」
ノアに告げて、僕は機内に乗り込む。
操縦席、燃料タンク、その他の精密そうな機器に囲まれた、座席が一つ。
どう考えたって二人は乗れない。
だが――。
考えろ。考えろ。考えろ。
偏った機械の頭で、ショートするぐらいに考えろ!
こんな時、人間ならマシな考えが思い浮かぶはず。
トート博士なら。
彼なら、どうする。
――人も魔法使いも、皆等しく乗り込む権利がある――
その意味、今ならわかる気がするんだ。
――最後まで諦めないでくれ!私もまだ諦めてはいない!――
ああ、僕も、このままなにもしないのは嫌だ。
――君はしようと思えば、魔法使いを受け入れることさえできる、親しくなり、愛すこともできる、プログラムに逆らってまでそうする権利もある――
――君は自由なんだ、なんでも好きに選んでいい――
ノルニルを抱えて飛んだ時の、あのうるさいくらいの奇声と笑い声が蘇った――。
その時。
僕の中のなにかがブツッと切れたような感覚を覚えた。
切れて、ものすごく熱くなって、しばらくして消えた。
なにが起こったかはよくわからない。たぶん、今のは僕がそうしようとしたからなったんだと思う。
人のいなくなったこの星で。僕にそれはもう必要なかったのだと、守り続けたってなんの意味もないことだと。やっと今、気がつけた。
僕は今日限りで、魔法使いを殲滅せよというプログラムを放棄し、決められたレールの上から外れることにし。
そして今この瞬間、この危機を――自分の意思で打開することを選んだのだ。
それはとてつもない高い場所から翼も広げずに飛び降りるような心境だったが。
降りてみたら、なんてことない。
むしろ思いのほか、ボディの隅々が軽くなった気がして、とっても楽だ。
してはいけないようなことをしてしまったような、それでもやってやったという感じの、あまり褒められるものではない気持ち。
なんでもできそうなおかしな自信すら感じる。
僕、ちょっと壊れたのかな。
そう思いながら、目の前の一人分の座席の、根元に向かって手を伸ばした。
『お、お、おおおおお!?お客様なにを!?』
「見てのとおりさ」
座席を外してる。それだけだ。
『おきっ、お気は確かで御座いマスか!?そのようなことをしてしまえばどうなってしまうかおわかりなのデスか!?』
「おわかりだ、ちょっと黙っててくれ」
『し、しかし!!ぇええ、あああああッ!!』
よし、綺麗に外れてくれたぞ。
外れた座席をそのまま宇宙船の外に向かって思い切り放り投げ。僕は続いて、見た感じどうでも良さそうな機器を選んで片っ端から掴んでは力任せに引っ張って外していく。
なんだこれ、CDコンポか!?こんなの誰が取り付けたんだ、いらないだろ!!
隅の方に積まれていた細長いガスボンベみたいなのも全部抱えて外に投げつける。
『ちょ!なにがしたいんデスかお客様!?』
綺麗さっぱりにリフォームされた空間に両手を広げて僕は応える。
「ほら、いらないもの捨てたおかげでこんなに広くなったぞ、これなら二人くらい余裕で乗れる……!」
『そっ…………その発想はなかった!?』
僕はハッチの下の隙間に指を入れ、最大馬力解放、壊すぐらいの勢いで持ち上げそこを開け放った。
「ノルニル!!」
呼びかけると、彼女はハッチの横下で丸くなって泣いていた。
もう魔法も使えないのだろう。アバドンの黒い波はすぐそこまで迫ってきていた。
顔を上げ、鼻水と、涙とで顔を濡らした彼女は僕が船に乗っていないことにこれ以上なく驚いている様子だった。
「ライ君…………なんで、なんで乗ってないんだよ!!もうぼく……時間、止められないし、戻せないのに……!!」
そんな彼女に、僕は腕を伸ばす。
「発進する準備は出来てる、さあ乗るぞ!」
「なに言ってんの……っ」
『ぇえ~まことに残念なお知らせでぇ御座いマス。当機体、こちらのデストロイヤーさんの突然のご乱心により、搭乗座席が皆無となってぇしまいましたのでぇ御座いマス……』
言いにくそうなノアのアナウンスにノルニルは顔を真っ白にする。
「ばかじゃないの!?なにやってんのさ!!」
「でもこれで二人乗れる、あとは運に任せよう!」
「運って……!」
自分でも運なんて不確かなワード口にするなんてどうかしてると思ったがなりふり構っていられない。
「ノルニル、僕は戦えるけど、自分の体を直すことができない、君は戦えないけど、僕の壊れた体を直すことができる。君には魔法がある。僕には技術と知識がある。なあ、遠い銀河でもこれを組み合わせればアバドンでもエイリアンでも楽勝だろ」
お互いできることがあって、そのぶんできないことがある。だからこそ。
二人でいれば、切り抜けられるものが多い。
「ここを出るんだ二人で!!」
「でも、ぼくは……病気で、ライ君の足手まといに」
「だったらなおさらだ、病気を治す方法をこの星から出て見つければいい、そして君の仲間を探すんだ!言ったじゃないか、仲間のところに返してやるって!!」
「っ、……う――」
ノルニルの両目がじわりと金色に染まって、揺れて。目頭から目尻から、涙がぼたぼたと溢れていく。
君は感情を隠しても隠しきれないんだな。
彼女の目の色、気持ちの変化を知って僕は安心して告げる。
「百年彗星の正体が宇宙クジラなのか……ほんとうに存在しているのか、確かめに行こう、一緒に!ノルン――!!」
「うっ……っ、ひ、く」
伸ばしまくったその腕を。
「うん、いく――!」
悲鳴じみた声を出してノルンが強く掴んでくることは、もう確信していたよ。
彼女の体を持ち上げて、スカスカになった宇宙船に乗り込む。
「敵は多いぞ、やれそうかノア!?」
『いや、あんなムネアツな名場面見せられて、ここで潰されるとなったらオートパイロットの名折れで御座いマス。小さくてもワタクシはれっきとした宇宙船、箱舟ノア・リトルの名にかけて、お客様の安全な脱出に全力を尽くす所存でぇ御座いマス』
そのまま加速して、機体は滑走路を目指して走り出す。
アバドンたちの群れを押し退けて。
『ええ、間も無くハイパードライヴ発動となりマス。お客様、当機体は座席がぁ御座いません。座席がぁ御座いませんので、ご搭乗のお客様はドライヴ発動前に、硬く出っ張ったものにしがみつかれ、お体をけして離されぬようにされることをお勧め致しマス。それでも大気圏突破まで生き残れる保証はぁ残念ながら御座いません。ワタクシ、パイロットとしてお客様のご無事を祈ることしかできませんが、どうぞ、バラバラグチャグチャになられぬよう、お気をつけぇえ、下さいッ』
「アナウンス声でサラッとグロテスクなこと言うな!」
文句を言いながら、僕は既に激しく揺れまくる機内で上着を脱ぎ捨て、腹部に手を突っ込んだ。
ボコッと音がして、ちょっと煙が上がる。
「ライ君!?自滅!?」
「違う!このまま行ったら確実にノアの言ったとおりになるからな!」
中をごちゃごちゃ探って使えそうなパーツを掴んで引っこ抜く。ワイヤーにシリコンチューブか、よし。
「壊れちゃうよ!!」
「空中でぶっ壊れるよりマシさ!!」
腸のように長いそれで僕はノルニルと自分の胴の部分をしっかり縛り。
残りを、ドアノブを握る腕にグルグル巻きにした。
『大丈夫デスか!?』
「ああできる限りのことをした!行ってくれ!!」
窓から外を見れば、数を増やしたアバドンの群れが、宇宙船目掛けて尾を伸ばし迫ってきている。
僕の体にしがみつくノルンの頭部を僕は抱きしめ。合図する。
「滑走台に乗った、今だ!」
『ではいきマスよ――ハイパードライヴモード発動、3、2――』
秒読みが開始され、外の様子を伺った僕は、速度を上げて飛び立とうとする船の中で。
猛スピードでアバドンの群れを引き離し、滑るように越していく景色の隅に、
『1――、』
白衣の、見覚えのある後ろ姿を確かに見た。
真っ直ぐと背筋を伸ばし立っていたその人はその時、小さくこちらに振り向き。
そして、ふらりと片手を上げて。
きっとそこで微笑んだのかもしれない。
「はかせ――――」
0――。
ノアのその一声で。
その瞬間。僕らは方向すら忘れそうな、想像を絶する超スピードに意識の全てを乗っ取られた。
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