第7話 星の海
1
トート博士は。
きっと、宇宙船に乗れなかったんじゃない。
乗らなかったんだ。
トート博士の手首には、外せない腕輪がついていた。
大罪人の証。あの地下都市から離れると爆発してしまう。
だから、最期にあんなふうに嘘までついて。
あの場所に留まって、生かす道を選んだのだ。
人と、魔法使いを。一人でも多く、鼓舞し続けた。
トート博士が乗るはずだった宇宙船で僕らは地中深くから舞い上がり。
トート博士が一人で出ることができなかった場所から、僕らは二人、夜明けの空に打ち上がる小さな光になって。
地上から。
空から。
この星から。
飛び立っていく。
◆◆◆
気がつくと、僕らはべろんと逆さまに横たわっていた。
あれから、卵型宇宙船は地中から地上へ続く滑走台を垂直に登り上げ、天へと上昇した。
ごうごうと音を立て、これでもかというほどに揺られて、体は勝手に浮き上がり、もうこれ以上ないくらいに、そろそろやめてくれと根をあげたくなるぐらいに、僕の頭部やあちこちは、船内の壁に叩きつけられ。
遂にはショートしたのだ。
目を覚まし。
まず、腕に抑え込んでいたノルンの安否を確認する。
「おでこ打った、体も痛いよ」
「それぐらい文句言えれば大丈夫だな」
腕の中でもぞもぞ動いて、苦そうな顔を見せるノルンに僕は初めて――そこで少し笑った。
「でもライ君はもっとひどいね……お腹は破裂してるし、首も曲がってる、腕もボロンってなってるしさ」
「どおりで視界が曲がってたわけだ」
「また直さないとね」
「ん。……頼むよ」
機内にポーンと音が一つ鳴り響き。ノアのアナウンスが入ってくる。
『お目覚めデスかお客様。今しがた無事に大気圏を突破致しました。ドライヴモードを解除し、機内の重力は正常どおり戻りました。いやはや……どうなることかと思いましたが、お客様がワタクシの中でトマト缶とコンビーフをぶちまけたような状態にならなくて本当に良かったデス……』
「ノルンよりも面白いものの例え方をするなノア」
にしても、本当に大気圏を突破したっていうのか。
僕は固定していた腕とノルンを離して。一緒になって宇宙船の丸い窓から外の様子を確認することに。
ノルンが歓声を広げ、僕は信じられない光景に数秒フリーズした。
地上でも、上空でもない。
そこに広がっていたのは、もう僕たちの知っている世界ではなかった。
光が蘇り、やがて死んでいく場所。そしてまた蘇る場所。
今はそれぐらいしか表現が思いつかない。
ただひとつわかるのは、僕たちが今いるのが星と銀河の境目だってこと。
そして船はそうやって釘づけになっている間にぐんぐんと上昇していき、僕たちの故郷を小さくしていく。
この未知に溢れた世界を僕は記録として、しっかりと残しておくことに決めた。
「果てしないな……」
やはり地表には青と緑は残されてはいなかった。
かつて星の表面の殆どは美しい青で覆われていたというのに。
戦争の果てに待つもの……、ああ、これが答えなんだな、トート博士。
「ぼく……、今日もあの家の床で眠るものだと思ってたよ……」
高い!すごい!を繰り返して窓ガラスに頬をくっつけていたノルンが、いつの間にか黙り込み、ぽつりと呟いた。
とんでもない騒動の中で興奮しっぱなしだった彼女もだんだんと熱が冷め、今の状況を理解してきたのだろう。
自分たちがこれから、全く見知らぬ無限の世界へ旅に出るのだと。
もう、帰ることができないのだと。
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