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「ライ君、これ……乗ったら宇宙に行っちゃうの」
「みたいだな」
「でも、でもっ、行けるのって二人でじゃないんでしょう」
「……ああ」
『力不足で申し訳ありませんお客様。ワタクシが非力な小型ではなく、万能な大型船であれば……』
これからどう動くか。
選択肢は三つ。
・僕が箱舟に乗ってノルニルをここに残すか。
・ノルニルが箱舟に乗って僕がここに残るか。
・二人とも乗らずに、この枯れた星に残るか。
一番目の選択肢は僕には選べない。
これは人間が生命という種子を存続させるために遺した船だ。生きていない機械の僕に乗る資格はない。
三番目、これも除外だ。
この星にアバドンが蔓延っている限り、きっとこれからも戦闘は避けることはできない。僕はともかく彼女は安全ではない。第一、最後の生存者たちがこの星を捨てているというのなら、この先ここに留まり続けたって未来なんかない。
消去法でいくならば――、
「ノルニル、この船には君が乗って脱出するんだ」
「ライ君!?」
「それが最善だ、これに乗って仲間を探しに行け」
彼女を下ろし、開いた船の中に押し込もうとすると、それを彼女はよしとせず、激しく拒んだ。
「ライ君はどうするのさ!」
「聞いただろ、これは二人では乗れないんだ。僕はここに残って、なんとかして脱出する。この星で、生存者を見つける」
「だったらぼくも残るよ!」
「それはだめだ」
ノルニルの薄灰色の瞳に青みがかかってくる。
「ぼくが、邪魔になるから?」
「そうじゃない。君が生きているからだ」
「ライ君だって生きているでしょ!」
「違う、僕は機械だ、生きているようには見えても、生き物ではない」
でも君にはちゃんとした命がある。
「生あるものには。生き抜く義務がある。そして僕には、機械兵としての義務がある。戦争の果てに広がるものを、ここで記録し続けなければ」
「わかんないよ、……わけわかんないよ!なんだよそれ!いやだよ!ぼく絶対に一人でなんて乗らないよ!」
「わがままを言うな!どっちかしか乗れないんだぞ!」
「いやだよ!ぼく宇宙になんて行きたくない!そんなところに行ったって、ぼくのこの脚じゃどこへも行けない……なにもできずに死んじゃうだけだよ!誰も知らない、誰にも見てもらえない場所なら、ここで……、みんなが死んだこの星で死にたい!」
「そんなことを言うな!君は生きてるんだぞ!嫌でも生きるんだ!いいから乗るんだ……!ノアもついている、操縦は彼がしてくれる、そうすれば生き物のいる星までたどり着くことができるんだ!」
「いやだっ!いやだいやだいやだ!!いやだ――!」
腕に絡みついて離れないノルニルが高い叫び声をあげた。
その時だ――。
空間全体を包み込む揺れと地響き、異様な雰囲気。
遠くから響き、確実にこちらに近づいてくる。不快感を誘う、化け物の咆哮。
『なんデスか、この音……』
まずい。
来た――。
奴らに嗅覚があるかどうかはわからないが、ここまで来ると相当な探知能力だ、でなければ執念か。
僕たちが通ってきた入り口と、その付近の壁を豪快に破壊して、ぞろぞろとアバドンたちがターミナルに侵略してきた。
サイズは、今までで一番小振りではあるが、奴らは仲間を大勢を引き連れてやってきていた。ざああああっと黒い波がこちらに押し寄せてくる。
醜悪なフォルムを黒光りさせて、先頭の数匹が発見を他に知らせているのか、警報器のような声で鳴く。
冗談じゃない。これ以上仲間を呼ばれたら、
『あれが黒い悪魔――!なんてことデス!早くどちらか乗り込んでください、滑走台が損傷したらワタクシは飛べません!!』
「ノルニル!」
奴らが迫ってくる前に、卵型機体をハッチの中に引きずって戻し、そこにノルニルも座らせ、僕は刀を抜き出して飛び出す。
「早く乗れ!」
「でも……!」
「でもじゃない!乗れ!」
見くびってもらっちゃ困る。
僕はまだ、奴ら相手に本気すら出していない。いいだろう、丁度両手もあいたことだし、おまけにここは広い、思う存分やってやるさ……!!
「特別武装型の本気を思い知らせてやるぞ化け物――!」
戻ってきて――!その叫びに振り向くこともせず、無数の赤い眼たちを迎え撃ち、切り崩す。
砲撃で吹っ飛ばし、次に飛びかかってくる奴らを『鬼殺し』で薙ぎ払う。それでも間に合わなければもう殴り伏せ、蹴り抜くだけだ。
ただ奴らにもそれなりに知能は備わっているらしく前方からだけではなく、左右、後方からも回り込んで飛びかかってくる。
斬っても斬っても。
ベルトコンベアーのようにして奴らはぞろぞろやってくる。
複数機ならまだしも、単機で突っ込むのはやはり馬鹿げているか。
まあいい、結局ここで全部を根絶やしにすることが目的ではない。
時間が稼げればそれでいいのだ。
宇宙船が発進すれば、あとはもうどうだっていい、ボロボロのスクラップになろうとも構いはしない。
後方に迫ってきた数体が黄緑色の粘液をブシュッと吐き、それが僕の足元を掠めてブーツと表面のスキンを溶かす。
そうかと思えば、前方から口腔を広げてタックルしてくる一体、避けようとすると今度はあのばらばらと動き回る尾に巻きつかれ、四肢の自由を奪われた。
こいつら、連携でもしているっていうのか。
後頭部を丸呑みされる前に、僕を捕縛しているバカタレどもの尾を掴み、逆に引っ張ってそのまま振り回す。
隙ができたかと思えば粘液の砲弾が一点集中に打ち上げられた。
アクロバットで避けるも、ひと息つく暇もない、難易度は数秒単位でどんどん上がってくる。
アバドンの体液滴る刀を振り回し、斬りつけ、斬り落とし、刺し込み、投げつけ、一秒でも多く、そして効率的に倒すことを模索しながらの戦闘。
数分経つ前に僕の周りはアバドンの残骸の山でいっぱいになった。
まったく、さっきはあんなこと言ったけど、とんだ置き土産を残してくれたものだよ人間。
その後始末を機械兵の僕がやるっていうのも。
またそれはそれで――。
「ライ君ッ――!!」
……。
ほんとうに。
こういうお約束の展開はやめてほしいな。
とっくに息の根を止めたかと思っていた、床に転がった一体が、最後のひと絞りか、僕の真横に粘液を吹きかけてきた。
想定外の最後っ屁に、いや、この場合は最後ゲロ、に対応できず。視界が黄緑色に染まる。
ジュウウウッと僕の半分が一気に溶けだし、その次の瞬間、束になって飛びかかる化け物どもに飲み込まれた。
ちょっと短か過ぎたかな。
まあいい、これで充分だろ。
乗り込んでるな。ノルニル?
トート博士。あなたの言う通り、生存者を僕は助けたよな?
これで……、任務、完了。
だよね。
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