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『頼む……ッブツ――……生き残ってくれ!一人でも多く!生き延びて此処を出てくれ!ッ……ブツ……、辛いだろう苦しいだろう怖いだろう――でもここで諦めてはいけない!何故なら君たちは生き残った、無益な争いで死んでいった人たちが生きたかった今を生きている!絶対にその命は無駄にしてはいけない、絶対にだ――!』


『トート博士ッ――!!』


 彼の訴えに被せるように、ひどく取り乱した様子の若者の声が突っ込んでくる。


『早く逃げて下さい……!危険です!奴らはもうすぐそこまで来ているんですよ!』

『君も早くターミナルに向かいなさい!!』

『あなたもです!なにを考えているのですか!こんなところにいたら――』

『大罪人は最後に乗り込むことにするよ、それよりもこの騒ぎで道に迷っている者がいるかもしれない。導かなければ』

『今はそんなこと気にしている場合では!逃げましょう!小型船もまだあります、行けば間に合います!博士!』

『構わずにいきなさい!私もすぐに行く――、君…………これを先に持っていってくれないか、あとで返してくれ、大切なものなんだ。さあ、これで口実ができたね、行くんだ!』

『トート博士!』

『こちらN-Bフタマルゴ号室、N-Bフタマルゴ号室!聴こえている者がいたらただちにターミナルへ向かい箱舟に乗り込みたまえ!けして最後まで諦めないでくれ!私もまだ諦めてはいない!脚を動かし前進してくれ!きっとやれるはずだ!生を掴み取る力は誰にでも備わっているのだから!一人でいる者は自分を信じるんだ!仲間といる者は仲間を信じ、諦めかけている者は此処にいる私を信じて立ち上がってくれ!私は此処で君たちの勇気を讃える、そして祈っている――!』


 画面から飛び出しそうな爆音が鳴り響いた。


『幸運と健闘を――……』


 ブツリ――、とそこで動画は途切れ、モニターはなにも映さなくなった。


 今のは、トート博士が残した動画ログ……だったというのか。

 ターミナル、箱舟、逃げる、危険……。嫌な予感しかしない。


 なにかが、起こったのだ。


 この居住区から地下都市全体にかけて。人々がいなくならなくちゃならない……ただごとじゃないなにかが。


 あのトート博士の叫び声。必死にターミナルへ向かうようにと誘導していた。箱舟……ということはこの下に飛空挺ひくうていでもあったのか。


 それに気になるのは、人間と魔法使い、等しく乗る権利があると言っていたこと。ということは両種族ともこの地下都市にいた……?


 シェルターとも言っていたな……。


「まさか――」


 その時、僕の中で点と線が真っ直ぐに繋がった。


 そして踵を返し、急いであの食糧庫に引き返す。


 僕は馬鹿だ、こんな、こんなこと、少し整理し直せばすぐに気がつけたはずなのに。


 この地下都市に足を踏み入れた時、もっと深く疑問に思うべきだったんだ。


 アバドンは最初に対峙した時、どこから姿を現した。


 地中からだ。


 では何故、地中から出てきたのだ。


 それは、ここが彼らの、巣穴だからだ。


 アバドンは生命エネルギーに引き寄せられて獲物を捕食する。


 かつてこの地下都市はアバドンに襲撃されたのだ、そして残された彼らはこのアリの巣のような地下都市を寝ぐらにしていたのだ。


 それならば、あの壁の深い傷も、天井の大穴も、部屋の惨状も納得がいく。


 いいや疑問が解決したからなんだ――!


 急げ、急げ――まずい――、


 今出せる最高速度で僕は食糧庫の前に戻ってきた。


 だが。


 あがる甲高い悲鳴。


 通路と食糧庫を隔てる壁に、見覚えのあるグロテスクな躰が半分ほどめり込んでいた。


「ノルニルッ――!!」


 僕は右手で刀を抜き出し、左手で発砲を開始した。


 弾丸はやはり硬い装甲に弾かれて貫通しない。


 それでも奴の気を引くことぐらいには役に立ち、崩れた壁とその残骸の中から、あの化け物が後退して出てきた。


 鋭利な歯が連なる口腔の端に、捕食寸前の小動物さながらに暴れ狂う彼女を引っかけて。


「ライ君――ッ」


 それを見て僕は取り出しかけた手榴弾から指を離す。


 仕方ない。


 一気に、急所を、狙う――!


 抜き出した刀の柄を逆手に握り。垂直に、槍投げの要領で投げつけた。


 最大出力を纏った『鬼殺し』が、奴の左顔面を抉る。


 醜い声をあげて口腔をばかりと開き。暴れ回るアバドンと、その激しい動きに振り回されるノルニル。


 彼女というより彼女が包まっていた僕の上着が引っかかっているのか。あれは。


「今だ、時間を止めろ!!」


 彼女の悲鳴をも飲み込む声で警告をし。


 間も無くして僕と彼女以外の全てを掌握する“時”がやってきた。


 チクチクと秒針の音が鳴り響く。彼女が生み出した停止の空間。


 体感するのはこれで二度目になるが、この魔法はどうやら彼女の意思で停止しないよういくらか対象を除外できるようだ。


「待っていろ。今そこから降ろしてやる」


 僕は腕を伸ばして、ガタガタと震えていたノルニルをアバドンの口腔端から引っ張って降ろした。


 見たところ、怪我はなさそうだな。つくづく運のいい奴だ。


 なんて思ってたら、思い切りこめかみ辺りを殴られた。


 硬い――、っ、な――こいつ缶切りで殴りやがったな!


「なにすん――!」

「ばっ、ばっばっばっ、ばかっ!ばかぁあ!一緒にいてって言ったのに!なんでいなくなっちゃうんだよ!ヒドイよ!!」


 半べその訴えに僕は出しかけた文句を引っ込める。


「悪い。僕の判断ミスだった……」

「死んじゃうかと思ったんだよ!ぼくは魔法は使えても、一人じゃ戦えないし、今は車椅子もないから逃げることもできないんだ!」

「悪かった」

「もう勝手に!どっかいかないでよお……!!」


 ひくひくと肩を跳ねさせ、ノルニルが悲痛な声を出して僕の首筋に顔を埋めてくる。


 僕はなにも言えず、とりあえず彼女の背中をとんとん叩いてやる。


 子供のあやし方マニュアルがあったら知りたい。


「ごめんライ君……服が……」


 落ち着いたかと思ったら、申し訳なさそうに穴のあいた上着を返された。


「穴あいたのが上着で良かったな」

「心配してくれたの?」

「僕は魔法使えないからさ」


 呑気に話している場合じゃない。化け物と距離を取らなければ。


 上着を着直し、刺した刀を抜き出して、よしこれから有効的一撃を放てる間合いを……と思った矢先。


 あろうことか止まっていた時が動き出した。


 通路全体を陣取るアバドンの怒りの咆哮が降り注ぐ。


「おい」

「ごめんつい気がゆるんで」

「緩めるの早すぎだ……!」


 よりにもよってなんでこのタイミングで解除する!まだ準備すら整っていないというのに!どうするんだこの至近距離じゃ刀だって満足に振り回せない!


「トイレ我慢する感覚なんだよ止めてるとき!」

「なんだその例え方!やめろ!面白くもない!」


 僕はなんとか飛び退く姿勢を取るが、あっちは当然待ってはくれない。昼間と違ってサイズはまだ可愛いかもしれないが、一度飛びかかってくれば僕ら二人ぐらい簡単に丸呑みすることが可能なサイズではある。


「いいからもう一度止めろ!」

「そんなムチャ!?」

「無茶でもトイレでもなんでもいいから止めろ!やれ!」

「ヒィイッ!!」


 凄みをきかせ叫ぶと。ノルニルは恐れ慄いた声を出して時間停止タイム・ストップを発動させた。


「やればできるじゃないかよ」


「君さあ……」


 優しいかと思えば、意地悪になるし、飴と鞭使い分けてるなよ、むかつく。とノルニルが口を尖らせる。


「魔法使い使い荒すぎ」


 ゴロ悪。


「いや、ふざけている場合じゃない。ノルニル、これはいつまで持ちそうだ」


「頑張れば、あと、三十秒、くらい……」


 やはり時間を止めることに関しては極端に消耗するらしい。


 こんな場所じゃ飛び回るわけにもいかない。機械兵として非常に不本意ではあるがやはりここは撤退するのが得策か。


 無理に戦闘をしてエネルギーを消費するわけにはいかないし。先ほどのように一匹倒してもまた複数匹に囲まれて袋叩きにされるのはごめんだ。


 よし。


「まだ魔法は使えそうか」


 僕は腰のベルトから一個の手榴弾を取り出して言う。


「ちょっとずつなら、まだ。さっき休んだし」

「そうか。ノルニル、一つ作戦を考えた」


 手短に告げると彼女は何故か苦い顔をし出す。


「……結構エグいね」


 なにを言うか。


「こいつが可愛い可愛いテディベアにでも見えるのかい、抱いて眠りたいほど愛着あるのか」

「ないです。それでいきましょうキョーカン」


 魔法が解除され。再び時間は一方通行に進む。


 アバドンが口腔を広げ迫ってくるところに、僕はピンを引き抜いた手榴弾を投げつけ、態勢を整えた。クラウチングスタートのように。


「ノルニル――!」


 爆発はすぐそこだ、だが――。


 彼女の倍速の魔法があれば。


三倍速トリプルスピード――!!」


 切り抜けられる。


 彼女を背負った状態で、通常の三倍のスピードで化け物の真横を駆け抜ける。


 数秒後に背後からやってくる爆発音と化け物の断末魔の叫び。


「どうだ!」

「追ってきてない、大丈夫……!」


 振り向いたノルニルが確認して、作戦成功。


 彼女の魔法は便利だが、頭の使いどころと他者との協力によって真価が発揮される。


 僕一人では成し得ない技だが、彼女一人でも、これは実行できないだろう。


 かなり引き離した。よし、魔法はもう使わなくていい――そう僕が言おうとした時。


 真横の壁が崩れて吹っ飛んできた。


 耳に残る不快な金属音、のような鳴き声。


「また出てきた――!?」


 やっぱり、ここは奴らの住処だったか。まずいぞ、天井も嫌な音を立てて軋んでいる……降ってくるってのか。


 背後からも複数反応がある。


 これで正面から来たらもうおしまいだ。


 ノルニルの生命エネルギーを感知してアバドンたちが集まってきている。


「なんか、どんどん来てるよ……!どうすればいいの!」


 首にしがみつきながらノルニルが取り乱した声で訴える。


「辛いだろうが君はなんとかこの状態を維持してくれ!今スピードを緩めたら、もれなく僕らはパーティタイムのメインディッシュだ!」

「わっ、わかった!でもどこへ向かうの!」


 問題はそこだ。いくら昔ここに滞在していたとはいえ、僕はこの地下都市の全てを把握しているわけではない。


 こんなふうに追いかけっこさえしていなければ、入念に出口を探すことは可能だが、そんなこと今はできっこない。


 あてずっぽうで進めば行き止まりにぶち当たってジエンドだ。


 だったら。


「最下層のターミナルだ」

「ターミナル!?」

「情報を掴んだ。そこに飛空艇があるらしい、それで地上まで脱出しよう」


 ただしこれは危険な賭けだ。


 クリア条件は三つ、最下層にたどり着く前にアバドンたちから逃げ切ること。


 複数機あるとされている飛空艇がそこにまだ残っているということ。


 最後は、五百年もそこに取り残されていた飛空艇を起動することに成功すること。


 どれもシビアだが。前者を選んで闇雲に彷徨い八方塞がりになるよりかは。場所が明確なそこを目指すべきだと僕の頭が確率から割り出した。


 後戻りは文字どおりできない。進むしかない。


「このまま行くぞ――!」


 最下層の。


 ターミナルへ――。

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