第6話 箱舟のノア

1

 彼女の限界になるまで僕たちは三倍の速さで地下都市の最下層を目指した。


 しかし途中で思わぬ機転があった。


 ノルニルが下層のゴミ捨て場に続くダストシューターを見つけたのだ。


 これだと、僕らは間髪入れずに飛び込んで。滑り台みたいなシューターの中を一気に下り、こうして一先ず、アバドンの群れから大きく遠ざかることができたわけだ。


 お陰で元ゴミ溜めだった場所を歩くことになってしまったが。


 臭いはそれほどないが、じめじめしていて、ぬちゃっとした感触が足元に広がっている。なにかブヨブヨとしたものをさっき踏んだ。


 確かここのゴミ溜めは、週に一度、特殊な薬液が流し込まれて、焼却の代わりに溶かされて処分されてたんだっけな。


 このぬるぬるはその名残か……。


 ちょっと疲れ気味なノルニルは先ほどから口数が少なくなっている。


 無理もない。僕もかなりエネルギーを消費してしまった。


 それなのにまだ動けているのは、なんでなんだと疑問だけど、動けないよりかは全然いいからもうこの際考えない。


「これを食べておくんだ」


 ポケットに忍ばせていた高カロリーチョコバーを彼女の手に握らせる。


「さっきの無期限非常食の残りだ、いくらか回復するだろう」

「いいの?」

「僕のエネルギーは太陽光だからな」

「そっか。ありがとう」


 包みを剥いてかぶりつく。


「少し、無理をさせたな」

「んーん。君こそ、ぼくみたいな足手纏いをオンブしながら、よく走ってくれたと思うよ」


 僕はほどよく体を光らせ、壁伝いに出口を探す。


「ずいぶん遠くまで来ちゃった気がする」

「あの山小屋が恋しいのか」

「ちょっぴりね……でも大丈夫。一人じゃないから。帰れるって、ぼく信じてる。ああでもね!こんな冒険、はじめてだったから、楽しいなって思ってたりするよ!アバドンは……怖いけど」

「心配しなくても、ちゃんと地上に送り届けるさ。連れてきた僕の義務だからな」

「そんなに硬く考えなくていいよ。二人で出られるといいよね」

「ああ」


 僕は少ししてから彼女に呼びかける。


「これはまだ確信が持てない。僕の仮説ではあるんだけれど……どうやらここに、魔法使いたちもいたみたいなんだ」

「うそ……ほんとに!?」

「ああ、この先にあるターミナルの飛空艇を使って、きっと昔、人間たちとここを脱出したんだ」


 地表からやってきたアバドンたちから逃れるためにこの地下都市をシェルターとして生き残った人間と魔法使いたちは共生していたのではないか。けれどアバドンたちは地中に逃げた彼らを見つけてここを襲った。


 襲撃を受け、彼らは地下都市を捨ててどこかに旅立ったのだ。


「じゃあ……」

「きっと彼らは、この星の安全なところに避難して暮らしているんじゃないかと思うよ」

「みんな、どこかで生きてるの……?」

「ああ、僕たちも飛空艇さえ手に入れられれば、星の裏側くらいは行けるだろうさ。可能性は高いだろう。だから安心していい、君を仲間のところに返してやる」


 ◆◆◆


 残骸やらなんやらよくわからないものを踏みまくって、やっとの思いでゴミ溜めから出て。


 奴らを巻くために思いつきでを飛び込んだはいいが、結局、今どの位置にいるのかもわからない状態。限りなく下層にいるのは確かだが……なんてしばらく右往左往していたら、幸いにもそこから少し進んだ先に下に続く非常階段のようなものを発見した。


 壁に残った外れかけの標識をこすってよく見てみると。


『500メートル先、中央ターミナル』。


 ファンタースティック。

 なんてこった。こりゃ願ったり叶ったりの展開じゃないか。


 一寸先の闇からアバドンが飛び出してくることを警戒しつつも僕らは一気に駆け下りて。


 そこにたどり着いた。

 最下層とは思えない、広い広い――。


 これはなにに例えるといいだろうか。手前からずーっと先までボウリングのレーンのように縦長の滑走路が続き。その直線の最後には地上へ出る場所に続いているのか、トンネルの入り口みたいな穴が奥にある。


 左右の壁には、規則正しく並んだ巨大なハッチがぽかりと口を開けていて。覗いてみるとがらんと空洞になっていた。


 大きさ的には小型の旅客機一個分が収納できるくらい。だろうか。


 他も見てみたが、どうやらずっと先までほとんどのハッチが解放され、中がもぬけの殻になっている。


 そして、予想はしていたが。あちこち床や天井が陥没、崩落するなどして荒らされて、何かが激しく暴れまわったような痕跡と、銃撃や、戦闘の痕が生々しく残されていた。


 いくつかのハッチは開かれずにグシャリと潰されていたり、開かれていても中が崩壊していたりと。やはり、アバドンたちはここまで攻めてきたのだろう。


 床や壁に刺さった、錆びた武器のようなものたち、散らばった殻の弾丸が、ここで繰り広げられた生存者たちの決死の闘いを物語っていた。

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