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「ねえ、ライ君。戦争ってさ、こういうふうに起こるんだって、ぼく今わかったよ……」
ああ、そうだな。
きっと、人魔戦争の火種なんて、くだらないほどちっぽけなことだったのかもしれない。
博士がいつか言っていたように。
真実がどうだったのかは、お互いの種族の受け取り方が違うのだから確かめようもないけど。
きっと小さな歪みが原因だったのだ。
それが、最後はこんな結末になってしまうなんて。
火は暖かくて、料理だって作ることができるけれど。一度燃え広がれば焼き尽くすまで消えてくれない。
最後には、なにも残らない。
トート博士の呟いた一言が蘇ってくる。
「かなしいね…………戦争って」
そう考えると、僕の中にも、ぽかりとして、どうしようもないなにかが広がった。
これをきっと。
人は虚しさと呼ぶのだろうか。
◆◆◆
荒野を飛んでいた時のあの太陽の位置からして、恐らくあの時間帯は昼過ぎ。間違っていなければ今現在地上はとっくに日が暮れている頃だ。
小屋を出る前に、大体の時間を予想してセットしたわけだが。
今は、彼女の体内時計の方が正確な気がする。
さっきから眠そうに欠伸をしているから、それなりに夜が更けてきたのだろう。
「悪いけど、今日はここで眠ってくれ」
「言われなくてもそのつもりだよ」
「出口は明日探そう」
「うん」
僕たちが落ちてきた穴は、あの後瓦礫と土で塞がってしまったのだ。
心配しなくても探せばいくらでも出口はあるだろうが、彼女は少なからず消耗しているだろうし、僕も予想以上にエネルギーを使ってしまった。今動くより朝を待った方が賢明だ。
エプロンを外して丸めて枕代わりにすると。ノルニルは硬い床に横たわった。
「居住区に行けば毛布かなにかあるかもしれない。君はここで待っていろ、取ってくる」
「ありがとう。でもいいよ、大丈夫。それよりここにいて」
「こんな床じゃ寝付けないだろ」
「ぼく慣れてるよ。だって君が今までベッド取っちゃってたんだから」
そうだったんだ……。
「ああそうだ、ライ君。仲直りしよう。ぼくとおねーちゃんもね、よくケンカしてたけど、寝る前にはちゃあんと仲直りをしたんだよ。そうじゃないと気持ち悪くて明日を迎えに行けないからね」
ノルニルが腕だけこっちに伸ばしてくる。
僕はその指に、自分の指を絡めてやると。
彼女は小さく笑って、ゆっくりゆっくり、繋がれた指同士を弾ませて歌った。
「なかなおり。なかなおり。もうだいじょうぶ、へいきです――」
「なんだそれ」
「仲直りのギシキ」
「随分簡単な儀式だな」
「いいんだよ、簡単で。簡単だからいいの」
オイルランプの炎に照らされ伸びた僕たち二人分の影がゆらゆらと踊る。
ノルニルは絡めた指を離さないまま、ちょっとだけ眠そうな目でこっちを見ている。
「今日はとっても楽しかったよ。ライ君が起きて、空を飛んで、一緒に知らないところに行って、ご飯を食べて。こんなに笑ったのいつぶりかな」
彼女の声は満足しているといった様子で穏やかなものだった。
「まだ眠りたくないなあ、眠ったらもったいない気がする」
「寝てくれ、異常がないか僕が見張っているから」
「でも目が覚めたらこれは全部夢かもしれない」
「こんなデンジャラスな夢があってたまるか。目を閉じて、すぐに眠れる」
「ねえ。なにか面白い話してよ」
「……。急に無茶なこと言うな」
「ないの?」
僕は後頭部を掻きむしり眉間に皺を寄せる。
ないでもない。たった一つだけ。
あの物好き博士が。いつも寝る前に僕に話して聞かせた寝物語がある。
ベッドに入って目を閉じて、壁に寄りかかった僕にうとうとしながら話すんだ。普通逆なのに。
あんまり繰り返し話すから。その気もないのにすっかり覚えてしまった。
「『宇宙クジラのなみだ』っていう……話」
「その話……ぼく知ってるよ」
目を丸くして、首を持ち上げるノルニル。
「ぼくの持ってた絵本の話だ、ぼくの一番好きな話」
「絵本の話だったのか」
「そうだよ、ぼくおねーちゃんに百回くらいは読んでもらった。ねえ、その話がいい!してよ!」
催促されるまま、僕は一つ瞬きをして、揺らめく炎を見ながら語ることにした。
「まだ、この星にいのちの芽が出始めてまもないころのはなしです――」
名もない生き物たちが、より集まってひっそりと暮らしていました。
彼らには特別な力もなく、知識もなく。ただただ穏やかに、つつましやかに、なにもかわることのない日々を過ごしていました。
すると、ある夜。
「空をかけるいく万の星の一つが、名もない生き物たちのいる地上に降ってきました……!ずどぉおおおおん!」
僕が言う前にノルニルが大声で叫んで。ペロッと舌を出した。お気に入りのフレーズだったらしい。
――彼らがおどろいて見にくると。
なんと落ちてきたのは、七色に光る宇宙クジラの子供でした。
宇宙クジラの子供は、新しいすみかを探す群れとはぐれて、この星に落ちてしまったのです。
クジラの子は怪我をしていました。
名もない生物たちは、とつぜんの事件にあわてましたが。
すぐに自分たちの食べるものをわけ与え、クジラの子の怪我をなおそうとしました。
ただただそこにいて、生きるだけの名もない生き物たちの中に、やさしい心が生まれたのがこの時でした。
クジラの子の体は大きくて、彼らの持ってくる少ない食べ物や、くすりだけはとても足りませんでした。
ですが。彼らが与えてくれるやさしい心は彼の心に深く広くしみこんで。
大きな大きな涙のつぶをこぼさせました。
その涙のつぶは池になり、湖になり、川になり海になり、やがて星じゅうの大地に行き渡ったのです。
そして、名もない生き物たちのやさしい手助けにより、クジラの子の怪我はなおり、元気になりました。
彼は
名もなき生き物たちのだいひょうとして、二人の若者がクジラの子に願いました。
星を守れる力と――皆を助ける知識を授けて欲しいと。
宇宙クジラはほんとうに正しい願いだけを叶えられる生き物です。
二人の願いが誰もが悲しまない願いであると、正しい願いであるとかんがえたクジラの子は、彼らの願いをききいれ。
半分に、星を守り育む特別な力を。
もう半分に、高い知能と無限の可能性を与えました。
彼らはその瞬間から。魔法使いと、人間として種族を分け。力を互いのために使って仲良くくらすことを誓い合い。
宙に舞い上がっていくクジラの子を見送りました。
それから百年に一度。
この星には必ず一筋の眩い箒星が訪れて、一回りしていくのです。
それは、名もなき生き物だった彼らが助けた。
「あの宇宙クジラが……感謝の気持ちを忘れずに、伝えにくるからだと、言われているのです」
「イイハナシダー!」
聞き終えてノルニルはハァーと感嘆を吐く。
「都合のいいおとぎ話だな」
「うわっ、ライ君、ドライだな~、夢なさすぎ」
「機械兵に夢を求めないでくれ。百年彗星は確かにあるって聞いたけど、それが生物だって観測情報はない」
人と魔法使いの創生の歴史を題材にした親しみやすいストーリーだが、宇宙クジラなんて、子供の気を引く絵本の中だけの存在だ。
ま、大人のトート博士も気に入ってたみたいだけどさ。
「でも、わかんないよ。あの七色に輝く彗星は、ほんとうに宇宙クジラかもしれない。もしそうだったらステキだよねぇえ」
「どうだかね。そういうリリカルな思想は理解しかねる」
「今の流れは、きっとそうだよって同意するもんでしょーが!」
「もう眠りなよ。望み通り話してやったろ」
「くーッ、つまんねー!このいけず!頭カッチンボーイ!メシマズ機械兵!」
なん、だ!?そのナンセンスな悪口は!!
僕が拳を握って見せれば、ノルニルはきゃっきゃと笑いながら、背を向けた。
「ほんとに寝ろよ。明日は七時起きだ、アラームをセットした。二度寝は許さない」
「ほーいほいほい、ゴキブリホイホーイ」
「寝ろ――!!」
床を一発叩いて、ようやく静かになった。やれやれまったく。
「…………ねえ…………ライ君、いっこだけ」
「なんだよ」
「……宇宙クジラがさぁ、もしほんとうにいたら、ぼくも仲良くなってお願いしたいよ」
「…………なにをさ」
「人と魔法使いが、戦争をする前に時間を戻して欲しいって、戦争をする前の仲良くしていたころに」
「…………」
「そうしたら、みんな幸せだよね、君も嬉しいでしょ、ただしい願いだよね、これ……」
「消えた命は、魔法でも取り戻せないんだろう」
「でも、宇宙クジラなら……きっと……それ、できるよ……」
「……」
「宇宙クジラ…………ぼく、あいたいな……」
炎が弱まるようにして。彼女は今度こそ眠りについたようだ。
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