第5話 宇宙クジラの涙
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結局。彼女はあの後、僕の自信作を『クソまずい』と評して最後まで食べきった。
泣き疲れたのかぼんやりとした顔で膝を抱きしめてオイルランプの火を見つめ。しばらくなにも喋らずにいたが、沈黙に我慢できなくなったのか、また少しずつ話し出した。
「ごめん。びっくりした……?」
「少しね。まずすぎて堪え切れなかったのかと思った」
「もちろんまずかったよ」
ぐきんと僕は首を折る。
世辞もでないってか。
「落ち着いたか」
「さっきよりは」
「涙は、苦しい時や痛い時に流すものだと思ってたからな」
ああいうのは初めて見た。
「なんで、泣いたんだ」
「ぼくも……よくわかんないよ」
「よくわからないのに泣くのか」
「そういう涙だってあるんだよ」
言ってノルニルは小さなため息を吐いた。
「きっと嬉しかったんだよ。もう、あの味は食べられないと思ってたから」
「まずかったことには変わりないんだろう。ちょっと複雑だな」
「ごめんごめん。でも、ぼくはあの味が好きだよ。笑っちゃうくらいまずいけど、食べる人のことを考える気持ちが入ってる、あったかい感じする」
だから、いつも最後まで食べちゃうんだ。とノルニル。
「おねーちゃんは、料理は全然ダメだけど、お掃除が好きで、お裁縫も得意で、ぼくのこと、いつも大好きって言ってくれた。抱きしめてくれた。この髪もね、ノルンは男の子っぽいから髪型だけでもらしくしなさいって、一番最初に結ってくれたんだよ」
リボンのついた三つ編み一本を持ち上げて笑う。
「ぼくもおねーちゃんが大好きだった。……だけどおねーちゃんは戦争に行っちゃった。すぐに帰るって言ったのに、戻ってこなかった」
「君は……」
あの山小屋で、お姉さんの帰りを待っていたのか。
「でもいいんだ、おねーちゃんは戦争に行って人を殺してないから。その代わり沢山の人の怪我を治したんだ。おねーちゃんの魔法は戦場に行けばかなりの戦力になるはずだったんだって。けど自分の魔法は壊しすぎるからって言って、救護班に回ったの。だから最期まで誰も傷つけず優しいままで死んだんだと思うよ。もう会えないのは寂しいけど、戦争はみんなをおかしくさせるから。ぼくはおねーちゃんがおねーちゃんのままでいたんだって、死んじゃうのは幸せじゃないけど、きっとその中では最悪なことじゃないって、よかったことなんだって思ってる」
ノルニルは赤く腫らした目を細め、前のめりになってランプの炎を見守る。
「同じ炎なのに、こんなにあったかいのに。戦争の炎とは全然怖さが違う…………なんでだろ、なんで……戦争なんて起こったんだろう」
「お互いの利害の不一致からだろ」
「ライ君の言ってること難しいよ」
「魔法使いと人間の理想が、求めていたものが大きく違ったんだ。話し合いで済まないなら。もう実力行使しかない、どんな生き物だってそうさ。戦争が起こるのは、仕方なかったんだよ」
「たくさんの人が死ぬのは、仕方なかったの……」
「多くを得るには、犠牲は必要になる。犠牲なしに、なにかは得られない。それが自然の摂理だ」
「戦いたくない人だっていたはずなのに」
「戦争は個人の意思を振りかざす場じゃない。一人一人が国の武器になることなんだ。そうしなければ自国が崩れ滅びに繋がる」
「やっぱり……君は機械兵なんだね」
ノルニルがジト目で僕を見る。
「戦争が正しいことだって思ってるんだ」
「それは肯定しかねるな。人魔戦争が今の星を創り出した。戦争は平和を手にする数ある中の一つの手段だ。だけど、互いが滅びる前になにか打つ手はなかったのかと考えているよ。種族が途絶えたら元も子もないというのに」
「この星をこんなにしたのは、人間じゃないか……!」
ノルニルの瞳の奥がちりっと弾けて赤く染まり。眉がつり上がる。
「人間が、アバドンなんて放ったから……っ」
それを言うなら、僕も言いたいことがある。
「そもそも戦争が始まるきっかけになったのは、魔法使いが資源を独占しようとしたからだろ。そんなことがなければ人間は宣戦布告しなかった」
「違うよ、独り占めしようとしたんじゃない。人間は技術を高めるために、自然を奪いすぎるんだ、星を削って傷つけてばかりだから。魔法使いたちはそれをずっと注意してた。でも人間は聞かなかった。だから魔法使いは、自分たちの星がなくならないように緑を守ろうとしたんだ……!」
「確かに人間はより進化した暮らしを求め。資源を大幅に使っただろう。それでも少なくなった自然を完全に取り尽くさないよう、緑を増やす研究だってちゃんとしていた。勘違いしていたんだよ君たちは」
「そんなの、ほんの少しだけで、減っていく自然に追いつけるはずないだろ」
「人間はそこまで馬鹿じゃない、いくつもの対策はあったはずなんだ。資源の大量使用は、大地復活を実現するための前払いだ」
「ちがう……」
「違わないさ」
「違うよ!人間は乱暴だし、自分たちが楽になることしか考えていない!星にある色んなものを勝手に使って、爆弾や、みんなを殺す武器をたくさん作ったんだ!みんなみんな、戦いたくなかったんだ……、死にたくなんてなかったはずなのに!人間はっ、おねーちゃんを、ぼくの仲間を……!」
「人間だけが悪いわけじゃないだろ。なあ、君は知っているかい。君の仲間はたった数人で、一国に火の雨を降らせて、雷を落とし、濁流を操って多くの命を沈めたんだ。大人も、子供も、分け隔てなく。野蛮なのはどっちだ、自然エネルギーを人殺しに使うなんて命を軽んじているのは魔法使いの方じゃないのか」
「それはっ」
ノルニルが歯を食いしばって俯き。なんとも言い難い沈黙が広がって。
僕はようやく、あることに気がついてこう言った。
「…………もう、やめようか」
「うん……」
弱々しく頷くノルニル。思ったことは僕と同じはず。
いくら話をしたとしても、なにかが変わるわけじゃない。
僕たちは至極どうでもいいことで今まで張り合っていたのだ。
逆立ちしたって、起こってしまったことは変えられない。
ここには、もう。僕たち二人しかいないのだ。
魔法使いの生き残りである幼い彼女と、人が造った機械兵の僕しか。
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