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「だって非常食どっかいっちゃったんだ!」
ああ、そういえばさっきポシェットがないとか騒いでたもんね。
「家の鍵も、なくしちゃったし」
「鍵なんてなくったって、扉をこじ開ければ済む話だろ」
「そのあとどうすればいいんだよ!」
「君の魔法で修復させればいいじゃないか」
「あっ」
おいおい、それぐらいなんで思いつかない。
「うっ、うるさいな!」
と、言った途端、彼女の腹の虫がまたも豪快に唸り声を上げる。
「心配しなくても良さそうだノルニル。今僕は食料庫を探している」
「え、どういうこと」
「気になっていたんだ。この地中に埋まった建物。土に分解されることのない床や壁の材質、人が使った痕跡。だからログに残っていた座標と今の位置をさっき照らし合わせた」
そしたらわかったことが一つ。
「ここは僕がいた地下都市の一部、恐らく研究ラボ内のどこかだ」
微かだが、薬品の臭いが残っている。毎日のように嗅いでいた臭いだ。
人と魔法使い。略して人魔戦争が始まる前。
大戦が長引くと懸念した人間たちは、地中に人々が避難できるシェルターや安全に物資を保管し、武器や兵器を開発できる地下都市を創ったのだ。
構造はアリの巣のようなもので、主に居住区だとか、軍備施設、研究施設、医療施設だとかにわけられている。
僕も全体を見て回ったことはないけど、一国が成り立つぐらい広いって博士に聞いたっけ。
歩いてみて思うけど、巨大迷路みたいだもの。こんなことならば、全体図をアップデートしてもらうんだった。
それにしてもやっぱり誰もいないみたいだ。
さっきから信号を飛ばしてはいるけど応答は相変わらずない。まあ、なにもかも停止してしまっているこの有り様を見ればそんなことはわかるんだけどさ。
「なあ……聞いてもいいかい、あの化け物……アバドンって言ってたよな」
自動ドアだったはずのものを片手でこじ開けて、今度は僕が彼女に尋ねる。
「あれはなんだ。あんなもの、戦争が始まった時にはこの世界には存在していなかったはずだ」
「あれは……アバドンは。人が戦争の最後に放った……生物兵器だよ」
「あの化け物を、人が……?」
「二つの国がお互いに譲らないなかで、人間側がしびれをきらして開発中のあいつらを使ったんだ。ほんとうにひどいものだったよ……アバドンが地上に降り立ってから全部が変わってしまった。毎日が悪夢になりかわった……」
ノルニルの話によると。
あの節足動物に似た化け物。アバドンは、もとは魔法使い殲滅用に造られた生きた兵器だったという。
魔法使いだけを狙い、人はけして襲わない。
魔法使いの放つ攻撃魔法、補助魔法全てを吸収し、そしてそれを反射する。加えて驚異の生命力と物理攻撃すらも弾く圧倒的な守備力、その姿からは想像もつかない素早さを併せ持つ。まさに最終兵器として、魔法使いにとっては得意の魔法を破る最悪の天敵となる…………。はずだった。
「でも結局のところ未完成だったんだよ。最初は魔法使いを襲って食べた……。魔法使いがいなくなったら、今度は人間を次々に襲い始めた」
「制御できなかったっていうのか」
「人間も魔法使いも、最後は戦争じゃなくて、やつらを止めることに必死になった。でも誰もかなわなかった。その時にはもうアバドンは強くなりすぎてたんだ。もともとはあんなに大きくなかったんだよ、でも魔法使いや人……たくさんの命あるものを取り込むこんで、あんなふうに」
奴らは生命エネルギーに反応して体内に取り込むため命あるものならばなんでも捕食するそうだ。
人だけじゃない。獣も、植物でさえも。
しかも、捕食対象がなくなっても討伐されない限り死ぬことはないという。
だとすると、生命反応を微塵も感じなかったあの荒廃した大地は、みんなあの化け物たちが食い尽くして生まれたということなのか。
「それが、人と魔法使いの滅びた真の理由か」
なんてことだ。
人が滅びた本当の原因は、最後に使った兵器が原因だったなんて。
しかも自分たちが造ったものを制御できずに食われただと。
そんなマヌケな理由で双方は滅びたというのか。
信じがたい。
そんなのあんまりじゃないか。
ノルニルは僕の背で小さく頷く。
「戦争を絵に描いてこの世界に現したようなものだったよ、やつらは。大地から自然が根こそぎ奪われて、住む場所がなくなって……ぼくとおじいちゃんはなんとか逃げた、色んな人が犠牲になって、時には魔法使い同士が争うのを見ながら逃げた……」
その末に、彼女たちはかろうじて残った緑を見つけその周辺に彼女の祖父が防護壁を張り、彼女の巻き戻しの力で枯れた緑を少しずつ復活させたのだ。
そうやって永い時間を掛け、彼女は祖父と協力して、一定の範囲の大地を蘇らせ、途方もない枚数の強固な壁を張った。だからあの場所は他と違い自然が豊かだったのだ。
これがアバドンという化け物と、彼女がこれまで生き残れた謎の解明。
「でも少ししておじいちゃんが死んじゃって……おじいちゃんが残してくれた防護壁も時間が経つたびにどんどん崩れてきちゃって……たぶんぼくは、このまま誰にも見てもらうことなく、一人で死んじゃうんだろうなって思ってた。そしたらある日、ライ君が丘の上に立ってたんだよ……ほんとうにあの時はびっくりした」
でも。あれ程嬉しかったことはないと彼女は言う。
「ぼく、百年彗星にお願いしたんだ。どうか、だれかがいるなら、だれでもいいから会わせてくださいって」
「百年彗星……、百年に一度地球を回ると言われている眩い箒星のことか」
「うん、ぼく五回は見たよ、虹色に光ってて綺麗だった」
「それで五百年か……」
途方もない話だが。彼女の観測情報が正しいならば、そういうことになるのだろう。
僕はトート博士の言葉を思い出す。
戦争を悲しいと言って、外れない腕輪を眺めていた僕と同じ彼の横顔。
人と魔法使いは、戦い合うことでなにを得たんだろう。
あの大戦で、どれだけの人が幸せになったんだろう。
機械の僕が人の幸せについてを語るなんてことできないけれど。
あの何も残らず枯れ果てた星の姿を目の当たりにして。
なんとなくだが、あの時、博士が言っていたことは間違いじゃなかったのかもしれないと思う。
ほんとうの幸せなんてわからない。
でも――。
◆◆◆
忙しく喋りまくっていたノルニルが疲れたのか僕の背中ですうすうと寝こけてしまった頃。
僕はなんだか見覚えのあるような場所に行きついた。
進んでも進んでも闇は途切れず、研究施設の名残がほんの少し残っているだけの通路で、景色なんて変わらないはずなのに。
なんか……ここに来たことがあるんじゃないかと思えてならない。
あ…………。
もしかして――。
『よう。おっ、あれ……トートじゃなくてお前、新型機械兵か』
『うーわ、ほんっとよく似てますね、眼鏡かけたらわかんないや』
『トート博士もまた物好きなことを』
『なあ、ちょっと寄ってけよ。開発中の保存食があるんだ。味は調整中だがすげぇんだ。自信作』
『ちょうどいいからトート博士に持って行って食べてもらって。感想もよろしくー! ソックリ機械兵クン』
そうだ。
出撃前の待機中、ラボ内を歩き回っていた時。ここの通路でよく開発部門の若者たちに話しかけられた記録がある。
トート博士はこの地下研究所ではかなり有能な科学者だったそうで、おまけにお節介焼きだったから、ラボの様々な開発ごとに引っ張られてはその都度断らずに協力していたのだ。
だから顔が広くて、それ故にラボ内をふらふらすれば、僕が必ず捕まって、トート博士と勘違いされる。
機械ながらに迷惑というものを覚えたものだ。
そうか。ここはあの時の。
ここが開発部の区間ならば……。
僕は壁を叩いて扉を探し、明らかに音が違う場所を見つけてそこを蹴破った。
「ライ君……なに、うるさいよ……」
音に伴いノルニルが文句を言いながら欠伸をする。
片手を塞がらせているやつがなにを言うか。
「ノルニル、喜んでいいぞ。今、非常用に設置された食糧庫を見つけたところだ」
「ほんとう! なにか食べられるの……!?」
「ああ、少なくとも芋虫のスープやネズミのジャーキーなんかよりずっとましなものがな」
食べられるものがあれば、の話だけど……。
明度を上げて踏み込んでみたら、驚いたことに中は随分と綺麗に残されていた。とても五百年経っているとは思えないくらい。
スーパーマーケットのそれと同じように天井まで伸びたラックの上まで缶詰めや瓶詰め、レトルトのパウチや真空パックされた食品がびっしりと並んで僕らを待っていた。
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