3

 彼女に宿った力は同族の中でもかなり特殊で稀な扱いだったのだろう。使いようによってはいくらでも攻守を、砂時計のように逆転させることができるのだから。


「言うほどこの力は万能でもないんだよ。君も見たとおりネンピが悪くってさ、すーぐバテちゃう。それに、時間を巻き戻すって言ってもなんでもかんでも戻せるわけじゃない、限度もあるし。例えば腕がなくなっちゃった場合、今みたいに近くにあれば別だけどなかった場合は一から元に戻すことになるから、すごい時間がかかっちゃう、欠けた部分を戻すにはほとんどイメージに頼ることになるから。ぼくはまだ大人じゃないし、そういうことに関しての知識がないし、想像する力も弱い……だから君を直すのに五百年もかかっちゃったんだよね。ぼく、機械のことなんてぜんぜんだから。これでもおじいちゃんの本とか読んでちょっと勉強したんだあ」

「そうだったのか……」

「でも、よかったよ。時間の枠から外れた誰かの命までは、ぼくは戻せないから。だからそこは、君が人間じゃなくてよかったってほんとに思う」


 そう言って笑って。ノルニルは僕の腰あたりに抱きついてきた。


「ありがとう、ライ君」

「急にどうした」

「ライ君はさっき、ぼくを守ろうとしてくれたん、だよね」

「……それは、別に深い意味は」

「そうだよ。だってライ君はあんなにボロボロだったのに、ぼくには傷一つないんだから。ありがとう。君はぼくのことなんか嫌いだろうけど。うれしいよ。ライ君」


 ありがとう、なんて。

 なんで、言えるんだ。

 僕は…………さっき、君を――。


「なんか……」


 その時。なんだか、とてつもなく、悪いことをしてしまったような気持ちにさせられた。

 同胞殺しの憎き機械兵を前に。

 こんなにも敵意を抱かず、正直で、無邪気でいる彼女に。

 僕の中の感情プログラムが、反応している。


「ごめん…………」

「どしたの、ライ君」


 きょとんとする彼女。


「どうして謝るの」

「なんでもない……なんでもないよ。ノルニル」


 もう少しだけ。

 彼女と一緒にいようと思った。



 ◆◆◆


 それから。

 僕はノルニルを負ぶって、どこだかわからない場所を薄く照らしながら彷徨い始めた。


「ライ君は、口からなんでも出せるんだね」


 そんなことを言うのは。移動する前に、『鬼殺し』を納めておく黒い鞘を口の奥から引きずり出したのを見たからだろうな。

 腰のベルトに差し込んだ『鬼殺し』にちょっかいかけながら、ノルニルは興味津々に聞いてくる。


「ねえ、ひょっとして、パンとかオニギリとかぽろっと出てこないかな」

「あいにく僕はお弁当箱じゃないぞ」


 腹が減ったのか?


「ここ……どこだろう、ね?」


 あからさまに話をそらしたな。図星か。

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