2
彼女が気絶している今なら、魔法は使われない。
とてもとても、容易いことだ。指一本でだって遂行する自信がある。
忘れていた。僕はこれまでずっと無意識に人間ごっこをこの子と共に興じていた。
意味もない会話をして。一緒に化け物を倒して。
機械兵の僕には取るに足らないことだというのに。
人類の悲願を忘却し、挙句魔法使いと行動を共にするなんて。なんという醜態。もしかしたら、それもノルニルの魔法だったのかもしれないな。――でも。
今、この時なら、しくじることはない。
僕は転がっていた『鬼殺し』に指を伸ばして引き寄せる。
感情プログラムなんて、やはり必要なかった。こんなものがあったせいで、とんだ茶番劇に振り回されることになった。
僕は、機械兵。
僕はどこまでいっても機械兵。
感情など、ない。
あったとしてもそれは偽物。
惑わされているだけだ。
僕は生まれながらに、戦い、敵を殲滅することだけを求められた。
それだけの存在なんだ――。
あそびは…………ここまでだ。
「――ほんとうに、それでいいの?」
顔を上げると、
「……トート…………博士……?」
僕と同じ顔をした、眼鏡に白衣の男性がしゃがみ込んで笑っていた。
うそだ。
何故、いや――。
「生きて……たのか」
「ねえ、ほんとうにそれでいいのかい。君は」
「は……?」
「言っただろう。よく考えなさいと。ほんとうに相手を目の前から消してしまっていいのか、どうか」
「なに言って……」
「前にした話だよ。君には二つの意思がある、一つは人のために任務を遂行しようという意思、もう一つは自ら考えて行動しようという意思。君にはどちらも選ぶ権利がある」
「魔法使いは敵だ……博士。外を見ただろ、人も見当たらない、荒廃した土地がずっと広がっている、みんな魔法使いが壊したからああなったんじゃないのか」
そう言うと、トート博士は小さく横に首を振る。
「ほんとうに悪い人なんて、きっといないんだよ」
「博士、なに言ってるんだ」
「その子は、君の敵なのかい」
「それは……」
「少なくとも彼女は、君を敵とは思っていないだろうね。君を助けてくれたんだから」
「博士」
「確かに感情プログラムは後付けのオプションでしかない。でも、君の中に根付いた魔法使いを敵とみなす思考も、作り物でしかない。君のほんとうの意思ではない。だから勘違いをしてはいけないよ。君は魔法使いを憎んでもいなければ、殺したいとも思っていないんだから」
「でも――、それじゃあ人間は」
「君を縛りつける人間はもういないんだ。だから言ったろう、“自分”で考えて動いていいと。君は自由なんだ、これから先はなんだってできるし、なにをしたっていいんだよ。規則に、人間に従わなくても。…………ふふ、ライか、いい呼び名をもらったじゃないか」
博士は笑う、いつもどおりに。
掴みどころのないことを言って。
答えが欲しいのに、いつもそうだ、あなたは与えてくれない。
「博士……僕はどうしたら」
「………………う、ん――、ッ……ライ、君?」
腕の中のノルニルが窮屈そうに身をよじって、目覚めた。
「ここどこ、……エッ……!? ライ君、なんか光ってる……って――うぇええええええ!?」
起きて早々騒がしい。
寝ぼけ眼だった彼女は僕と目を合わせると飛び跳ねて絶叫した。
「ライ君!! どっどっ、どしたの! なんか腕とれてるし、顔ハゲてるし、首曲がってるし、全体的に光ってるし! なにがどうなってんの! 怖すぎ!!」
「ああ……どおりで視界が曲がっていると思った」
「冷静すぎてなおのこと怖い! なにこのホラー!」
まったく、やかましい魔法使いだな。
などと思いながら再び顔を正面に向ければ、そこにいたはずのトート博士は消えていた。
……なんだったんだ今のは。理解し難い現象だ。
ああ、多分知らぬ間に頭部をまた派手に強打したのだろう。
それにしたって相当酷いな。僕は今まで独り言をずっと言っていたってことになるじゃないか。
「ライ君、平気?」
「君こそ。まあそれだけ元気なら、怪我はないんだな」
「うっ、うん」
「ならいい」
言われて察したのか、ノルニルはエプロンを握って、瞳の色を藍色に変えた。
「ごめん……たぶんそうなったの、ぼくのせいだよね。すごく痛そう……ごめんね」
「痛くはないさ。壊れただけだからな」
「でも痛そうだよ。見てて思うもん……待ってね、今なんとかするから」
ノルニルは僕の外れた方の腕を小さな手で支えて、目を瞑った。
じんわりと伝わる暖かさが腕と破損部位を包み込む。それはなんとも口にして表し難い妙な感覚ではあったが、彼女がなにをして、今なにが起きているのかは理解ができた。
けしてそうならないはずの片腕と肩口の断面部分のコードと骨組みが結びつき、繋がり、内側の装甲、外側のスキン諸共再生している。
いや――元の状態へと巻き戻っているのだ。
破けた顔面も、折れて機能しなくなった翼も、曲がっていた頚部も。激突してできた細かな傷まで。映像の逆再生のそれと同じようにするすると修復されていく。
緩やかな秒針の音が三度鳴り終わったとき。
僕のボディは山小屋を出た時と同じ状態に戻っていた。
くっ付いた腕を回し。指を一本一本動かしてみる。全部支障なく動く。
「これが魔法の力か」
なるほど、人が生み出した技術にけして劣ることのない力だと今なら認められる。
「僕がショートした時もこうして直したってわけか」
これでハッキリした。
「ノルニル。君が持つ魔法の属性は――『時間』、だな」
「バレちゃったか」
時を統べるその術の使いわけは主に三通り。
背後に回り込んだり、超スピードの弾丸を弾き飛ばすために用いた――一時停止。
驚異的な速さで動くことを可能にする――倍速。
そして、対象を一定の状態へ戻す――巻き戻し。
これが謎めいた技の正体――。
時間を操る魔法なんて、聞いたことがない。
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