5
シャキンシャキンと刃物を研ぐような音を出して、化け物がUターンしてまた接近してくる。
ノルニルが刀を構えた僕と化け物とを交互に見て上ずった声を出す。
「ちょっと待ってオニイサン、そんな細っこいのでやる気ですか……!」
「当たり前――ッだろ!!」
「ひぎあ!?」
大地を裂き、猛追してくる山のような化け物に向かって、僕も正面から迎え撃つ。
「無茶なことしすぎぃい!!」
「荷物は黙ってろ」
一回、二回、三回、長距離の跳躍、からの遠心力を最大限に込めた一振り。
奴の顔面にたどり着く前に、やはり二本の尾が先に伸びてきた。
でも――、この刀の一閃は弾丸よりも鋭く、熱い――。
振り切った直後。蛍光グリーンの液体を激しく飛ばし、二本の尾が両断され地に落ちる。
キィイイイイ――!と化け物が叫び声を天に投げる。
「切れた!?」
どれだけ時間が経とうと錆びを知らず、変わらないこの切れ味。流石だ――。
あの人もたまにはいいもの搭載してくれる。
なんて悦に浸っている場合でもない。
尾を切り落とされ怒ったのか、化け物がただでさえ大きな口腔を更に広げ、大地をも抉り取りそのまま僕らを飲み込まんと襲い来る。
上空に飛ぶか、いやだめだ、まだ尾が一本残っている。
空中で捕らえられてしまう。
せめて、両腕が使えれば、もっと確実な一撃を打ち込めるのに。
「ライ君……飛んで!!」
突然の指示に、僕は崩れ去るそこから翼を広げ飛び立つ。
その時、感じた。
把握している自身のスピード限界の何倍も、僕は速く――高く上空まで飛び上がっていたことを。
感覚がおかしい。
翼が破損している今の状態で、ここまでの速さが出せるなんて論理的にあり得ない。
それどころか全身が妙に軽い。
これは――。
「ノルニル、君か」
「うん。君の時間を少しいじった。これでいつもの三倍は速いはず!」
なるほど、そういうことか。
悪くない。
僕はそこからうんと高く、奴の尾が伸びないところまで上昇し。彼女に告げる。
「少し我慢をしてくれ」
「は……なにを?」
「ちゃんと受け止めるから」
抱えていた彼女から、そこで迷いなく手を離す。
僕の発言と表情で読み取ったのか青ざめた顔をしていた彼女は絶叫しながら重力に従って落ちていく。
「ギィァアアアアアアアアア!?」
この恩知らず……!と器用に罵声を飛ばす彼女を僕は追い越して、真下で口を開けて餌が降ってくるのを待っている化け物目掛けて急降下する。
彼女の体重、高度、重力……そこから地面に激突するまでの時間はおよそ七秒弱。
充分すぎる。
両腕で刀の切っ先を真っ直ぐに固定し、加速する、もっと、もっとだ……限界まで――加速せよ!!
そして……、あの装甲を貫け――!!
口腔の先から突き立てられた刀身が、限界まで高められた加速と摩擦によって硬く分厚い奴の装甲を突き破り――中の肉もろとも引き裂いていく。
超音波のような奇声をあげ、奴が暴れ狂おうと、蛍光グリーンの体液を噴水みたく噴きあげようと、僕は垂直に飛び、奴の背部を切り開くのをやめない。
尾の部分まで到達し、綺麗な一本線が入ったらば。今度はその山のような体を支える脚に狙いを定め。一本、二本と、ぶった斬る度に加速させていく。
すごいな、これでもまだスピードが上げられるというのか。
残りの脚も全体を使って斬り崩し。八つの脚を失い完全に動きを封じたところで僕は体液を飛び散らせ、今一度舞い上がり、急旋回しながらとどめを……奴の胴と頭部を左右二度に渡る攻撃により切断した。
陸地に落下し潰される頭部。
生き物であるならば、だいたい皆、頭部から胴体に指示を出す。どうやらこの化け物もそうだったみたいだ。
切り落とされた脚部、胴がまだ性懲りもなく割れた地の上で蠢いているものの、切断された頭部からはもはや指示など送れない。その場でジタバタしているだけで、そのうち動かなくなるだろう。
化け物の残骸の上で、僕は『
久々の戦闘だが、やはり実感する。
自分は戦ってこそ、生きる存在なのだと。
この行為は人間がこうであれと示したインプリンティングではあるけれど。
僕にとって戦いは他にない特別な気持ちを呼び起こさせる気がする。
機械兵はこうでなくては。
……ん。
頭上からなにか聞こえるな。
………………………………………! おっと、忘れてた――。
七秒半――。
『
「いたい――!!」
「着地成功だろ」
「君って……ほんとに!落とすなんてひどいじゃないかよ!」
「結果オーライだ。化け物は倒した」
「え……勝った!?」
「ああ」
飛び出そうなくらい目を丸くさせ、ノルニルは辺りを見回し僕が立っている場所がなんなのかを知る。
「うそっ……ほんとに、ほんとに倒した……すっ、すごいや……すごいやライ君! アバドンを一人で倒すなんて……!!」
まあ……君の力が付加されていなかったら状況は厳しいものだったかもしれない。
ということは、なんか口に出したくない。
「それでアバドンって――」
「キャッホー! 勝った勝った勝った! 勝っちゃった! すっげえ! スッゲー!!」
「君の魔法なんだが――」
「ライ君すっげえー! あっ、でもぼくの魔法もスッゲー! 二人ともスッゲエエ! 勝利だ勝利! 勝利いいいい!」
「おい」
双眼を金色に輝かせて、腕の中でぴょんこぴょんこ跳ねて浮かれるノルニルは完全に僕の話を聞いていない。
「正義は勝ぁあああつ! ぜったいかあああああつ! 協力プレイ最高! イエーイ! イエーイ! イエーイ! イエッ……」
「え……ッ!?」
馬鹿みたいに万歳を繰り返していた彼女が、なんの前触れもなくガクッと意識を失くしたのがその時だった。
「ノルニル……!?」
頭部も四肢も投げ出して。機関銃のように騒いでいたはずの彼女はその瞬間から僕の腕の中でぴくりともしなくなった。
どうしたんだ。
「おい、しっかりしろ」
揺さぶっても彼女は起きない。
目をつむっていて、少し顔色が悪いと感じた。
僕は彼女の服の隙間に手を入れて、その未発達な胸部を触る。
左側のコアは動いている。外傷もない。
ただ気絶しているだけと見られる。
今日の天候は良いと言うより良すぎるくらいで、太陽の強い光がジリジリと僕らに降り注ぎ。干からびた大地は大型の謎の生命体によって掘り返されてもう目も当てられない。吹き荒れる砂埃が喉元に絡むし、水場もなければ日陰もない。
機械の僕でも少し熱を感じるくらいだ。生身の体を持つ彼女にしてみたら。
この場所は今の状態からしても適さないのかもしれない。
日光を避けられる場所を探そう。ここじゃない、別の場所に――。
そう思って、刺していた刀を引き抜いたその時…………。
身に覚えのある地鳴りと激しい地震がまたもその場に発生した。
この尋常じゃない揺れ、不快な鳴き声……、まさか、なんて思う前に。
そいつらは叫び声を連ねて地底から姿を現した。
おいおい、うそだろ。
先ほどノルニルがアバドンと呼び、僕が討伐したグロテスク極まりない化け物が。
新たに飛び出してきたというのだ。
まだいたのか。それも五体。
大きさはまばらで、先ほどのものには劣るだろうが。獰猛さはそれに比例しないらしい。
奴らは僕らを見つけると。四方八方から一斉に襲いかかってきた。
さっきの奴と同様に、触手のような尾を伸ばし、宙に飛び立つ僕らを追う。
僕が“いつも”どおりであるならば。例え勝算が限りなく低かろうとも戦闘を選んだ。機械兵は例え全壊しようとも背は向けない。最後の一機になったとしても皆一様に戦場の炎へと身を投じる。
けれど――今は例外だ。片腕に荷物がある。
それが機械兵としての本能より、感情プログラムの働きかけを大きく優先させた。
先ほどの驚異的スピードも出ない、むしろ破損のせいで減退している。
これ以上の戦闘は無意味だ。
そう答えを導き出し。僕は退避を実行すべく残り全てのエネルギーを翼へと送り込んだ。
バランスが取りずらく安定しないところに、伸びてくる奴らの黒い尾。それが、僕の右脚に絡みついて、地上へと引き戻そうとする。
一匹だけならまだしも、複数とは分が悪すぎる。流石の僕でも力負けしてしまう。なんとか『
どうする、この状況。
今の状態のフルパワーでは空へは逃げ切れない。かと言って、陸上戦などたかが知れている。囲みこまれて餌にされるだけだ。
だとしてもこのまま力比べをしたって、下に引きずり込まれていくだけ――。
銃撃では奴らの分厚い装甲をぶち抜けない。『
どうする――。
なかなか次の手が定まらない。
上でも下でもどちらに転んだところで――。けれど二つに一つ、空か、陸か。
――いや………………待て。
その時気づいたのだ、最初の化け物が掘り返した、深く陥没した大地の中から顔を出したそれに。
そんな都合のいいことあるだろうか。
しかし、そうであればどんなにいいか。
それがただ、地中に埋まった巨大な岩石であるならばもうそれまでだが。
動かなくても、これまでなのだ。
僕は、渾身のパワーを捻り出して締め上げる尾を断ち切り。真下へ、地中から顔を出した黒いそれに向かって。銃撃ではない。
一発の砲撃を放った。
爆発音。炎と煙が柱となって勢いよく上がり、僕は確かめる前にそこに向かって降下する。
煙が風に攫われて、先が見えた。
よし――、ちゃんと穴が空いている。あれはやはり岩石などではなかった。
予想どおりだ。
空にも、陸にも逃れられないなら、だったら――地下に行けばいい。
化け物たちにとっては小さな、けれど僕たちがすんなり入ることのできる穴に向かって。
ブーストをかける。あと少し、もう少しだ。
もうすこし――、
開けられた穴まで数百メートルに差し掛かるところだった。
真上から振り下ろされる重く容赦のない鞭。
着地を考えた速度を保っていたところに、予期せぬ追撃を受けて、半壊する、右翼。
そんな――ここで。
調整しようとも間に合わない、既に破損した左翼だけでは、舞い上がることも、もう――。
僕らはその時から飛んではいなかった。ただただ、地中に向かって猛スピードで落下していくだけだった。
深さがどれくらいだとか、この先はどこに続いているのかとか。
そんなことを模索する前に。
僕は両腕で彼女の頭部を、この先に待ち受ける落下の衝撃に耐えうることができるように強く包み込んで。
闇の中に突入した。
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