2


「これが……」

「うん。ぼくたちの星のほんとうの姿」

「……なにかの間違いじゃないのか。こんなのがここから先ずっと……?嘘だろ、ここだけだろきっと、もっと……先に行けばもしかしたら街が見えてくるかもしれない」


 やはりこの目で見ないことには信じられない。

 スピードを上げ、そのまま飛び続ける。

 だが、見渡す限りの乾いた大地がそこから途切れることはなかった。


 数千キロ先まで人と思しき生体反応も感じない。


 なにも。

 いない――。


 小一時間ほどそれから飛んで、西も東も北も南も、上空から何か一つでも動きがないか入念に探したが、無駄に終わった。


 空から見ていて思った。こんな場所。人も魔法使いも、その他の動物だって生きることができるはずないのだ。


 丁度、地からむき出した大きな岩場を見つけてそこで僕たちは地上に降りることにした。


「こちらT-R……我が同胞たちよ、聞こえているなら応答せよ。こちらT-R……」


 緊急の信号を発信して呼びかけるが……、応答はないし、発信されている信号をキャッチすることもできない。


「ライ君……大丈夫?」


 なんてことだ……。

 このまま、誰も見つからなければ。

 僕はもう彼女が言った、戦が終わってから五百年経っているという途方もない話を信じなければならないということになる。


 本当に人類は、魔法使いは……この星から滅び去ったというのか。


 岩場に座らせたノルニルは、水筒の水を飲んで僕の方を心配そうに見ている。


「ねえ、言ったとおりでしょ」

「ああ……まさかここまでとは思わなかった。でも、まだ一日の半分もそうしていない、もっと探せば」

「それでも、見つからないよ。だって、五百年前もぼくとおじいちゃんで散々探したんだ……生きてる人を。でもダメだった……それどころか、ぼくらも殺されそうになった、だからぼくたちは少しでも生き伸びようと思って、残っていた自然に、あの丘の上に隠れたんだ……」

「待てよ……殺されるって、ノルニル、なんの話をしているんだ」

「ライ君はやっぱりなにも覚えていないんだね。戦争の後に……この星になにがあったのか」


 岩の上に立ち、懲りずに千里先を見ていた僕は、言われて振り返る。


「人と魔法使いは、もともとこの小さな星で仲良く暮らしてた。でも時代が進んで、二種族は長い喧嘩を続けるようになったんだ。それは、ライ君も知ってるよね」


 ああ……知っている。


 人はより便利で住みよい暮らしを築きあげるべく、自然を犠牲にして技術を高める生き方を選んだ。


 かたや魔法使いは、より良い暮らしよりも自然と共存することを信条とし、優れた技術を禁忌とした。星の資源を人に奪われぬよう独占しようとしたのだ。


 相容れない二種族の価値観はやがてぶつかり合い。戦争が勃発した。


「戦の炎はこの星の全体に広がったよ……どっちも譲らない戦いだった。いろんな人が戦場に向かって、そして帰ってこなくなった」


 きっと君も、その中の一人だったのだろうと彼女はぽつんと言った。


「人の作った兵器や爆弾、魔法使いの破壊の力が、どんどん星を傷つけて、住むところも、食べ物も……自然も、大好きな人もみんな、なくしてしまったんだ」


 そうしてお互いを削り合い。

 少なく、限りなく少なく。

 力を殆ど持たぬ者たちが絞り込まれ。


 そうして戦いの炎は小さくなり、やがて消えていった。


「でも本当に大変だったのはその後だったよ。結局争いは、また次の争いを生むことになった……たくさんの星の自然が削り取られて、住む場所がなくなって……、生き残った人達が満足に分け合うほど余裕なんてなかった」


 だからまた争いが起こった。


「食糧や住処を奪い合って、同族同士の争いも当たり前に起こった。みんな……おかしくなっちゃってた」

「それで、滅びたっていうのか」

「ほとんどはね……でも、本当に滅びるきっかけになったのは、そうじゃなくて――」


 彼女が言いかけた、その時だった。


 激しい地響きと地震が、なんの予兆もなくその場を襲った。ノルニルは岩場にへばりついて悲鳴をあげ、僕は岩場から降りて周囲を見渡した。


 尋常じゃない揺れ。大地を破る地割れ、けたたましい地鳴り。――そして、物凄い生命エネルギーの反応を僕は感じていた。


 あり得ない――そう思いたくなる。

 つまりそれほど強大なエネルギー。

 足元だ。真下からやってくる――物凄い、想像を絶する速さで。


「ノルニルッ、掴まってろ――」


 言うや否や、僕は岩場の上にいた彼女を引っ掴んで、上空へ飛び上がった。

 その瞬間。

 干からびた大地が豪快に破裂した。

 そして、破裂したそこから。


「なんだあれは……!」


 見たこともない巨大な生命体が姿を現したのだ。


 この星に棲息していたであろう生物に例えるならば。なにが当てはまるだろうか。


 脚が八つ、形はまるで節足動物の蜘蛛だが、昆虫特有の触覚がある、そして、切れ味の良さそうな鎌のような歯が口腔と思しき部分で何枚も蠢き、反対側の臀部にはさそりのそれに近い長く、そして鋭利な先端の尾が三本ついている。


 甲殻類さながらの黒光りした頑丈そうなボディ、赤黒い目は口腔の近く、三つずつ左右対称に並んでギラギラと光っている。


 ここまで説明すればそいつがかなり醜悪な見てくれであると想像がつくかもしれないが。


 本当に醜悪なのはその姿ではない。

 その大きさである。

 巨大なんて一言では決して表せない。


 なんと言えばいい、そう、さっき飛び越してきた山の半分はある。


 それほどのものだった。

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