第3話 破壊の魔物

1

 地上から数千メートルの上空を風を切り、ただひたすら南を目指して飛ぶ。


「キィイイイイイイイイイイアアアアアアアア――!!」


 耳がビリビリするぐらいの甲高い声で叫び続ける魔法使いを腕に抱えて。


「キャッハー! 高い! 高い高い! 飛んでる! 飛んでるよぼく! すごいすごい! ヒャアアアア!! キャアアアアアアア──────!!」


 首元にしがみついて最初怖がっていたと思ったら、数分経ったら順応したようで、さっきからずっとこの調子である。


「やばいやばいやばい!! テンション上がるー! やばいよー! こわいけど面白い! こわ面白い!」


 興奮してるとこ水差すようで悪いけど。これ以上暴れたら僕が君を落とすかもしれないし、あんまり喋りすぎると舌噛んで死ぬぞ。


「すごいよ空飛べるなんて! ライ君!」

「君は魔法使いなのに空が飛べないのか」

「そりゃあ魔法使いでも、飛行系の魔法が使える人じゃないと飛べないよ。ぼくはそういうのじゃないから」


 そうだったな。


 確か、魔法使いは全てにおいて万能ではなく、生まれつき自分の魂と相性の良い一種の属性魔法しか扱えない。

 炎や水といった自然の力を操る者。体の機能を一時的に強化する者。病気や怪我を治す者。

 皆が一様に空を飛べるとは限らないのだ。


 そう考えると技術一つでなんでも飛ばせる人間は、やはり凄いのだと思う。


「なにそれ、魔法使いだってすごいよ! ……まあいいや、ねえ! もっと、もぉおおっと! 高く飛んでよ!」


 高度を上げたところでなにになるわけでもないのに。


「ねえ! 高く! 高くしてよ!」


 ああ、うるさいな。暴れるなって。

 面倒くさくて、僕は更にぐんと高く、風を切って雲の上まで飛び上がる。

注文どおりになって、ノルニルが奇声を発して喜ぶ。


「次! ぎゅーっと急降下!!」

「はあ? 遊ぶなよ」

「いいから! やってやってやって!」


 落下するという恐れも知らず、ぼよんぼよん腕の中で跳ねる。


 ああもう。子供って特にマニュアルどおりにいかないって聞いてたけどこれほど厄介とは……。


「きゃああああ! はははははぁあ! 速い! こわあああい!!」

「これで満足したか、そろそろ山を越えるから高度を下げて、地上に集中しないと」

「次は左にギューン!」

「おい」

「できないの?」

「……」


 なわけないだろう。

 それぐらい――、充電前だ!


 急降下しながらぎゅるんと捻って左旋回。


 どうせ右もって言われるだろうから、そのまま右旋回。

 上昇して、一回転、フィニッシュで逆回り。


「どうだよ」


 なんて聞けば、目をキラキラさせて彼女は訴える。


「ヤバイよ! 心臓ひゅうーんってなったァ! こんなの初めて! すごすぎてもうオシッコもれちゃいそうだよ!」

「やめろ漏らすな――!!」



◆◆◆


 鬱蒼うっそうと生い茂った森林、どっしりと並んだ青い山々を次々に追い越していくと。徐々に木や川といった自然が薄くなり……地上に変化が見えてくる。

 今まで感じ取れていた鳥や獣の生命反応がぱったりと途絶えた時には。


 乾き、ひび割れた丸裸の大地が僕らの真下に現われた。


 ここが……かつて人間が住んでいた――場所。


 そこは村だったのか、街だったのか、都市だったのか、戦場だったのか、基地だったのか。

 どこになにがあったのか見当がつかない。

 だって、なにも残っていなかったのだ。

 なにも、なに一つもだ。


 草の一本すら生えていない醜い更地が見通せないほど果てしなく広がっていた。

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