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「他に食材はないのか、そこの戸棚」

「ないよ。ビスケットもシリアルも、ハムもベーコンも、覚えてないくらい昔になくなった」

「庭があるな、家畜は」

「ヤギとニワトリがちょっとだけいるけど」

「鶏卵とミルク用か。少し殺して肉にすればいいのに」

「やめて! かわいそう!」

「なに言ってるんだよ。家畜だろ」

「肉なら……たまにユカシタクソネズミを捕まえるから、それで足りてるよ」

「そいつは糞尿を撒き散らす害獣だろ!? そんなもの食べてたのか?」

「五百年も一人でやりくりしてきたんだよ!? 食べられそうなものはなんでも食べるよ!」


 キレられた。


 確かに。その格好ならば庭で草花をむしり、土を掘り返してとろい芋虫を採取し、大人しい家畜を世話して副産物を収穫することぐらいしかできないだろう。


 一体いつからそんなお粗末な生活をしているのかと問えば、覚えていないと言われた。


「他に食糧を調達できそうな場所は」

「って言ったら、外に行くしかないかなあ、うんと遠くに」


 そうか。なら話が早いや。


「えっ、どこ行くの?」


 どこって、話の流れ的に外だよ。


 すると彼女は慌てた様子で車椅子を漕いで、外へ出ようと試みた僕の前に回り込んだ。


「じゃ、じゃあぼくも行くよ」

「同行は断る」

「ナンデ!?」


 なんでって君ねえ。


 車椅子でどこまで行けると思う。

 推測するに外はきっと荒れ放題なんてものじゃない。

 地形が変わって、人が当たり前のように歩ける場所なんかないかもしれない。

 それに、いちいち休みたいだの疲れただの言う君を僕は待っていたくないね。


 時間を無駄に浪費することこそ、機械にとっては苦行なのだ。


「酷いこと言うな、ライ君」


 ぶんむくれたってだめだぞ。

 白目剥いてもだめだ。


「君はここで待っていればいい。僕がしっかりとした食糧を探してきてやるから」

「それって、どのくらい」

「さあ、見つかるまでかな」

「いやだよ、ぼく待ちたくない!」


 両手を広げて身を乗り出しているのは、それは抱っこを要求しているのか?


「だめだったら。聞き分けがないな」

「ぼくは喧嘩に勝ったんだぞ! 偉いんじゃないの!?」

「確かに君が勝者であることは認めるが。目的を達成するのに遠回りになる場合は僕は君の申し出を断固拒否させてもらう」

「ぐぬぬ……意地悪なやつ」

「なんとでも言うがいいさ。僕は行くから」


 そう告げて、彼女の前を通り過ぎようとする。


「待って、待って…………いやだッ……!!」


 スピーカーが音割れを起こすくらいに強く叫ばれて、振り向くと。彼女の瞳はまたも暗い深海色へと染まりつつあった。


「……行くなら、連れて行ってよ、お願いだよ」

「何度も同じことは言いたくない。時間の無駄だ。心配しなくても逃げはしない、ちゃんと戻ってくるさ」


「だめ。そう言ってみんな帰ってこなかったんだ……!もう嫌なんだよ!一人で待つのは……!」


 目を潤ませて、鼻を啜るノルニル。

 やれ……。と僕は後頭部を軽くかきむしる。


 この一見大人しそうでお転婆な魔法使いを説得するのに、あとどれぐらいの時間を浪費するのか。


 それこそ僕が強行突破にでようとすれば、またさっきの妙な技を使われるだろうし。

 だめだ、計測不可能だ。


「はあ」


 ならば、お荷物を持って目的を達成した方が早いのかもしれない。


 非常に不本意だが。


「五分待つ、それまでに支度をするんだ」


 まったく。とんだ魔法使いに起こされたものだ。


 同情してくれ、トート博士。



 ◆◆◆


 扉を開けて小屋から出ると。


 久々に浴びる日の光にボディが反応した。


 眩しい光。

 生き物に生きる力を与える光。


 僕は生き物ではない。けれど、この日の光が動力になる。


 ソーラー式。ちょっと時代遅れではあるだろうが、中身は最新式、光さえ取り込めれば半永久的に動ける。らしい。


「へええ、ライ君はお花や木と同じなんだね、エコだねえ」


 僕の頭部にちょんとしがみついたノルニルが機嫌良さ気に言ってゆらゆら揺れる。


「無駄に動かないでくれないか。視界がブレる」

「だって楽なんだもん。こんなに背が高くなったのも初めて。チョーいい眺め!ぼく今巨人ッ!いいねいいね!」


 結局こうなった。

 駄々っ子の魔法使いは、車椅子がなければ移動ができない。


 どれ程の距離を進むか、外の状態もまだ把握できていないため、そんな乗り物後々邪魔になることは目に見えていた。


 だからもう、僕が彼女を肩車して行くほか手段がなかった。


 山小屋の外は見渡すばかりの花畑。蜂や、色彩溢れる蝶がそこら中を舞っている。


 花は見たことあるけど。こんな丘一面を埋めるほどは初めて見た。


「寝っころがってみる?きもちいいよ?」

「そんな暇はない、食糧確保が優先事項だ」

「ちぇー。時間に追われる必要ないからのんびりすればいいのに。明日も明後日も、君には仕事なんてない。ずーっとお休みだよ、一日中ゴロゴロしてもぜんぜん平気。だーれも怒らない」

「ノルニル君は。なんて……なんて――なんてことを言うんだ」

「え……?」


 そんなの絶対に堪えられない。

 なにもすることがない?ずーっと休み?一日中ゴロゴロ?


 無理だ無理だ。僕は動いてこそ、使命を全うしてこその存在なんだ。なにもしないなんてことになったら……。


「僕はただのバネやネジ、鉄板、ガラクタの寄せ集めじゃないか!」

「どったの急に?」

「僕のこの先の未来を想像した……これが人でいう恐怖というものか……」

「ああ、んー……よくわかんないけど。今日はごはんを探しに行って、明日はゴロゴロする……でいいの?」

「いや、しないから」

「じゃあ今日はゴロゴロして、明日ごはんを探しに行くの?」

「違うから、そうじゃない」


 ゆるゆる動く水車に、シーツを干した物干し竿。低い柵と家畜小屋、菜っ葉が植わった狭い畑に、なんだあれは……不細工な、カカシのつもりか?そんなのも視界に入る。


「ほんとうに君以外いないんだな」

「遠くに行ったって誰もいないよ」

「さあね、それは行って確かめるよ。もしかすると生存者が他にいるかもしれない」

「たぶんいないと思うけどね」

「決めつけるなよ」

「ほんとうなんだって」

「まあいいさ、行けばわかる」


 ノルニルは五分の間に水筒と、非常食のネズミの干物となにかの木の実、ハチミツの入った小瓶、山小屋の鍵をポシェットに詰めていた。


 別に鍵なんかいらないだろ、と言うと、彼女はこう言うのだ。


「持ってないと、帰ってこられない気がするから」


 そして僕に、家畜小屋の扉と柵とを解放するように指示する。


 言われるままに、柵と小屋を開け放つと、のそのそとヤギとニワトリ数頭、数羽が出てきて、好き勝手花畑を動き回る。ある者はそのまま茂みに向かって帰ってこない。


「いいのかい、このまま放置すれば彼らは戻ってこないかもしれないぞ」

「うん、いいよ。いつ帰ってくるかわからないし。帰ってこられるかもわからないし」

「なに言ってるんだ。ここの座標は今さっき登録した、帰ってこられないなんてこと心配するに値しないことだ」


 花びらを巻き込んだ暖かい風に三つ編みを揺らして彼女は僕の方を見下ろす。


 元気が出てくると目の色が金色に近くなるみたいだ。



「うん……、そう……だよね! ごめん、なんでもないよ! さあ行こうよ、冒険だライ君! ぼくを遠くに連れてってよ!」

「言われなくても出発するさ」

「なんかいちいち難癖つけたがるなあ、はいはい、いこういこう、出発進行ー! ブタのおしっこー!」

「君は発言がいちいち下品だな」


 あと。髪を引っ張るな。


「どうやって行く?」

「土地勘はそっちにあるだろ?」

「とんちんかん?」

「僕が悪かった。遠くには行けなくともここ周辺は君の方が詳しいんじゃないか」

「ああうん、そういうこと。えーっとザックリ言うと北の方には渓谷があるよ、南の方には山がある」


 ほんとにザックリだな。


「山を越えた先にはなにがある」

「枯れた大地がずーっと広がってる。その先は……人間のエリアだったよ」

「それは本当か?」

「そっちに行きたい?」

「……少し…………確かめたいことがある」

「うんとうんと遠いし、もうなにもないかも」


 それでも。一人でも人間がいるかもしれない。例え五百年経っていようと、彼らには豊富な知識と誉れ高い技術がある。もしかしたら。


「じゃあ、そっちに行こうよ」

「いいのか」

「うん。人がいるかはわからないけど、ライ君みたいなのが他にもいるかもしれないしね」



 よし。方角は決まった。


 僕はノルニルを一度肩から降ろして、横向きに抱える。


「なにするの?」

「まさか君はこのままテクテク徒歩で移動するとでも思っていたのかい」


 そんなことしていたら、あっという間に百年ぐらい経ってしまうだろう。


 地上にどんな変化が起こっているか、突然変異の獣やらが棲息しているかもわからない。その都度足止め食らうのも癪である。


 時短と探索に徹するのなら、断然こっちの移動手段の方が理に適っている。


「な――なに出してんの、」


 僕の背中から伸び出た鋼鉄の二枚一対の機械羽を見て、抱えられたノルニルが目を丸くした。


 見ての通りさ。


 かなり久々だけど、うん……ちゃんと動く。問題はない。行けそうだ。


「ライ君、君って……もしかして飛べるの?」

「当たり前だろ。僕は特別武装型なんだから」


 木々の枝葉が激しく揺れ、花びらと砂埃が巻き立つ。


 一度だけ蹴って、地上からゆっくり浮き上がる。


「うそっ! うそ! 飛ぶの!? え、いきなり!? ちょっと待って――」


 エネルギー充填完了。セーフティ解除。

 マッハドライヴ開始まで、四秒。


 三。二――。


「口を閉じないと舌噛んで死ぬからな」

「うそっ!うそッ!?」


 慌て出す彼女にしれっと告げ。そのまま、一気に、上空に向かってフルブースト。


 一。零――。


「ま、アッ――――!」


 ヴォン!! という爆発に似た音を立て、僕達は丘の頂上から空の彼方へと飛び立った。

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