5


「今の、魔法……なのかい?」

「うん、そうだよ。君に使うのはこれで二度目かな。どこかおかしなとこ、ある?」

「ない……どこも。おかしいくらい正常だ」

「そう。ならよかった」


 いいもんか、あのまま壊れていれば良かった。そう言ってやりたかったが。

 彼女の嬉しそうに緩んだ表情の前で、僕は浮かんだ言葉を音にして出すのをやめた。


「ちょっと熱が冷めたよ……ごめんね。久しぶりにこうやって言葉という言葉をかわすから、感情が暴走しちゃって。いつもひとり言ばっかりだったから、ぼく、その、少しはしゃいでた」


 もう叩いたりしないから、君も攻撃しないでほしいな。

 穏やかに言われ、僕はその願いに応じることにした。


 どうあがいても勝者は彼女だ。


 敗者の僕は地を舐めるようにそれに従わなくてはならない。


「めんどくさいなあ機械兵って、人間みたいな姿のくせに、ゆーずーきかない」


 ぶちぶち言って、彼女は僕を括っていたロープを解いた。


「よしよし、攻撃はしないでよね」


 僕は一度承知したら任を解かれるまでそのまま動く。機械っていうのは良くも悪くも一方通行なものなのだ。


「それで」

「それで?」


 聞くと、ノルニルは首を傾げ鏡みたいに返す。


「僕は君になにをしてやればいい」

「なにって、なあに?」

「なにって、なにかだよ」

「ナニカ? ナニカッテ?」


 うーん。

 やはり魔法使いと人側には多少の言葉のずれはあるんだろうか。


「交換条件だよ」

「じょうけんこうかん?」

「コウカン、ジョウケン、だ。前と後ろ交換してどうする」


 面白がってんのか。


「そう。ねえ話を続けるけど。君は勝った、魔法使いの代表として、だから負けた僕を好きなようにしていい。火で炙ってもいいし、水に沈めたっていい」

「真顔で言うことじゃないよソレ」

「僕は君が満足するよう願いを叶える。それに今から徹底する」

「ふんふん、いいね」

「だからその代わり、気が済んだら君は僕を破壊するんだ」

「まァーたそんなこと言うー」

「いいだろ、交換条件なんだから。これならどっちにも損は無い、公平なはずだ」

「なあんで?そんなに君は壊されたいの?」

「魔法使いにはきっとわからないさ、人間を差し置いて残った挙句、魔法使いに捕縛された僕の居たたまれなさなんて」


 史上最低の個体であるに違いない。


 散っていった機械兵仲間たちにも人類にも会わせる顔がみつからない。

 そもそも、中途半端に植わっているこの紛い物の心とやらさえなければ、こんなもだもだと考えることも無いのに。くそう……今更だけど恨むよトート博士。


 最悪の置き土産だ。


「機械兵って大変なんだね……」


 僕の表情を見てか、ノルニルは同情するように言った。


 丁度そこで聞き慣れない音が響いて。


「ああ! 大変、長く話しすぎた!」


 彼女はその音の発信源をつきとめると、慌てた様子で叫んだ。


 見れば、随分と使い古したように見える、鉄鍋の蓋が、ごうごう燃える暖炉の中で今にも飛んでいきそうなほど激しく揺れていた。


「お鍋の火を止めないと、スープがこぼれちゃう」


 彼女はそう言って車椅子を漕ぎ、僕を呼ぶ。


「ねえ手伝って! 二人分用意するんだから、そこのお皿取っておくれよ」


 指で誘導されて、僕の視界に底の深い食器が映る。


 それを二つ、木造りのテーブルに持っていけばいいらしい。


「それが君の望みなのか」


 随分と簡単すぎる願いだ。


 すると、鍋の中を大きな匙でうんせと引っ掻き回していた彼女が、ちょっと笑いながら返してくる。


「なに言ってるんだよ、ただお手伝いしてって言ってるだけだよ。望みって言い方なんか重たすぎ」


 はやくはやく。そう急かされて、僕はなんだか腑に落ちないまま食器二人分をテーブルに並べた。




「ひさびさだなあ、ひとりじゃないごはん」


 ミルクの入ったカップと、サラダボウルに盛られたなにかの草と色彩溢れる花びらの山(解析したら雑草だと判明した)。

 そして底の深い食器になみなみ注がれた。


 真緑一色の謎のスープ。


「いただきます!」


 なんて、ぱちんと手を合わせた彼女は、喜々としてそれらを口に運んだ。


 小さな口の中に、どんどこ雑草と花びら、そして緑のクリームスープが入っていく。

 僕は目の前に同じように用意された皿の中にスプーンを沈めて、スープの底の方を探る。


 なんだこの感触は。


 どろっとする。キノコだとか、樹の実だとか、そういう具材が入ってるわけでもなし。


 原料が全くわからない、このスープなにを材料にして作られた。


「これなに」

「なにって、二回目のゴハン、お昼ゴハン」

「そうじゃない。なにで作った」

「えっ……? スープはあれだよ、ほら、アオミドロ芋虫を煮込んだの、畑にたくさん湧くやつさ」

「芋虫のスープ?!」

「そうだよ、あんまり味しないけど、ミントグリーンがとってもいい色でしょ? サラダはね、家の前に生えてる花を摘んで作ったんだよ、たしか……カラカラハーブとアカグモアサガオ、コウモリ草の花、あといろいろ! たぶん栄養はあるよ! 苦いけど……」


 言われて僕はサラダをひと摘み、シリコンの舌、もとい解析器に乗せた。……こいつはひどいや。


 栄養なんてもってのほか、この植物たちは生物が無闇に口にしていいものじゃない。

 茎や葉、花びらだったりに毒素が含まれている。

 死には至らないだろうが、これらは体を痺れさせたり、吐き気を促す。


 けして食糧とするものではない。


 だというのに彼女は、口いっぱいに放り込んでもしゃもしゃ咀嚼している。


 おいおい。うそだろ、致死量に至らなくとも、そんな毒草いっぺんに摂取したら、例え魔法使いでも体の基礎構造が人と同じなんだ、ただじゃ済まないぞ。


「あれ、座って食べないの?」

「そんなもの、立ち食いする気も起きないな」


 と、言ったらば。彼女の瞳にまた炎が揺らめいた。


「な! んなのさその言い方! そんなもの? 食べ物を粗末にしちゃいけないんだぞ!?」


 いいや。断言する。それは食べ物じゃない。


 食べちゃいけないものを食べているだけに過ぎない。要するに誤食だ誤食。


「ノルニル。君、なんともないわけ」

「はあ?」

「体が痺れたり、腹を下したりするはずだぞ」

「えっ? ……んんん、そうだなあ、今はなんともないけど、けっこう、いや、かなーりむかしに……気持ち悪くてゲリとゲロが止まらなくなったことがあったかな……食べた後に必ず」

「それだ!!」

「でも気がついたらなくなってたなあ」


 アンビリーバボ。耐性がついたというのか。


 そりゃあ途方もない歳月の中でこればかり食べていたらそうなってしまうのも無理はない。

 かと言ってそれでいいやと置いておけるわけがない。


 耐性がついたとしても、植物だって人と同じように環境に合わせて進化するのだ。


 ちょっとした毒が突然変異で猛毒にならないとは限らない。


「食べるのをやめるんだ」

「ええ! ちょっとなにするのさあ!」


 毒草の山盛りを取り上げると案の定の反応をされた。


「君に死なれたら困る。もっと安全なものを食してくれ」


 僕が自害するためのたった最後のトリガーなのだ、それまで生かしておく必要がある。

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