3
視界がクリアになり、停止していた全機能が再稼働する感じ。
小さな電気の流れに、ピクリと体を震わせて、顔を上げると。
彼女は首を傾げて僕の鼻先につくぐらいすぐ目の前にいた。
四肢を投げ出した状態のままの僕は木の椅子に座らせられ、更にロープでぐるぐる巻きにされているという状態で。
そんな僕を見て彼女は、困り顔をしながら僕が目を覚ましたことに安心したと口にする。
「やっと起きたー、また五百年も寝ちゃうのかと思ったよ」
動くのはどうやら、首と頭だけみたいだ。四肢に力が入らないし、信号を出しても動く様子もない。
「ごめんね、またさっきみたいにされるとさ、この家がほんとうに壊れちゃうと思ったからさァ。ぼく此処しか住むところがないんだよ、だからさ、ちょっと話ができるようにさせてもらったんだけど。ねえ、……痛い?」
「僕は人間じゃないから。痛覚は存在しないよ」
「そうか、よかったぁ。あ……動けなくしといて良かったはひどいね」
あどけない柔和な笑みに、僕は笑い返すことはできなかった。
「ライ君……?」
なんたる失態。人類側に立つ最後の機械兵として恥ずべき、とんでもなく愚かな個体だ僕は。
こんな小さな魔法使い如きに、手も足も出ずに負けてしまうなんて。しかもおまけに、まだ破壊されず、自身の敗北をこれ見よがしに記録させられている。
最悪だ。
僕は役目を全うする以前に、人類側最後の敗者として、破壊されるその寸前まで魔法使いに弄ばれ、そしてその最悪の記録を永遠に残し続けなければならないということか。
これが、屈辱というもの。あまりにも辛く、堪え難い。
僕の中の
「君の言ってること、よくわからないなぁ」
わかってたまるか。敵である魔法使いに、人類の、そして戦い勝つことだけを求められ、今まで存在してきた機械兵の絶望というものがどんなものか、わかってたまるものか。
「ノルニル。戦争をさっさと終わらせればいい。僕の、いや、人類の負けだ。勝ったのは君、魔法使い側だ……だからこれ以上はいいだろう、決着をつければいいさ、さっさと僕を破壊しろよ」
人間らしい萎れた声でそう促すも、彼女は口をぽかんと開けて、僕の最初で最後の願いには応じてはくれなかった。
「なに言ってるのさ、君。そんなことぼくはしないよ」
「そうか、僕をこのまま壊れるまで晒し者にして、死んでいった人類を永久に辱めたいのか、君は」
「はずか、しめ……って、なにそれどういうこと?」
「とぼけるなよ。そういうことだろう、君はこの星の勝者になったんだ、そうする権利は充分にある、ならば僕も敗者としてそれを受け入れることにする。叶えられる範囲ならなんでも従うことにしよう、だがその代わりに、望みを叶えたあかつきには僕を破壊してくれないか」
僕の存在自体が人類の敗北した証であるのだ、できることなら今すぐにでもこの身を失いたい。
自害できるなら別だが、機械兵には自ら機能を停止させる術は無いのだ。
「君、機械兵のくせに凄いこと言い出すんだなぁ」
「どうだっていいだろうそんなことは。それよりも、僕を今すぐ破壊する気があるのか、無いのかそれだけを聞かせて欲しい」
しゅんと眉を下げて彼女が下した判決は。
「ないよそんなの。1ミリもない」
がっくり、僕は首を落とす。
「なんでそんなに落ち込むのさ! わっけわかんないなぁもう! 君ってあれ? 叩かれてヒャーキモチイイ!とか喜んじゃうタイプ?」
わけがわからないのは僕の方だ。敗者と勝者が決まった時点で戦争は終了を迎えようとしているのに、あと一手加えればいいのに、何故そこで戦争を真の意味で終わらせようとしないのか。
白黒はっきりつけたくないのか。僕には理解不能なんだよ。なんて愚痴っぽく吐けば、困り果てた彼女の顔の全てのパーツが一瞬、鼻の中心に寄り集まって。
くしゃっと潰れたかと思えば。次にはさながら火炎放射器のように咆哮を上げた。
「うううううあああああああ――!!」
もう! もう! と何故か頭をばりばりと掻き乱し、僕の胸ぐらを掴んで大音量で叫んだ。
なんの前触れもない。突然のことだった。
「わっかんねえな! もう! そんなの知るかよ! だから何度も言わせるなってば! 終わったのは喧嘩で、君と僕は敵じゃないし、戦争だってはじめからしてないんだ! ぼくが勝って、君が負けた! ただそれだけだ! それだけなのにどうしてぼくは君を破壊しなきゃならないんだ! わざわざ五百年もの間、君の複雑怪奇な構造の体を直し続けて、やっと動き出した君をさ! どうしてぼくが壊さなきゃなんないの! 苦労して完成させた一億万ピースのパズルを糊づけして額縁に飾る前にぶっ壊す気に、君なれるの!?」
なんなんだその比喩表現。
「うるさい! 五百年だぞ五百年! どれだけ大変だったと思ってる! どれだけ苦労したと思ってるんだよ! それをっ……ああもう!起きたと思ったらとっくのとうに終わってる戦争がどうのって騒ぎ出すし! 殺すとか言ってくる! 物騒すぎ! 怖すぎ! ていうか五百年も君が起きるのを楽しみに待ってたっていうのに……なにこのギャップ! この展開! さびしすぎるじゃないかよ、ほんとにもぉおおおおおおおっ……!」
さっきまでの彼女とは別人のようだった。
彼女の眼の色はめらめらと燃え盛る
その佇まい烈火の如し。
「終わったことなんだからいいじゃないか! 君ががたがた言い出したってぼくは君と戦争しないし、人類も死んだ魔法使いも蘇らない! ぼくは君を粗大ゴミなんかにしない! これは絶対だ! 気なんか1ミリだって変わらないんだからな! わかったらハイと言え! さあ!」
口を動かそうとすると、彼女はいつの間にその手に握ったのか、先ほど対峙した時に持っていたフライパンで、遠慮なしにガツンと僕の頭を殴った。まだなにも言ってないのに。
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