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大戦に備え、何億と用意された人型機械兵『type-ライジン』の製造途中、まだ人の形しかしていない丸裸同然の機械兵の陳列から一体だけ弾き出された粗悪個体を偶然回収した彼は、自身の研究室に持ち帰ってそれを改修し――結果、僕が生まれた。
「そう。いうなれば私は君の父だね」
やめてほしいな。同じ顔、同じ目線のくせに。
「では友人かな」
それも違う。僕はただの道具で、あなたは僕を使う人だ。そう答えれば、彼は目を細めて大げさに腕組みをした。
「うーん。いくら人の感情に近いものを入れたとしても。機械兵としての根本は変わらないのかあ」
かったいなあ、と僕を笑う彼。
やれ、僕には理解できない、そうやってへらへら笑う時の心境というのが。それ以上に理解できないのは、博士が僕をこのまま戦地にぶち込むということだけど。
「戦場に行きたくないのかい?やはり怖いか」
まさか。人が勝利を望むのなら、僕は何処へだって戦いに行く。この身が滅びようとも、躊躇などしない。
「勇ましいことだね」
ただ。
「ただ?」
あなたに貰ったこの人格と感情は、戦場を駆けるにはいささか邪魔な気がするんだ。
もしかすると、僕はこれのせいで反応が鈍り、敵を仕留め損ねるかもしれない。正しい判断ができず、うまく働けないかもしれない。他の機械兵は淀みなく動くのに、僕だけいまだシュミレートでは遅れをとってばかりだ。
それは常に一律の立場にいるはずの機械兵としてはどうしようもなく、劣等感を感じさせる。
トート博士。あなたに拾われて今の僕があることは充分理解している。人間はこういう時に感謝の意を示すのだろうけれど。
でも僕は戦うために生まれてきた機械兵だから。今からどうにかなるなら、そのヒト感情プログラム消してもらえないだろうか。それができないなら、廃棄処分でもいい。
僕は純粋に、機械としての任をまっとうしたいのだ。そう言えば、トート博士は飲みかけていたコーヒーを一口飲んで、少しだけ、寂しそうな顔をした。
「君は、魔法使いをどう思っているのかな」
僕はそれに即答する。倒すべき敵である、と。
「まあ、そうだろうね」
人に害を成し。この星の資源や土地、全てを自分たちのものにすべく、人を滅ぼさんとする魔法使いたちは大昔から人の天敵だった。
人もそんな魔法使いたちを恐れ、そして同胞を殺された強い憎しみを抱いている。人が敵対するのなら、僕ら機械もそうするまでだ。
あなたも、魔法使いが憎いんでしょう。
そう尋ねれば。トート博士はカップを揺らして、少し黙った。
「うん……そうかもしれないね。私の家族はみんな、魔法使いに殺されてしまったから。でも……わからないんだ」
わからない?
「私は昔――魔法使いに恋をしてね、愛していたんだ。とても、人以上に、家族以上に」
博士、それは。
「大罪、その通りさ。彼女もそれを知っていたよ。この大戦のさなか、互いの種族を大きく裏切る行為だって」
そう言って、トート博士は両手首につけられた、黒く重たげな腕輪を見せた。
この研究所から出ると爆発する絶対に外れない手錠らしい。大罪人の証だ。
「そんな禁忌を犯して、彼女は人間に捕らえられ、魔法使いの尊厳を全て奪われ処刑されてしまった。そして私は、人類を裏切ったことを悔い改めよと此処に放り込まれた。それで思ったんだ……戦争ってこういう小さな火種から始まるものなんだって」
博士は笑っていたけれど。その瞳の奥には悲しみの色が揺らめいていた。
トート博士、何故悲しいの。
「悲しいさ、戦争ってね、とても悲しいことなんだ。なにがほんとうなのか、なにを信じればいいのか、誰が悪くて、誰が善いのか、誰が味方で敵なのか……はっきりしているようで、全然違うのかもしれない、自分が今立っている場所が本当に正しいのか、滅ぶべきは本当にあちらなのか……。だけど気がつきかけた時には火種は燃え広がって山火事は消せないほどになっていて。その火をいくら消したくとも、全てを燃やし尽くすまで見ていることしかできないんだよ、戦争の終わりはいつもそうさ、だから悲しいんだ……」
悲しまないでトート博氏。
勝つのは。人類だよ。
「さあ、どうなるかはわからないけどね。でも私はその終末の時に立ち会うことはきっとできないだろう。人には知恵と物を生み出す技術があるが、個々の力はそれほどでもない、君たち機械兵を作って戦力を補うくらいとても弱い生き物で、此処が襲撃されれば簡単に消える命なんだ」
だから先に謝っておくよ、すまないねと、トート博士は僕に頭を下げた。
謝罪。言葉だけでなく、体の一部や時には全体を使って表す。人のコミュニケーションの一種。人が人に、感情を伝える、シンプルで奥深い、行動。
「君にはわからないかもしれない、でも。すまないと思うんだよ、こんな戦争に君たちを放り出すことになってしまったこと、本当の心を持たない、真の意味で綺麗な君たちを、私たち人間が汚くしてしまうこと」
そして一つ頼まれてくれないかと、彼は僕に言う。
「君に確かめて欲しいことがあるんだ」
僕に? なにを?
「戦争の果てに、なにがあるのかを」
戦争は、勝利と敗北のみ。それ以外にはなにも、
「そうじゃないんだ、そういう機械的なことではなくて」
うん……?
「君に埋め込んだヒト感情プログラムはまだ芽を出しただけの未完成なものだ、いや、完成する時などない、そのプログラムはこれから様々な経験を重ね、保存されたログと、新たな情報を掛け合わせ、より高度でヒトに近いものへと進化し続けていく、君が動きを止めるその時までね。君は確かに他の機械兵とは違う、その擬似感情が足枷となって、時には君の邪魔をするだろう、でもそれでいいんだ。もしかすると途中で戦いを放棄したくなるかもしれないし、恐怖を感じ、逃げ出したくもなるかも知れない。でもそれでいいんだよ、君はそんな自分を欠陥品だと責めることはないんだ。そして、もしかすると君はこの星の戦争の終わりまでたどり着くかもしれない。もしそうなったら、その時の状況を、そして感じたことを記録として残すんだ、どんなことでもいいさ、できるだけ多く」
記録を残した後は、その後はどうすればいい?
「君の好きにしていいさ、やりたいようにやっていい」
やりたいことがなかったら。
「その時は生存者を探してくれ、もし見つかったら、その人の手助けをして欲しい」
人間なら助けて、魔法使いなら殺せばいい?
「それは、君が決めてくれ」
僕が?
「そうだよ、そして考えるんだ。たくさん、たくさん考える。その人を本当に自分の前から消してしまっていいのか、否か」
魔法使いは敵じゃないか。
「今はね、でも戦争がなくなれば別なんだよ。わからないかい?少し……難しいかな」
僕は腕組みをする。それでもよくわからないや。
「君には選択する権利があるということを教えておくよ。人間には憎しみや恨みという感情が魔法使いに対してあるけれど、君にはそういった感情は欠片も存在しない、君が彼らを敵と見なしているのは人間が刷り込んだ、ただの決まりごとなんだ。それは君が壊れてしまうまでずっとついてまわるもの、いわば呪いのようなものかもしれないけど。君はしようと思えば、魔法使いを受け入れることさえできる、親しくなり、愛すこともできる、プログラムに逆らってまでそうする権利もある。だから君がしたいとそう思ったときは迷わなくていい、戦争が終わったあとは、人のために動こうとも思わなくていいんだ」
つまり、博士は僕になにをさせたいの。
「させたいんじゃないよ。君に選んで欲しいんだ……そして願わくば」
願わくば……?
トート博士?
「──ねがわくば?」
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