第2話 丘の上の花畑
1
「──どうして君に『ヒト感情プログラム』を組み込んだかって?」
目の前のパソコンデスクに頬杖ついた、僕と全く同じ顔の男が言いながら朗らかに笑う。
このパターン。何度も繰り返されてきたから学習済みだ。彼はこの問いをはぐらかすつもりだな。
「だって君には理解しがたいものだろうからね」
ああ、理解しがたいものだ。
何を思ってあなたは僕という機械兵に人の感情の一部を与え。何を血迷って僕を自分と同じ顔につくりあげたのか。
「親近感が湧くだろう?」
そうだろうか。
自分と姿が同じ機械兵なんて、気持ち悪くはなかろうか。――という、当たり前のように流れてくる機械に不似合いなこの思考は、僕の中に組み込まれたありとあらゆる人間の気持ちからもっとも平均的、総合的、一般的なものが絞り込まれ選出されているものだ。
だからこの場合は、客観的に捉えると人間は自分と同じ姿形の動くものを見たとき、不気味であると感じる者がほぼである――という統計結果なのだろう。
さらにつけ加えていいなら、そもそも客観的に捉えるという部分すらも、機械ではまずあり得ない、人の感情や思考を元にひねり出された見方であり。
もっと言えば客観的な捉え方は人の感情やらが元であると僕なりに考察してみたことも。
“僕”という、如何にもはっきりしているように見える人格も。
すべてこの男が施した、いわゆるオプションパーツのようなものなのだ。
これもどうせ仮初めの感情なのだろうが、なんてものを付加してくれたんだと、少しいい気がしない。
機械が物事に対していちいち忙しく反応を示す必要なんてない。必要性は皆無だ。
「おや、なんでそんなこと言うんだい」
機械は、なにも感じずにただ人の言うことを聞くべき存在だからさ。
だってそうだろ。機械やロボット、アンドロイド。
ずっとずっと昔から、それらは人のためにつくられた。NOを言わない動く人形。人間の指示に従順で、どんな過酷な命令だったとしても我が身を惜しまず遂行しようとする。
それが機械の本質であり、本来あるべき姿なのだ。
だというのに僕は、感情導入プログラムとかいうわけわからないもののせいで、勝手に人格は形成されていくし、人の言葉に敏感に反応することによって機械としてタブーとも言える、物事への区別を芽生えさせてしまった。ひどいものだ。それが僕の中にインストールされてからというもの。
今まで単調だった全てが変わってしまったのだから。
研究ラボはなんだか独特な匂いがして落ち着かないとか。
週に一度のこのカウンセリングの時間が少し嫌だと思ったりとか。
もっと速く動けるようにメンテナンスしてほしいだとか。
日光浴は嫌いじゃないこととか。
他の機械兵と会話がかみ合わないことがやや退屈だったりすることとか。
新型の重火器を取り付けてほしいとか。
もふもふ、ふわふわした手触りのものは割と良いと思ったりだとか。
磁石の近くには行きたくないとか。
そのほかにも盛り沢山。
人間というのは驚くべき生き物だ。
こんなにも短時間のうちに多様で目まぐるしい情報を送受信しているなんて。
正直、機械よりも機械らしく思う。ゆえに僕は、おびただしい量の情報を処理するのに日々苦労しているのだ。
そう。こんなふうにならなければ、「苦労」という至極不快な気持ちを体験することもなかった。ただなにも感じずに、情報処理を淡々とこなしていただけだっただろう。
まあ、本当にひどいのはそこではないのだ。
本当に僕がひどいと思っているのは、戦うための道具なんかに、不要としか言いようのない擬似感情が付け加えられてしまったということ。
しかも。この目の前にいる科学者、トート博士の“ただ”の気まぐれによってだ。
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