5
「ていうかひどくない。壁も床も蜂の巣じゃないか、これも使い物にならなくなっちゃったしさ」
定位置である車椅子に乗った彼女の手には、先程まで持っていなかったはずのべこべこに凹んだフライパン。
「家の中で銃使わないでおくれよ」
それを片手で振りながら、ノルニルは僕に抗議を申し立てている。
ひどいのはこっちの台詞だ。突っ込みたいところが次々に出てくる。
あえて簡単な言葉を使うなら。彼女は一瞬にしてその姿を目の前から消した。瞬間移動とか、きっとそんなもんじゃない。僕が気がつくのに時間がかかり過ぎた。それに彼女は少し前からそこにいたんだと言わんばかりの口ぶりだし。
たとえそうだったとしても、僕にとって一瞬という、僅かな時だったはず。なにが……起こった。
視覚的情報からして、彼女の出で立ちではとても僕以上に早く動くことができないはず。だめだ、解析が追いつかない。
機械でも見破れない、今の出来事。なにかをしたようには見えなかった。だが、なにもしてないということはないのだろう。
なにもしていないように見せかけて、なにかをしたのだ。あの、絶体絶命の瞬間に。
彼女は子供に見えても魔法使い。
人智を超えた力を持つ。
人とかけ離れた存在。
それこそ機械に理解できない馬鹿げた力を使う。
だから僕が理解できないと解析不可能とさじを投げたくなるということは。
つまり、そういうことなのだ。
「魔法か……」
「ん、まあ。お察しのとおりだけど」
そんな睨まないでよと、彼女は肩をぎゅっと縮こめる。
勿論、睨んでいるつもりなどはない。異議を申し立てるつもりもない。こっちが攻撃を仕掛けているんだ、抵抗されるのは当然のことだ。
やはり最後まで残った魔法使いというだけあって、無力ではないということか。
いいじゃないか。魔術と技術は古来からぶつかりあってきたもの、決着をつけるのであれば、こうであるべきだ。それに、僕は機械兵、戦いがあるからこそ存在が生きるのだ。
いいや。いきものでないからこそ――、戦いの中でしか、存在することができない。
「さあ、次は君の番だ。お得意の魔法とやらで反撃するといい」
「だから……わかんないやつだなあ、ぼくはケンカはしないんだって」
わかんないやつは君の方さ。
機械兵相手に、戦いを避けられるとでも本気で思って言っているのか。
戦いたくないの一点張りで全てを終わらせられるのならば。人も、魔法使いも、機械兵も。戦争なんてしやしないんだ。
「そっちが構えないなら、こっちから行くよ」
僕はもう一度臨戦体勢に入る。
同じ
機関銃が弾かれたならば、次は接近戦に持ち込むのみ。
銃撃戦、遠距離戦、対魔法使い接近戦をはじめとする幾通りの戦法がこの身には詰め込まれているのだ。
相手の情報から確実な一手を割り出し、間合いを詰めるなんてのは僕にとっては造作もない。人の皮を被っていても、殆どが特殊加工の鋼で出来ているこの体、そして弾丸と同等の速度から繰り出される蹴り技。
首根は捉えた。さっきのようにはいかない。
僕の中で勝利がほぼ確定しかけた、その時──ノルニルはまたも僕の目の前から完璧に消え、そして。
次に背後から重い衝撃を浴びせられたのが。
一秒もない。
後ろから――。
いつの間に――。
背後を向くため、そのまま遠心力で拳を振りかざす。だが。
真横。
背後から確かに気配を感じ取ったというのに。彼女はその時、僕の直ぐ真横に座っていた。
そんな馬鹿な。
完全に予測不可能。機械にだって出せない速度だ。
いや、そもそもこれは、速度という域ではない。彼女が身体強化系の魔法を使うのであれば、どの程度の速さであるのか、僕が既に把握し解析出来ているはず。
それが出来ていないということは、彼女の動きの謎は、速度ではない。
でも、じゃあ。だったらなんだというのだ。
この車椅子の幼女は、なんの魔法を使って、僕の攻撃を回避している。
「ねえ。まだやるの?」
一旦距離を取り直す僕に、ノルニルは笑顔を消して尋ねる。
「このままやったら、家が壊れちゃうよ」
そんなこと、心配するに値しないことだろう。
「なに言ってんだよ。心配するよ、ぼくのおじいちゃんが遺してくれた家なんだから!」
「そんなに嫌なら決着をつけることだ」
「だから、ぼくは……」
「拒むなら、君の前にまずこの家を壊わす。そうなる前に君が僕を倒せば、それでいい」
すると彼女は、一瞬だけ、人間でいう怒りの感情に似たような表情を浮かべ、眉間にしわを寄せたまま車椅子の背もたれに深く沈んだ。
「あーあー。頭堅いやつだよ君は、もういいよムカっときたし」
戦闘体勢とは思えないが、なにかするか。身構える僕だったが。
彼女はそのまま細い腕を頭上にかざし。
「何回言ってもわからないカッチン頭には――5倍速だよ」
そう言い放った。
魔法か。何が来る。次はなにが――。
その先の戦法を割り出している最中に。
僕の頭上にとんでもない衝撃が降り注いだ。規格外過ぎて数値化できない、先程の比じゃないということだけは明確だ。
これは――、一体。
機械に痛覚は存在しない。だから動物のように悲鳴は出なくても、人間がそうであるように僕の弱点も頭部にあった。
脳天から襲いかかったあまりの重さに耐えきれず、一瞬にして核内の重要なデータが破壊され、視界が、ぶれる、砂嵐が、ノイズが……。
核内に響く、無数の金属音。
頭部に穿たれた、独特の冷たさ。
鈍器ではない、それでいて薄く、平べったく、硬い。
確信付けるために倒れる瞬間、彼女の方を見てみると。
彼女の手には、持っていたはずのそれが消えていた。
最後の最後で僕が得た情報。僕をショートさせる決定打となったそれがなんなのか、わかった。
――フライパン。
そんな、ばかな。
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