3
彼女が明言した通り、僕は人側で作られた機械兵のうちの一機。
戦争をするため、人間と敵対するある種族を殲滅するためだけに生まれてきた。
そして、長い戦いの最中、なにかが原因で完全停止し、眠り続けていた僕を運んで五百年もの間ずっとこの場所に匿っていた、このヒトの子供に瓜二つの――彼女。
人は短命な生き物だ。
五百年は生きられない。
ということは、答えはひとつだ。
「君は――魔法使いだな」
「そうだよ、ぼく、まほーつかい!」
拍子抜けしそうなくらい随分あっさり返された。だけど気は抜けない、五百年も平然と生きているなら、戦う術だって知っているはずなんだから。
「それがどうかした?」
「どうもするさ」
これは、とても大変なことだ。
「残念だよ。せっかく君はこうして僕を助けて、目覚めさせてくれたのに、結果論からしてそれは間違いだったみたいだ」
「んん? どったの……?」
「君が人間なら良かったのにってことさ」
いや、僕が人間なら良かったのかもしれないね。
僕が人間だったら、たとえ永い永い因縁関係にある魔法使いでも、助けられたことに恩を感じて、少しでも情が湧いたはずだ。
なのに僕ときたら、人の感情プログラムが埋め込まれていたとしても、結局いきものとしての心を持たぬ機械兵に過ぎない。
僕にとっては皮肉だが。彼女にとってこれは悲劇だ。
助けたやつに殺されるなんて。
機械の僕でも哀れに思う。
だけど可哀想とは思わない。
そうしなければならない理由がこちらにはあるんだから。
理由というよりそれは、何百年前から刻まれた、僕らのたった一つの存在理由を示すプログラムだ。
《魔法使いを殲滅せよ》
この最優先プログラムがある限り、魔法使いが目の前にいる限り、僕は役目を終えられない。
戦争は、終わらない。
「助けてもらったからせめて先に謝っておくよ。僕は君を、殺さなくちゃいけなくなった」
「ええ、いきなりぶっそうなこと言うなぁ」
泣いて叫ぶか、逃げ惑うかと思ったら、彼女――ノルニルは車椅子の背もたれに寄りかかってははっと笑った。
「なんで?ねえ、なんでそんなこと言うの?」
首をかしげる彼女だが、悲しそうな顔はしていない。
「戦争を終わらせるためさ。君は魔法使いで、僕は人間に作られた機械兵なんだ、争わない理由なんかない」
「ナニその理由、おかしいの。二人だけしかいないのに、戦争もなにもないよ、それを言うならケンカが正しい」
「いいや、これは戦争さ、戦争はどちらかが死んで、どちらかが勝ち残るまで――終わらないんだ」
僕はそれが真実であると人間に教え込まれたんだ。
いくつもの命が散った。人も、魔法使いもお互いがお互いを殺しあった。そんな永い争いに終止符を打たなくてどうする。
ノルニルの言うことが本当ならば、人側である僕と、魔法使いの最後の一人である彼女。
ここで潰し合えば、全ての決着はつく。戦争が真の意味で幕を降ろす。勝者が決まる。
「そんなの、どうでもよくない?」
「よくないわけない。これは、全人類の悲願だ。僕は人間ではないけれど、それが人間の望みだというのならば、魔法使いは滅ぼさなければならない」
「そうすれば人間が喜ぶと思うんだ。君」
「ああ」
「みんな死んじゃったのに、誰が喜ぶっていうの」
確かに。そこには一理ある。
死んだ人間は喜ばない。
結局、僕がここで最後の魔法使いを討ったとしても、人類が先に滅んだというなら、誰も手を挙げて喜びはしないだろう。
だけど、そんなことは重要ではない。僕が人間に課せられた使命を、遂行するか否かに意味がある。
「そんなもん忘れちゃいなよ、ぼくは君とケンカする気なんてないんだからさ」
「それはできない。そんな選択肢、僕の中に存在しないんだ」
「すげえな、機械ってそこまで人間のいいなりなんだ」
少し違うな。これはプログラム、たとえ自身が滅びることになっても成し遂げろという、機械には逆らえないインプリティングだ。
「よくわかんないけど。ライ君は今ケンカしたいんだ、ぼくと」
「ケンカがしたいわけじゃないさ。戦争を終わらせたいだけだ」
表面的にかみ合っていない会話でも。
お互いわかっていたはずだ、これから何が始まるか。
「僕は君の同族を殺した。僕の同族も、君の仲間を山ほど殺してきた」
戦う理由は、いくらでもあるんじゃないか。
「そうだったとしても、ぼくは君とケンカしないよ、してあげない」
「同意が欲しいわけじゃないけど」
「君、意地悪だなあ」
そんなやり取りをしていても彼女は始終笑顔のままだ。
殺気を感じないから、どうやらほんとうに笑っているらしい。
それに僕は違和感を覚える。
魔法使いっていうのは、感情のバランスが人とずれているのか。それとも、機械と同じくあるふりをしてずっとそうしているのか。
どっちだっていいか。そんなもの。どうせ。この子は死んじゃうんだし。
僕はベッドから立ち上がり、右腕を構えた。
人とほぼ同じ姿形をしているものの、僕の体の全ては武器だ。あますところなく、魔法使い殺しに特化している。そういうふうに人間につくられた。ひとたび敵と認識すれば、右腕は分解され、形態を変え、機関銃となる。
「うっわああ! すっげえ! メカって感じだ! メカって感じ! カッケー!」
目を輝かせて感心している場合か。
それとも油断させようっていうのか。
どっちにしたって結末は一緒だ。
この至近距離での砲撃。いくら魔法使いでもかわせやしない。
それでも僕には人の心のまがい物があるから。
せめてもの情けとでも言えばいいのか、一発で楽になれるようにしてあげる。
「さようなら、最後の魔法使い」
少しでも君と話せてよかったよ。と、人間だったら言うんだろうか。
殺すくせにそんなこと言うことでもない、それは蛇足だな。
思いながら、僕は車椅子に乗った少女を狙って。指を少し動かすような感覚で砲撃を開始した。
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