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「おっ、シャベッタァ! キミはだれ? だって、すごいすごい! シャベッタシャベッタっ!」


 質問したのに答えを返してくれない、それどころか、お腹の上でばたばたされてちょっと苦しい。


 まるで、壊れた家電の電源がついたみたいな喜びよう。


「質問に答えてくれよ……、あと、そこからどいてくれ」

「おっと、ごめんごめん、ごめんよ。どくからさ、そんかしちょっと、ぼくんこと持ち上げて、車椅子に座らせてもらってもいい?」


 言われてお腹から上を持ち上げてみれば、その子が今まで座っていたであろう、小さな車椅子が真横にあることを知った。


 そして当然僕が寝ていたのはベッドで、柔らかなそこから起き上がり、要求通りその子をひょいと持ち上げて、車椅子に座らせてやる。


「ふい、センキュー、センキューお兄さん」


 お礼を言われたけど、結局僕の質問には答えてもらっていない。


「わかったよう、名前でしょ名前、ぼくのことが知りたいんでしょう? 言うよ言う言う」


 手をぱんぱん叩いて、その子はにっこり笑う。


「ぼく、ノルニル。ノルンって呼んで。そいで、オニーサンの名前は?」


 典型的な自己紹介の流れ。

 けれど聞かれたからには返さなければならない。


「僕は――ライジン-No.315677、特別武装型・ミカヅチ号」


「ん、む、むっ? らいじん、なんばーさんいち、……とく……ナンダッテ?」


 久々に口にした自身の正式名称は、子供に覚えてもらうにはやはり長すぎたようだ。


「ずいぶん長い名前だね、じゃあ……ライ君って呼ぶね」


 そうそうに諦められてしまった。


「なあ、もう一つ聞いていい」


 あ、いや。一つどころか、いくつか質問させて欲しい。

 暖炉の炎に、湯気の立ち上るカップのミルク、煮え立つ鍋の音、温かみのある丸太の壁。

 僕にはこれ以上にもっと情報が必要だ。


「うん、いいよ、言葉を喋れる相手なんてひさびさだから、たくさん話そうよ」

「じゃあ、まず。ここはどこ」

「ここはぼくの山小屋さ、あっ、セーカクに言うとぼくのおじいちゃんの山小屋ね、あっでも、おじいちゃんは病気で死んじゃったから、今はぼくの山小屋なんだけど……」

「君が僕をここに運んだの」

「そうだよ、おもかったぁー」

「最初、僕を見つけた時、僕はどうしていた」

「丘の上につったってた。動かないままね、ビックリしたよォ、最初幽霊かと思って」

「僕は、どれくらい眠っていたのかな」

「かれこれ、うーん……そうだね。五百年くらいかな」


 ごっ――、


「五百年だと!?」


 淡々と続いていた会話を、あろうことか僕の方から引き裂いてしまった。


 無理もない。機械兵にだって途方も無い時間であると認識せざるをえなくて、導入された感情プログラムが一気に跳ね上がった。

 そんな、

 五百年なんて馬鹿げている。


「うそじゃないよ、ほんとだよ」


 なんて言われたってにわかには信じられない。


「テレビ、いや新聞はないか、今は何年の、いつなんだ!」

「そんなもんうちにないよ。今何年?んー、そんなの数える習慣も無くしちゃったからな」


 困惑という感情プログラムが暴走して頭がショートしそうだ。


 腕組みをして天井を向くその子が嘘をついているふうには見えないが、五百年だなんて、流石に信じられない。


 だから僕は、僕らの唯一の存在意義でもあるそれを次に問いたださなくてはならなくなった。


「じゃあ、戦争は、戦争はどうなったんだ」

「戦争? ああ……そんなものはとっくのとうに終わったよ、君はなにも覚えていないの?」

「ああ」

「そっか、まあ五百年も眠っていたなら仕方ないよね」

「君は知っているんだな、その結果を、なあ頼むよ教えてくれ、戦争で勝ち残ったのは、勝者はどっちだったんだ、ヒトは、ヒトは勝ったのか?」


 それとも――。


「勝者なんかいないよ」


 するとその子は、自分の乗っている車椅子のタイヤをひと撫でしてきっぱりと僕に言った。


「どっちも勝たなかったよ、むしろ、どっちも負けちゃったんだよ」

「は……」


 どういうことだ。


 なにを言っている。


 そんなのおかしいじゃないか。戦争をすれば、どちらか一方が死に絶え、どちらか一方が生き残る。そういうシステムだ。

 なのに、どっちも負けたって。


「言葉通りの意味だよ。この星で争いを続けていた愚かな二種族は、結局戦争を続けてお互いを削り合い、最後は共倒れのように滅びたんだから。その結果、ヒトが作り出した機械兵である君と、ぼくだけが生き残って、事実上、この枯れかけの星には争いに参加しなかった数百の種族と、意思疎通のできるぼくたちの二人だけしかいない」

「この星に……意思疎通のきく存在は、僕と君だけ……」

「うん、そう。ちょっと外五年くらいねり歩けばわかると思うよ、ほんっと誰もいないから。だーあれも」

「そんな……、なにかの冗談だろ」

「うん、ぼくケッコー冗談好きだけど、こればっかりはねえ」


 争いを繰り返した二種族は、戦争っていう「化け物」に最後は食われて、殺されちゃったんだよ。それが結末なんだ。


 そう言ったあと、その子はまた小さく笑って、車椅子を動かし火の上でしゅんしゅん歌う鍋の方に向かった。


「さあ、さあ、ご飯食べよ、ごはんごはん。ぼくお腹すいちゃったよ、君も少しは食べれるだろ、百年ぶりにこうして話す相手がいるんだから、今日はごちそうだよ」

「――待て」


 そこで僕はベッドから体を完全に起し、その子を呼び止めた。

 体は以外と自由に動く、この子がなにかを施したんだろう。


「なあに」

「戦争が終わった……いや、違うな、まだ。……戦争は終わっていないよ」

「うん?」


 瞳の裏側に搭載された、解析機が忙しなく情報を読み取る。


 目の前にいる車椅子に乗った子供。


 色素の薄い毛髪を束ねた一本の三つ編みに、パステルピンクのドット柄リボン、薄灰色の澄んだ瞳。

 長く濃いまつ毛に、ふくよかな頬。白を基調としたフリル付きのワンピースエプロン。あどけない顔つき、小さくてもよく動く唇。外見は、人で言うなら7、8歳ほどか。性別は、メス。特別痩せてもいなければ太ってもいない標準的な体型をしているものの、彼女の素足はだらりとして一度も動かない。


 その脚が二本とも完全に機能を失っていることを加え、この姿ではまず驚異的な戦闘力は感じられない。


 だからと言って、まったく能がないとは言い切れない。


 この少ない時間で得た情報はこの子の正体を見破るには充分な量だった。

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