71-30-7
徳田は、ふと何かに気づいた。ほんの小さな音だったが、何かが聴こえたのだ。 火薬の爆発する時のような、乾いた音。更に耳を澄ますと、犬の鳴き声が聴こえてきた。尋常ではない吠え方だった。
患者の脱走とは関係ないことかもしれなかったが、彼は犬の声を頼りにそちらへ向かっていた。それには、藁にもすがる思いだったということの他に、もう一つ理由があった。
ラブラドール・レトリバーの鳴き声だったのだ。この犬種は滅多なことでは吠えないし、吠えたとしてもここまで切羽詰まった鳴き方はしないを彼は知っていた。また、大きく吠える合間に、クーンクーンと悲しみを感じさせるような鳴き声も聞こえてきた。ついでに、どこか懐かしい鳴き声でもある。
急を要する事態だと判断した彼は、その犬がいる公園にやって来た。白いラブラドール・レトリバー。普通の人から見ればただそれだけだったが、徳田には特別な犬だった。
「
七年前、近所で子犬がたくさん生まれたので何匹か引き取って欲しいと言われ、育てた犬だった。徳田は、人を助けて
晴人を警察犬として預けて以来、会うことも出来ず、毎朝写真を見るほど寂しがっていた徳田だったが、今ここに感動の再開を果たした。
昔の主人を見つけて晴人が駆け寄ってきたが、その目は喜んでいるのではなく、助けを求めている目だった。
公園を見渡すと、男が倒れていた。左足の甲から血を吹き出している。尖った何かで刺されたようだ。それに散々殴られたのか、そこらかしこに痣ができている。血を吐いていて、喋ることもできないようだった。
端的に言って、重症だった。止血しなければ出血過多で命が危ない。しかし包帯も無ければ絆創膏すら持っていない。完全に非常事態であった。
「あのぉー。」
と青年が現れた。服に葉っぱが付いている。
「その人、刺されてましたよね……えっと、なにか私も助けられることがあれば」
「そうだな。では、止血できそうな物。何か持ってないか。」
青年は慌ててカバンを探り、こんな物でよければと手帳とセロハンテープを出してきた。
「一応、防水なんですけど……」
若干、いやかなり不安はあったが仕方なかった。慣れた手つきで傷口に紙を合わせ、テープでぐるぐると止めていく。彼はこんな現場の対処について専門ではなかったが、それでもできるだけの事はした。
「病院に電話してくれ。番号は……」
職場の電話番号を言う。病院は近いので、119よりも速いと判断したのだ。
「患者が1人だけだから、すぐ車を出してくれと伝えてくれ。あと、那須という看護師に代わってもらえ。」
「わ、分かりました!」
青年が電話をかけ、怪我人が1人、と言ったところで徳田は訂正した。
「すまん。2人だ。」
暗くてよく見えなかったが、誰かもう1人倒れている。晴人が唸っていた。
意識が無かった。何度声をかけても応答しない。それに、肩から血を大量に流している。
すると、ようやく声をだせるようになったのか、足から血を出していた男が話しかけてきた。
「そいつは……殺し屋だ……」
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