酒肆

しばらく現場捜査をしていたが、何も出てこないので諦めることにした。

「よし、此処ここ是位これくらいにしておく、か……」

独り言を漏らすと、晴人が寄ってきた。耳も頭も善い犬だ。

晴人を車に乗せる。ドアを開けるだけでヒョイと乗ってくれるので、楽だ。

向かう先は、あけぼの出版。写真機男カメラマン偶々たまたま居合わせ、写真を撮っていたらしい。事情聴取を任されたのだ。

晴人に言った。

「俺は病院に行くけど、暇だろうし待ってて欲しいんだ。」

これは嘘ではない。出版社へ行った後、其の近くにある病院に行くのだ。被害者であり被疑者である殺し屋氏に話を聞きに行かなければならない。生きていれば、だが。

クゥーン。

寂しそうな鳴き声がする。晴人も、元は飼犬ペットだった。矢張やはり人が居て欲しいのだろう。

何処どこが善いかなぁ……」

犬が入っても問題なく、邪魔にならず、快く預かってくれて、しかし人がいる、余り臭いの強くない所。手間が掛かるが、仕方ない。

突然、晴人が窓に手を掛け、ワンワンと吠え出した。其の先を見ると、酒場バーが在る。

「ん?此処ここか?」

酒場バーに掲げられた看板を口に出して読み、考える。

晴人に言った。

一寸ちょっと話つけて来る。」



ドアを開けると、酒と木の独特な匂い。しかほのかな物で、これなら犬の嗅覚でも大丈夫だろうと思われた。

「いらっしゃいませ。ご注文は……」

「ああ、すいません。違うんです。」

申し訳無い気持ちに成りながら、酒人バーテンダーに事情を説明する。


「そうですか。構いませんよ。」

案外あっさりと承諾され、ほっとした。胸を撫で下ろす。

「賢い犬で、迷惑はお掛けしませんので。」

「ええ、犬の扱いには慣れていますから。安心してお出かけなさってください。」

何て善い人だ。帰り、んでいこう。

「あ、これ。」

樋口一葉を机に置く。もう少し多い方が善いのかも知れないが、加減が分からない。

牛乳ミルクでも呑ませて遣って下さい。」

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