【Ⅲ】
疲れていた。満足に輸血も点滴も終えていないので、身体がだるくて仕方無い。しかしあそこに居続けるのも、賢明とは言えない。
ここも安全なのだろうか、という懸念が思い浮かんで来る。いつ何時、組織の人間が俺の居場所を突き止め、襲って来てもおかしくないのだ。ただ、常に気を張り詰めておけるだけの体力はまだ戻っていなかった。
「パセパマセレート・タナブワール・ロッセンカットでございます。」
しばらく待っていると、飲み物が出てきた。
「聞いたことのない名前だな。」
「カラヤーノで採れたショーツクルをネミタス製法でお作り致しました。」
やはり聞き慣れない。
「……味は確かなんだろうな。」
警戒した。このバーテンダーが組織の人間で、毒を盛っているという可能性もゼロではない。あれは周到で、迅速で、完璧だ。
「私が作ってるんですよ?」
怪しさもあったが、敵意は無い声だったので、恐る恐る飲もうとコップが置かれた場所を手探った。カップだった。お洒落な店だ。口をつける。
「熱っ。酒では...?」
「あ、ホットコーヒーなんです……けど...」
そうか。盲目だとこんなミスがあるのか。先入観は恐ろしいな。気をつけなければ。
そう思っていると、
「もしかしてお客さん、目が……?」
バレてしまった。酒とコーヒーを見間違えたり、手探りでカップを掴んだり、悟らるのも当然だ。
「あぁ、最近事故でね。」
「そうですか……お気の毒です...」
店主は何か言おうとして息を吸い込んだが、止めたようだった。
「ご馳走さま。美味しかったよ。」
コーヒーを飲み終え、金を払い、席を立つ。病院からそう遠くないので、あまりゆっくりする訳にもいかない。
「目が見えないのは辛いでしょうが、辛さを忘れられるくらい楽しい人生を送られることを願っています。」
「そうできればいいな。ありがとう。」
「ご来店、ありがとうございました。」
忘れられるように、か。記憶から消す……
店を出て夜の街を歩きながら、考えていた。記憶から消す……。誰からも忘れられてしまえば、組織も死んだと思うのではないだろうか。誰が俺を知っている?
俺を治療した医師と看護師。事故の詳細を聞きに来た警察。バーの店主は……まぁいいか。
この3人を殺してしまえばいい。誰かに話したなら聞きだして、そいつも殺せばいい。この世界に俺が生きていることを知っている人間を消すのだ。大丈夫。殺しは俺のホームグラウンドだ。
と、なると最初に殺すべきは……警察。あの野郎か。幸いにも、まだ日付は変わっていない。報告レポートや何かをまとめられる前に殺さなければならない。病院の記録は後で医者を脅して消させれば良い。1度警察に流れた情報は、簡単には消せないだろう。
しかし、奴は今どこに……
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