プロローグ 「コートの下の正体」―下 Prologue “The Unrevealed Stuff Under the Coat”-Ⅲ
長いようで短かった「怪物」との決着はあっさりと終わった。ナイフで全身を刺された「怪物」は既に息絶えた様に見えた。
「ちなみに、そいつまだ生きてるよ。」
鋭島はさらりと重大なことを言った。
「おいおい、こんなに滅多刺しにされて生きてるわけないだろ。それにまだ生きてたら大問題だろ。こんな奴またいつ殺人を起こすか分からないだろ。」
「意外だな。さっきまで友達だったものに対してそんなことを言う人間だとは思ってなかった。やっぱりこいつの言ってた通り友情っていうのはその程度のものなのか。」
何も言い返せなかった。鋭島の言うことは恐ろしく正論だ。確かに俺はその「可愛い友達だった」奴をいつのまにかただの化け物だと思っていた。
「まぁ、この殺人鬼をまだ『友達』なんて言ってたら殴ってたけどな。」
鋭島流のジョークだったらしいが、俺はそれをジョークとして受け取れる程落ち着いてなかった。分からないことが起こりすぎて情報を脳に焼き付けきれない。そんな俺を横目に鋭島は少し笑っていた。教室で見せた猟奇的な笑顔と違い、今回は心の中で笑っている笑顔だ。思い返したら鋭島のそういう普通の中学生の様な表情は見たことが無かった。
「あと、お前のその手にある箱は何だよ。」
「これは透明になるビックリ箱。僕はこれを
「どういう事だよそんなの存在するわけないだろ。」
「勿論こんな物は存在しなかったよ、僕が生まれるまでは。君には一から説明しなきゃいけないみたいだね、『システム』のことも『願い』のことも。」
突然、鋭島は説明モードに入った。
「ちなみに僕の本名は鋭島覚じゃなくて
偽名を使う中学3年生がいるらしい。俺も人のことは言えないが、「おどろききょうらく」って名前は名字までもがキラキラネームみたいだ。
「水木って『願い』とかある?」
「長生きしたとかか?」
「ちょっと違うね。その『願い』のためなら死んでもいいって位のでっかい『願い』。」
「無いな。」
そうだ、俺は生まれてこの方『願い』のために頑張ろうなんて思ったこともない。強いて言うならそれ位強い「願い」が欲しいっていうのが今一番の「願い」だ。
「この世の中にはね、『願い』を叶えるためなら何でもするって輩がいるんだよ。ちょうどそこにいる『怪物』みたいにね。それでその『何でも』をする為の力を与えるのが『システム』だ。『願い』が肥大化するとそれを叶えて貰えるかのようにその『システム』が能力をくれるんだ。能力といっても超能力だけじゃなくて卓越した運動能力とか天才的な頭脳とかも貰える。」
これでさっきの
「ちなみにその『システム』については皆どんな物か知らない。天才科学者が作った機械、古代文明の産物、宇宙人が持ち込んだ能力、超自然的な何か、色々な説があるけどそれを証明した人はいない。とにかくだ、いい『願い』であろうと悪い『願い』であろうともの凄い大きな『願い』を持ってると超能力者になるってことは分かったか。」
「ということは鋭島、じゃなくて
「無いよ。僕の能力は違うプロセスで貰ったからあの『怪物』よりも弱い。」
「どういうことだ。」
「俺も会うまで信じられなかったけど、世界平和を本気で願っている人達って存在するんだよ。『システム』がもたらしかねない『不秩序』が起こることを防ぐためにそいつらはある組織を立ち上げたんだ。それが俺の所属している『
「俺もその『鳩の自警団』てのに入れば超能力が使えるのか?」
「もう遅いね。『システム』を人為的に発動させるのが『ホープ』って言っただろ、つまり『願い』を組み込める状態の人間じゃないといけない。その『願い』を組み込める状態っていうのは受精後8週間目までの受精卵、つまりまだ胎児になっていない受精卵だけだ。」
「胎児になる前の受精卵に願いなんてあるのか。」
「無いから人為的に作るんだよ。受精卵の染色体をいじって生存本能を極端に上げる。そして出産された後、その子供を虐待する。そうすると『生きたい』って願うようになって、大体3、4歳位になると『システム』が作動して何らかの能力を与えられる。『システム』は願いを叶えるための能力を与えるから虐待されいる子供の場合、保護者を殺すための能力とか自分を守るための能力を貰う。」
「つまり、その『システム』に対抗するために子供を虐待しているのか。」
世界平和のためなら仕方ないと思う自分もいるのが怖い。ただ、実際に虐待された本人が目の前にいるとそんなことは口が裂けても言えない。
「ああ、しかもその虐待もすごい効率的だ。ほぼ毎日半殺しにされて生きてたよ。それで心が病んで『システム』が悪い方向に作用した人もいる位だしね。ただ、願いが叶うと能力は弱くなるから、虐待から解放された俺の能力はまだ願いを叶えていない『怪物』と比べて弱い。」
この世界は俺が想像もつかないような「最悪」がそこらへんで起きているらしい。
「お前の能力って実際どうなんだ。ただのビックリ箱だろ。」
「ただのビックリ箱っていってもナイフを4、5本入れて、猛スピードで飛ばすことが出来るから十分殺傷能力は高いよ。全盛期はトラック位の大きい物まで入ったけど、今はせいぜいチワワ位の物しか入らないな。でも透明になるし、何個でも作ることが出来るからかなり使いやすいね。さっきみたいに沢山の箱を設置したら避けることは難しいね。あと、離れて設置しても自分のタイミングで箱を開けれるのも使いやすい。」
「ちなみに、さっきのあれはどうやってやったんだ。」
「お前らが来る前にあらかじめ箱を色々な場所に設置したんだ。後は怪物をあの場所に誘導して怯ませれば完璧だ。」
よく理解できなかったが、能力を最大限生かしているということだけは伝わった。
「そういえば、お前は何でここにいたんだ。休日にこんな寂れた公園に来る奴なんて普通いないよ。」
純粋な疑問を投げかけた。
「あの転校生は怪しいと思ってたからね。」
「いつから怪しいと思ってたんだ?」
「転校初日だね。転校初日なのに制服がシワだらけだったんだよ。『怪物』は制服を着て犯行を行うって言ってただろ、それで怪しいと思ったんだ。それにこいつ俺のことを犯人扱いしただろ、怪しまない方がおかしい。」
すごい観察眼と推理力だ。俺が20回転生してもそんなこと気づきそうにない。これもやっぱりこいつの言う「システム」の力なのか?
「にしても、この『怪物』はすごく頭がよかったよ。彼女がいない君を安心させるためにカップルしか襲わないってデマまで流したんだから。多分報道されていた死体は適当に殺した男女の死体をカップルの様に並べていたんだろうな。」
「お前何で俺に彼女がいないことを知っているんだよ。」
「武藤君の声はすごく大きいからね。」
そういえば武藤のことをすっかり忘れてた。あいつも危ないところだった。
「まさか武藤は『怪物』に殺されてたりしないよな。」
「それに関しては大丈夫だ。武藤君は家で3度寝をしてるよ。」
少し腹が立ったが無事と聞いて安心した。一日で友達を2人も失いたくは無かった。
今思い返したら、同級生としてのめん太はかなり良い奴だった。裏切られたことを考えるとそれも演技のはずだろうけど。
「『怪物』はこの後どうなるんだ。さっき、まだ生きているって言っただろ。
「こいつは組織に連れて行って終わりだな。なにしろ俺はそれで生活してるからな。」
「組織に連れて行かれた後はどうなるんだ。」
「俺もよく知らないが、傷を治してから道徳教育をすると思う。『システム』から能力をもらった奴は貴重だからな。前科ありでも戦力になる可能性があるなら組織は使うだろうしね。ただ、道徳教育と言ってもほぼ洗脳だろうけどね。」
「連続殺人の罪はどうなるんだ。」
「俺の知ったことじゃないね。俺は人を裁くわけではない。裁きたいなら弁護士にでもなればいい。」
そういって
めん太は転校ということになりクラスから消えた。2学期の終りに近づくと皆受験に必死なのか、めん太のことなどすっかり忘れてしまっていた。推薦が決まっていた俺と武藤はゲーセンに行ったりして時間をつぶしていた。俺はスポーツ推薦じゃないから春に備えて勉強しなければならないと思ったが、遊んでばっかりいる武藤を見ると勉強する気なんて失せた。
そして感動的な卒業式が終わり俺はとうとう高校生になるのだった。
To be Continued to Chapter 1 “I hate the bad guys.”
あとがき
次回更新 4/5
疲れたので。
推理物を投稿したのでよろしければそちらもどうぞ。
ルビ間違いあったら指摘してください。
twitter: @preachingtomato
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