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 私はここを知っている。さっきまで居た場所とは違い、車もなければ建物もない。雨も降っていなければ、お天道様が出ているわけでもない。ここが何処かはわからないが、確かにここを知っている。

 そして──彼も知っている。

 私の目の先には、名前は知らないが"彼"が立っている。以前と同じように暖かい眼差しで。


「あ、あの。カミサマ、お久し振りです。今、全てを思い出しました。こういう約束をしていたんですね」



          ×   ×   ×



 私は、以前大切な人を失った。彼は、家庭や友人の事で病んでいた私に励ましの言葉をくれ、いつも一緒にいてくれた。ある日、母親からのキツイ一言で辛くなった私は家にも帰る事ができずに途方に暮れていた。それは、美しい満月の夜だった。

 こんな日にだったらきっと私も死ねるだろう。

 秦には悪いけど。

 他の誰も私の死で悲しむ人はいない。

 意を決し、私は歩道に飛び出した。

 車のライトが目に入る。

 クラクションが鳴り響き、終わりがいよいよ近づいてくる。


──ああ、これで終わりだ。


 現世に別れを告げるように、目を閉じる。今までの思い出。秦との思い出が走馬灯のように駆け巡った。


「ずっと側にいてくれてありがとう」


 唯一の味方を裏切ってしまうようで申し訳なく思う。


「ごめんなさい」


 涙を溢しながら、謝る。


「ふざけるな!」


 怒鳴り声が聞こえ、私は吹き飛ばされる。

 何事かと目を開けると、秦が私を突き飛ばしたのだった。

 私を庇うようにして、秦は車に激突する。

 車のタイヤが吸い付くように跡をひいた音。

 バンッ、という陳腐な衝突音。

 とっさに彼に駆け寄る。


「秦! 秦! なんで?」


 ピクリとも動かないその体をひたすら揺らし続け、泣き叫ぶ。

 胸に顔をあて秦の名前を呼び続ける。

 心拍がないことを嫌でも思い知らされ、事切れて入る事を悟った。


「なんで? なんで秦が」


そんな時である。名前も知らない"誰か"が私に話しかけてきたのは。


『君がこうなったのはもしかしたら僕のせいかもしれないね。もしそうであるなら、君の望みを条件付きだけど叶えてあげよう』


 なんでも叶えてくれる神様のように思えた。

 当時の私はまだ小学六年生の子どもで、その誰かの一言は私を強く突き動かした。


「秦を生き返らせてください。お願いです」


考える暇はなかった。それしかなかった。私のせいで、大事な人が死んだ。

元に戻したいと思うのは当然のことだ。


『君の願い、確かに受け取った。その代わり条件はこうだ──』


 誰かは続ける。


『秦くんが生きていられるのは、君の精神状態がよくなるまで。いっただろう? 君がこうなったのは僕のせいかもしれない、と。だから、あくまで僕は君のことしか助けない。いや、助けられない。死んでしまったものはリスク無しに生き返らせないんだ。わかるね?』


 生き返る、秦が生き返る。その時は、その事だけが頭でいっぱいで"誰か"が他に何を言っていたのかなんて聞く余裕すらなかったのだろう。


『この力はマナの消費が激しいんだ。この街の力の半分は使うからね。けれど、君のためだ。その時が来るまでは記憶の封印と改竄をするね』


 難しい言葉を並べる"誰か"にひたすら感謝の言葉を発した。

 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。


『何も感謝されるような事はしてないよ』と"誰か"はいった。


 悲しげな顔で、私を見つめ、よしよしと頭を撫でてくれた事をよく覚えている。



          ×   ×   ×



 あの時の"誰か"はカミサマだった。あんな事できるのはカミサマしかいない。目の前に居るカミサマは、この日が来るのを待っていたように、いやずっと側にいたかのように寄り添ってくれていた。

 私はカミサマに言わなければならない事がある。

 とても言いにくい事だけれど、本来あるべき姿へ。


「あのっ。そのっ、もう少しだけ時間をください。あの時の約束は守ります。でも、その条件を少しだけ変えさせてください。ええ、身勝手なのはわかっています。でも、これは私にとっての罰です。貴方に頼ってしまったのだから。ソレが善いことなのか、悪いことだったのか昔の私には考える時間さえなかったけれど、今ならわかる。だから、その責任をしっかりと取ろうと思うの。条件はこうよ」


 秦にはちゃんとお別れを告げなければ。


「私が消えます。それでお願いします」


 カミサマは困った顔をした。しかし、私の覚悟を知ったのか頷き、二度目の契約を交わした。

 カミサマならそれくらいの時間は許してくれるだろう。

 何もないこの場所だが契約を交わした時から気になっている事がある。

 空一面に虹ができたのだ。

 綺麗な虹。私にとって不安の象徴だった虹。

 しかし今は妙に清々しい。


「最初に変な虹を見た時もカミサマと約束した時だっけ」


 そうか、そういうことだったのか。

 ひとりでに納得する。

 虹は、カミサマとの契約の象徴だったのだ。

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