/4



 結果から言うと、傷は大したことはなかった。全然大したことはなかった。

 傷もそこまで酷くはなく、秦自身も意識もはっきりしているし痛みも無いということで念のため病院に行ったけれど診断としてもただの打撲と擦り傷だった。


「おっす! 元気です」


 5限目の終わり頃、皆の心配をよそに能天気な声がクラスに響く。

 先生や私を含め、クラスの全員が安堵した。

 轟音でぶつかって、流血もしているのだ。心配は相当なもので、特に私なんか涙が出てたんだからね。後で涙分の労力をどうにかして返してもらおう。

 下校時間になると私たちは日課の散歩もあるのでそそくさと帰る。今日の空気は暑いが西日はやや優しい。枯れた草花はまだ刈られずに残って伸びていて、どうやら自分が枯れている事に気付いていないらしい。


「怪我したばっかりだけどさ、最近体の調子が頗すこぶるいいんだよね」


 そう言う彼は、今日の出来事がなかったかのように調子が良さそうだ。


「今日は本当に心配したよ。どんなプレイしたらそうなるのさ」

「お前と同じよ。カットしてて、熱くなっちゃってさ。周り見てなかったわ」

「でもさ、最近怪我多くない? ワザとしてるんじゃない?」


 冗談でいってみたつもりだった。だが、秦は自分の影を見つめながらしばらく呆然と立ち尽くした。その姿、表情は私にも覚えがある。嫌な事を思い出した時のソレだ。

「そんなわけねーだろ。どこのMだよ」そう微笑んで彼は言った。


きっと嘘だろう。十数年の付き合いだ。考えている事は分からなくとも、表情や雰囲気で察しがつく。でも深くは踏み込めない。これはパーソナルスペースだ。


「ならいいんだけど。何かあったらちゃんと言ってね? 私は秦の味方だから。秦がそうであってくれたように」

「よせって。恥ずかしいわ」

「ほんと、恥ずかしいばっかり」

「うるせー。早く公園行くぞ」


 制服姿で公園を男女二人が散歩だなんて。それだけで十分恥ずかしいとまではいかなくても照れ臭いものだと思うけれど、そこで堂々としている秦はやっぱり私の味方で紳士なのだと再認識する。

 何気なく空を見上げた。今日も雲もなく見通しは良い。眩しい光以外には、なにもなかった。カラスも、そして思い出したくない虹も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る