第14話【夏・3ヵ月後】
「はぁーはぁー」
息が切れる、もう全身が痛くてたまらない。左手なんて折れている。なんでこんな浅瀬にあんなやつがいるのかと自分の運命を呪いたくなってくる。
森の中を駆け抜ける。反撃なんて考えない、全力で魔力強化で逃げ続ける。運よくアイツを撒けるように願いながら。
「ぁあ…はぁ…」
今にも死んでしまいそうだ、呼吸ができない。足ももう動かない。でも止まったら間違いなく死ぬ。それはイヤだ。なのに…
「周り…込まれ…はぁはぁ」
目の前に2m半はあるであろう大きなミノタウロスがいた。
「いや、死にたくないよ」
「ぶるぅ、ガアアア!」
「死んで…たまるかああ!!!」
希望なんてない、そんなことは分かっている。救援なんてあるはずもないランクFの新米でソロの僕は一人ぼっちだ。
でもだからって諦めるだけにはいかない。だって自分で選んでここにいるんだ。流されるまま生きるのがイヤだから此処にいるんだ。
「【フリージングジャベリン】!!!」
「ガアアア!!!!」
横一閃、僕が渾身の力で放った1mの氷の短槍はミノタウロスが手にした石斧であっさり粉砕された。
そんなのってない、これがランクの差、BとF。4段階も違う戦力差は絶望的だった。
僕はここで終わるのだと、そう思っていた。
突如轟音がなり真紅の極光がミノタウロスを貫いた。上半身がなく、下半身の部分だけしかなかった。
「大丈夫か?」
そこには日差しに当たった美しい金色の髪とアメジストの瞳で格好の変わった美少女が武器を片手にこちらを心配そうに見ていた。
研究所から脱出してあれから3ヶ月、春の陽気な季節から夏のジメッとした暑い季節になった。
あれから俺はギルドランクと金と家のため魔物狩りと依頼を受けまくった。その甲斐あって既にDランク、緊急依頼で戦争参加一歩前まで上げることに成功。
そして念願の家を手に入れた。ボロボロな家で決してまともではなかったが、家を改築する許可をとったため全部吹き抜けにしてプレハブ設置できるようにした。
結局はプレハブだがそもそもがマンション一室をモチーフとしたプレハブの方が上等なので予定通りだ。
そうそう、セフィーとは勿論交流がある。3日に1回遊ぶことを約束させられセフィーの屋敷に泊まる生活だ。流石に風呂はもう一緒に入ってはいない。寝るときは一緒だけど。
そんな生活のせいか、何気に練成で娯楽品を作っている。トランプ・チェス・将棋・ボードゲーム色々だ。売りにだしたりはしていないけどね。
「暑い~」
『マスターこの頃そればっかりですね』
「俺は前から暑いの嫌いなんだよ~、日本では冷房が子供の時からあったからさ~。外には全然でなかったし」
『冷房はプレハブにはバッチリ作ったじゃないですか、家に帰れば涼しいので我慢です』
「家買って金がないのが恨めしい、なんで俺は目標金額いったら直ぐ買っちまったんだろう…」
『セフィーさんが前からどこに住んでるか聞いてきてましたからね~。よく誤魔化したほうです』
「…くそぉー、あーつーいー」
現在何時も通り大森林の浅瀬で狩り中だ。夏になった時衣替えで相当ラフな格好になってるはずなのに暑い。
三つ編みではなく髪留めでアップにし7部丈の黒のカーゴパンツ、首元が開いた白タンクトップにワインレッドのノースリーブパーカー。
足元はグラディエーターと明らかに周りと服装浮いた日本風ファッションだ。
まぁ知ったことではない。俺からすればこのクソ暑い中でクラレンスの執事服姿のほうがおかしいのだ。
アーシャも赤いドレス姿から変わって今は白いワンピースに小さな麦藁帽子を被っている。芸が細かいやつだ。
「ここらへん一帯に【グラシア】で凍らせていいかなぁ」
『駄目に決まっているじゃないですか、森が死んじゃいます』
「アーシャは暑くねぇの?」
『そんな機能はオミットされてますから』
「地味に便利だね本当にさ」
今日は狩りを始めて既に3時間経っている、昼飯食べてからきたのでもうオヤツの時間頃だろうか?
既に魔物は十分狩っている、先ほどまで中域にいたためDランク2匹にCランク1匹だ。素材もあわせれば金貨6枚程度にはなるだろう。
もう帰ろうと踵を返した時「死んで…たまるかああ!!!【フリージングジャベリン】!!!」
おっと【サーチ】使ってなかったから気がつかなかった。気合の入った啖呵だ。でも状況は切迫しているようだ。
【サーチ】ではランクBほどの魔力は健在している。見捨てるのも罪悪感があるし現場に向かうことにした。
『対象50m先です』
「やべ、間に合いそうにないや」
しゃーない、接近戦は諦める。即時リベリオンを出し森ごと薙ぎ払うことにした。【サーチ】で敵対象を確認、射線軸に保護対象から外れていることも確認。
「【バニシングレイ】!!!」
真紅の極光が周りの木々を文字通り消しとばしながら敵対象の上半身を消し飛ばした。
そのままだと更に森を薙ぎ払うことになるため極光を操作。射線を少し上昇させた。
救援者はボロボロだ、急いで向かう。
「大丈夫か?」
呆然とこちらを見ている彼を観察する。身長は俺より少し高い髪は蒼色で短め、瞳は碧眼だ。年齢は少し上程度だろうか?華奢な体付きに整った顔が疲れで歪んでいた。
装備は急所を守る程度の白い皮鎧、平民が良く着る麻の黒いパンツに色あせたシャツだった。
「はぁはぁはぁ…ありが…とうございます」
「ああ、いいさ。息整えなよ余裕ないだろ?今は俺がいる、座りなよ」
「はぁーはぁー、はい」
少年にしては妙に高い、それにしてもボロボロだ。命からがら逃げてきたような有様だ。魔力値は9万ほど実際精々Dランクほどだろう。
「治療するぞ。ああ治療費は取らんさ安心しなよ、さて【クリーン】【リカバリー】」
最初に殺菌して回復魔法を使い治療を進める。左手が折れている以外は軽症だったのでとりあえず切り傷を治療。
その後整骨を済ませ再度【リカバリー】で治療した。3分程度で骨折も直り全快まで持っていった。
「すごい、治っちゃった」
「俺レベルだとこんなもんだ。それよか1人か?仲間とかいる?」
「いえ、まだFランクの駆け出しでして。パーティーはいなくてその…」
「この浅瀬じゃ普通ミノタウロスなんていないもんなぁ、大森林中域で縄張り張ってる魔物だし。運ねぇなぁ」
「僕は昔から運がイマイチで、悪運はあるほうだと思うんですが」
『悪運も運は運ですよー!』
「わ!妖精さんだ!始めて見た」
俺の後ろで実体化したアーシャも声をかける、彼は妖精に始めて逢うようだ。普通森の奥深くにしかいないしな妖精。実物は俺も見たことないけど。
「もう大丈夫か?」
「はい、今回は助けていただき更に治療まで本当に有難うございます。このご恩は決して忘れません」
「大袈裟なやつだなお前は、対した労力じゃないさ。こんなことがあったんだヴァレイグまで送るよ。俺も丁度帰るとこだったしな」
「すみません、武器も魔力ももうなくなってしまっていたので助かります。ヴァレイグに帰ったらお礼させて頂きます」
「いいって!同じギルド員だろう。こんなこともある。今度はパーティーでも探しとけ。1人じゃ危ないしな」
「はい、あ…お名前伺って、いえ僕はリアと申します。お名前伺っても宜しかったですか?」
「シオンだ、こっちの妖精はアーシャ。『よろしくです!』にしても堅いやっちゃなぁ。もっと砕けて話せない?年齢もそんな離れてないだろう?」
本当にコイツは話が堅い、命の恩人ってのは仕方がないがそれにしたって言葉遣いが馬鹿丁寧だ。もしかしたら貴族関係かな?魔法も放ってたし。
「いえそんな!こんな実力者の方になんて!」
ああそうか、こんな大破壊撒き散らしてるんだった。周りを見渡すと射線上の木々はなくなり70メートルほどの道ができていた。そりゃビビる。
「ああーできればもう少し砕けて話して欲しい、リアのほうが年上だろう?俺14歳だしな」
『マスター、怖がってる方にそれは難しいですよー。リアさん大丈夫ですマスターは猛獣じゃないですよ~』
「いえそんな怖いだなんて!えっと、わかりましたシオンさん。僕は16歳です。よろしく」
「よろしい、んじゃヴァレイグに戻るとするか」
ヴァレイグまで送り届けたがお礼したいらしく飯を奢ってもらうこととなった。まだ日が落ちてもいないのでオープンカフェでデザートだけど。
「シオンさんすごい強いね。あのミノタウロスを一撃だなんて凄すぎだよ」
「実力はあるほうかなぁ、このケーキ美味ぇ」
カフェでケーキとアイスミルクティーを飲みながらリアと喋っていた。
「ギルドランクはどれくらいなの?やっぱAランク?でもあんなに瞬殺してたしAAくらい?」
「俺もまだ駆け出しだ3ヶ月前ほどからギルド員だからDランクだよ」
『マスターの実力はSランク超えてますけどね!竜だろうと巨人だろうとボコボコです!』
「ぇえ!そうなんだ、でもそれくらい実力あればすぐランクも上がっちゃうね」
「でもランクCからはランクアップ試験が面倒だよなぁ」
「1つの壁だって言われてるもんね、僕も早く試験突破して一人前になりたいよ」
『マスターはギルドから試験受けろっていってもめんどくさがってやらない筋金入りですからねー』
だって面倒だ、なにが悲しくてこのクソ暑い中ギルド員とランクC以上の魔物討伐に向かわなきゃならんのだ。
そもそも素材販売の時に既にランクCどころかBの魔物を売ってるだろうが。規約ってやつはいつも面倒くさい。
「はぁ~、どうやったら強くなれるのかなぁ…」
「悩みかぁ?どうせだったら言って見ろ。デザートの肴にはなんだろ?」
「酷いなぁもー、でも高ランク実力者に相談乗ってもらえる機会なんてないもんね。よかったら聞いてくれる?」
「良いって言ってんだろ?で?強くなりたいだっけ?」
「言ってた?うん、1ヶ月でFランクに上がったのは嬉しいんだけどさこの頃伸び悩んでて」
『リアさん魔法使いですよね?前衛置けば解決じゃないですか?』
「その…知り合いがいなくて、みんな凄いマッチョでしょ?近づき辛いというか。声かけ辛いというか」
これはまさかのコミュ障かよ!いやすげぇーわかるよ?傭兵ばかりで強面ばかりだものな、暑苦しいしありゃ近づきづれーよな!
俺も今でこそ飲み仲間もできて数日に1回はギルドで管巻いてる形で知り合いもできたけど。リアはどう見ても女顔で華奢であんな連中とはあわなそうだ。
「なるほどね、パーティー組みにくいわなぁ。ここは低ランクには優しくない実力主義者ばかりで女性冒険者もすくねぇし」
「実力主義な風潮だからこそ強くなりたいんだ。実力示せば組んでくれる人もいるだろうし。だけど肝心の実力が自信なくて」
『でもでも、リアさんDランクほどの実力はもってらっしゃるんじゃないですか?あの魔法もランクDほどでなかなか使いどころも多い魔法ですよ?』
「ありがとアーシャちゃん、確かに固定砲台としては自信もあるよ。けど戦闘者としては多少の体術の心得もないのは駄目だって思って」
「強化でのゴリ押しも基本がなければ価値がないしできないわなぁ」
ん、ここのケーキやっぱり美味いなぁ。もう1個食べちゃおう。
「すみませーん!ケーキもう1つと飲み物もおかわりでー!」
『わたしもー!』
リアが項垂れながらこちらを見ていた。
「真剣に聞いてくださいよう…」
「すまんすまん」『美味しいのが悪いです!ここは今度から行きつけです!』
あの後も相談に乗りつつ飲み食いしてたら半泣き勘弁してくださいとギブアップ。3人で銀貨5枚分もすれば泣きたくもなるだろう。ごっそさん。
素材を売りに行くついでにリアに稽古を申し出た。こいつの悩みは動き方を知らないことだ。なら多少のレクチャーくらいはしてやるとする。
販売カウンターで素材や魔石を渡し鑑定時間もあるため札をもらいギルド裏の運動場みたいなスペースに向かった。
「ほれ、強化してみな。実戦形式で教えてやるよ」
「あの魔力がもう3割ほどしかなくて…」
「いけるいける!ほらいくぞ!」
こちらは素の身体能力で軽く掌を放った。あわててリアも強化した身体で避けたがこれは酷い。素人丸出し、体術のタの字すら知らないようだ。
「そんな大袈裟に避けるなよ、そもそもそれだけ強化してれば対して痛くないから」
「でも」
「でももクソもない、背筋を丸めすぎるな。俺の動きを良く見ろ。模倣するんだ」
上段の蹴りから回し蹴りに繋げ、リアの両手でガードを蹴り飛ばす。後ろに弾きとばし、すぐに踏み込み腹に左掌打を軽く打った。
「まぁこんなもんか?少しやりすぎた感はあるけど真似て」
「むーりーでーすー!」
「なんだぁ?シオン新人苛めかよ、がっはっは!」
そこには茶髪の強面がいた。馬鹿ランドルフだ。
「お前と一緒にするな馬鹿野朗」
「なんだ?やるってのか?また新しい魔具買ったぜ?更に強くなっちゃったからなぁ!」
どうやらまたなにか買ったらしい。こいつは魔具マニアかなにかか。だからいつも金欠なんだよ。
「どうでもいいよそんなん、丁度いいとこに来たお前も参加しろよ貴重な魔法使い様だぜ?体術鍛えたいんだとさ」
「魔法使い!こりゃいい助かるぜ!坊主?譲ちゃん?どっちか知らんが機会合ったら組もうや!体術だったな、いいぜ。この教官ランドルフ様が直々に教えてやろう!」
「ぇっと、どちらかといえば坊主…です。お願いします」
激しくびびりながらもリアはランドルフに頭を下げお願いした。
が、ランドルフも酷いものだ。「気合入れてパンチ100本だ!」「はい!」なんてやってやがる。
『教えるの下手さんばかりです。これじゃぁ何時までたっても強くなりませんよ』
「わるうございやしたー。こりゃ簡単に手本みせて真似させるところから始めるか。身体能力は強化任せだな。にしても強化もひでぇ、あれだけの魔力の7割はロスしてるよ」
『マスターだって2割ロスしてます。もっと魔力操作を完璧にしましょうね!』
「薮蛇かよ」
2時間ほど手本を見せた体術を真似させた。魔力操作も手本をみせ毎日やるように言いつける。
実際俺も魔力操作は毎日欠かさずやっている、俺は特にこれが重要だから暇してる時は少しずつやっている。
鑑定終わった素材と魔石の代金を受け取りギルドでリアと解散した。機会があればまた会うだろう。
ちなみにやはり代金は金貨6枚だった。
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