愛する妻のために…

@kimichan

1分で読めるある愛妻家の物語

愛する人が僕の子供を産む。


今、まさに、僕はその神々しい瞬間に立ち会っている。

陣痛って苦しいんだね。

彼女の額からは玉のような汗が無数に噴出し、結集して大きななだれとなって頬を滑り落ちてゆく。


「んーんー、痛いー痛いー!」


そう言って、彼女は僕の手をギュっと握る。

「頑張れ!頑張れ!僕がついているぞ、頑張れ!!」

 

僕ができることは、こんな陳腐な言葉を吐くことだけだ。

でも、僕は、今・・・、できることはこれしかない。

励ましの言葉を彼女に叫ぶことしかできない。

だから、叫ぶんだ。


「頑張れ、頑張れ!」


声の限りを尽くして叫ぶ僕。そんな僕の腕を彼女はギュっとつかむんだ。

「ひっひっ! 痛い! 痛いよ! んーんーぅぅぅぅ!!!!」

痛いよね、苦しいよね。でも、僕ができることはもう応援しかない。

「頑張れ、頑張れ、がん・・・鼻毛!!」


 彼女の鼻から鼻毛が出とる!

 鼻毛が出とるぞ!


 おほぅ…。な、んー…。

 お産の場面で鼻毛出ちゃってるよ…。いや、別にいんだけどさ、こんな時にそんなこと別にいんだけどさ。いや、んー、やっぱマズイぞ。だってさ、産むだろ、彼女は「これが私達の子ね」って疲弊しながらもそれでいて満足なとってもいい顔で言うだろ、で、写真撮るんだよな。彼女が我が子を抱いた感動の瞬間の写真撮るよな。

 ッつーーーー


 その写真、現像出せねーよなぁ。俺が写真屋だったら、現像しても渡しずれーよ、俺に。そんな写真やだなー。ニコっと笑った彼女の鼻から一本出てるだけで台無しだよなぁ。感動的なのに感動的でないものー。

 とかなんとか、そんなことを考えてると、彼女が叫んだ。


 「痛い、痛い、手、握って、ギュッと握って!!」

 …ああ、ん。僕は何を考えてたんだ!!僕は今は彼女の為に、最大のサポーターにならなきゃダメなんだ!バカめバカめ。俺のバカ!

 「頑張れ! 頑張れ! もうすぐだ・・・」


 …やっぱ、鼻毛出とるな。1センチぐらい飛び出してるぞ、産気づく前に何で気づかなかったんだ。あー。きっと鼻の中で折りたためられてたのが何かの拍子にピーンってなったんだ、ピーンて。…あ、そーか。鼻息荒くなるからか、そんで鼻ふくらんでピーンてなったんだ。…そんなこといーんだよ。


 でも、あー、どうしようかぁ。感動の瞬間の写真はやっぱ感動的でないとダメだぞ、やっぱ。


 …あ、そーだ!!


 男はこんな時、何もしてやれない。声をかけることしかできない。どんな男だってそうだ。…でも、僕は違うんじゃないか。そうだ、僕は子供が生まれる前に彼女の鼻毛を抜いてやるんだ。それが今、男の俺が彼女にしてやれることだ!! 彼女だって、産んだ直後に鼻毛出てる写真撮られんのヤだろ。そうだそうだ。そうと決まれば話が早い。


 が、やっぱりこんな時に鼻毛を抜こうとなんかすると看護婦さんとか怒るだろうし、彼女もなんとなく嫌だろう。だから…、誰にも気づかれずに抜く! もちろん彼女にも気づかれずに・・・。そうだ、それが今の俺に課せられた使命だ!!なんか、俺、やる気になってる。心の中で一人称が「俺」になってっし。よし!!


 まず、右手は彼女の手を握ってるわけだから、稼動するのは左手のみ、でも左手でおもむろに抜くと彼女や看護婦達にばれるな・・・となると歯でキスとすると見せかけ抜こうか・・・、いや、口は彼女を励ますために声だすからフリーにしとかなきゃ。となると、やっぱり左手しかないな・・・


 んーーーーー。


 あ!! まさに産まれるというその瞬間は、彼女も最大の痛みだろうから目を閉じてわけわかんなくなってっし、左手で抜いても彼女にはバレない。んで、みんな彼女の陰部の方に行くわけだから俺だけ顔の方にいりゃいい。

 ナイスアイディーア。


 良し、作戦は決まった。もう、我が子が出てくる直前を狙うしかねーぞ。

 と、彼女の陰部から我が子の頭部が飛び出した。

 「いぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 叫ぶ彼女。痛がる彼女。励ます看護婦。励ます医師。揺れる鼻毛。鼻毛狙う俺。

 医師が叫ぶ。

 医師「今、今イキんで!!」

 彼女「いぎぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 看護婦「産まれるわよ!!」

 彼女「いぎぃぃぃぃぃいいい!」

 俺「・・・ヤ!(プチッ)」

 看護婦「産まれた! 大きな女の子! 」

 

 そして数日後。


 生まれた直後の我が子を抱いて映る彼女の写真を見、そこに不自然な毛が伸びていないことを確認し僕は涙を流した。そして、我が子の鼻から1本、毛が伸びていた。

 

 「そっちもかい!」

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