第12話

そこには…今朝方結論の仮定で視た…顔に傷、隻腕の…コートを羽織った女性が扉の横に立っていた。

…こいつ、気配を消してやがったな。…いつからだ?会長の能力を見破った時には視えなかった。なら…恐らく今さっきか?

2人も状況を察したらしく立ち上がった。もしかすると隙間からコートの端でも見えたのかもしれない。

女は少し驚いた表情を見せながらも次の瞬間には踵を返し、廊下を駆け出した。その速さは風が如く…とまではいかないが、並のアスリートでは追いつけない程だ。強化を瞬時に掛けて跳んだなら、ギリギリ間に合うか否か…武器を投げつけたなら、一撃で葬れるだろう。

だが…魔法を見せるわけにはいかない。

彼も尋常ではない反応速度を持って走り出す。しかし差は縮まることなく…予想通りというべきか、予見どうりというべきか、女は開いた窓を見つけるや否やそこから外へ飛び降りた。

…ここは3階。生身の人間が飛んで無事であるはずがない。

しかし…女は空中で一回転し、地面にスタリと着地。何事も無かったようにそのまま駆け出し、学校の門の方へ。

「野郎…っ!」

さすがに追うことも叶わず、去っていった方向を眺めることしかできなかった。

「…いつから聞かれてた?」

追ってきたらしい会長がそう背後から声を掛ける。

「解らんが…お前の能力の方は聞かれてないと思う」

「…その根拠は?」

窓から飛び降りた瞬間を彼も見ていたのだろう、しかしさしてそれに動じた様子も無くそう尋ねた。

「さてね。…さっきの奴に心当たりは?」

嘘はつかないように気をつけながらそう質問を逸らす。会長は少し記憶を探り…

「…そういえば今朝、見慣れない女性が校内を歩いていたと報告があったな。先生方に聞いてみてもただの来客だと言われたんだが…」

「十中八九それだろ。…報告する気なら校舎から飛び降りてきた所を見たって言えよ。間違っても、捕まえようとして逃げられたとは言うな」

「…繋がりがあると、考えているんですね?」

その警告に疑問符を浮かべた十柏に変わってそう、遅れてきた裏神が彼を見上げて尋ねた。

…学校側の人間なことは確かだろう。というか、視た光景では国側だった。捕まえようとした、なんて言った日には、あの中で話していたのが誰なのか特定されかねない。件の女は2人の顔を見る暇も無かった…筈だ。

…警告してから、それだと自分だけあの場にいたことがバレているのではないか、という事実に気付いたが…別に良いだろう。

「ああ。…怖くなったか?」

煽るように…ではなく、子供に向けるような、多少の甘さを持った目。かの少女はまだ子供だということを、時に忘れそうになる。しかし…いくら知識があろうと、脳がずば抜けてようと、子供は子供だ。それを忘れて同年代扱いするのは、彼女にとっても自分にとっても良くないだろう。

…彼女は少し、怯えた目をしていた。気丈に振る舞ってはいるが…彼はそれを見逃さない。

そして、俺に能力の話をしてきたということは、何かしら大きなキッカケがある筈だ。…まぁ、十中八九夢のことだろうが。

立て膝をつけ、目線を水平に合わせる。プライドが高そうに見える彼女はしかし…それから視線を落とし、ボソリと小さな声を出す。

「…大丈夫です。…聞いて、くれますか?」

子供扱いしないで下さい、とでも言うかと思ったが…どうやらそんな余裕は無いらしい。彼が頷き立ち上がるのを見て、彼女は口を開いた。

「私は…誰にでも信用される能力を持っているんです」

そう真っ直ぐな、しかし縋るような…弱さの垣間見える瞳で、彼女は自身の秘密を告白した。


時刻は5時より少し前、夕日が廊下を紅に染める。今この空間にて、哀愁は彼の心の内と、その光の中にのみあった。

「…言った理由は?あと、どの程度の効果だ」

「貴方には能力が効いていませんでした。この能力は効果を言ってしまったら、もうその相手には意味が無いとは思いますが…貴方の信用を得るには寧ろ、そうするのがベストだと」

…納得がいった。確かに…そう言われた後でなら、多少信用してもいいと思った。…朝、驚いたように目を光らせていたのはそのせいか。

「どの程度かと言うと…会長に絶対安全だからと言ったら、窓から本当に飛び降りかけたほどです」

「…あの時は酷い目にあった」

責めるわけでもなくそう思い出したように語る十柏。彼が裏神のその能力を知っているのは、もしかしたら仁を尋ねてきた理由と関係するのかもしれない。

「…ははっ……」

…成る程、世界はやはり…変わりつつあるらしい。ただの闘争とも違う…何かが。陰謀は、意外と近くにあるのかもしれない。

「…良いだろう。だが、まだだ。…お前らが接触してきたのは何故だ。夜には出歩いてみたのか?」

肝心なのはそこだった。…一体、何が理由で、彼に話しかけてきたのか。それはきっと余程の事に違いないと予感していた。

「…実は、一週間前の放課後、6時頃でしたか…見たんです」

今度こそ他人の気配は無いし、今更のその行為に意味があるのかは疑問だったが…裏神は仁に屈むように促すと、耳打ちをした。


…その日は、少し考えたいことがあって…教室に遅くまで残っていたんです。

最終下校の時刻になっていることも気づかなくて…見回りに来た先生に言われて急いで校舎から出ました。その帰り道、信号が変わるのを待っていた時…1人の男子生徒が、女の子…私と同じか少し上ぐらいの子の首を絞めていたのを見たんです。

暗くて遠かったのに見えたのは、明らかに異質な…大きな炎が、その男子生徒の右手から浮かび上がっていたから…ライターとか、そういうのじゃなくて…。その人は私が見ていることに気づいたようで、すぐその場から逃げ出しましたが…丁度見えない位置で、顔はよく分かっていません。

…それからその女の子に声を掛けようとしたのですが…私を見るなり逃げてしまって。特徴は…褐色の肌にボロボロの服、白い髪と…顔に、いくつもの火傷の跡を付けられていました。

…目元は包帯で覆われていました。それなのに、まるで見えているように走り去って…。その男子生徒が誰だったのかは、未だ掴めていません。


「……それで?」

最初に沸いた言葉はそれだった。

…目を閉じていても見える。包帯で覆っていて、白い髪…。彼と縁を感じずにはいられなかった。

…いや、待て。…それだけじゃない。夢の中で見た、世界中の人間を灰にした少女と見た目が一致している…。

「勿論、私達だけじゃない…他にも数人、能力者の知り合いもいます。ですが…その炎の男性とコンタクトを取ろうにも、戦闘形の能力か、それすらも圧倒する力の持ち主の力を借りるべきだと思って…」

そう言って、顔色を伺うように見つめてきた裏神を横目で見ながらも思考を巡らせ…疑問点を纏めた。

「…幾つか質問だ。…何を思って接触しようと?捕まえたいなら警察を頼ればいい。それこそ信用させる能力があるんだから」

「まず私は…会長に言いました」

「嘘をついているわけではないと解っていた。だから裏神と共に先生方に相談に行ったんだが…」


ーーーー

「何故ですか。この学園内に、そんな危険人物がいるかもしれないんですよ!それなのに、何もするなだなんて…」

その日の朝、学年主任の教師に事のあらましを話した。無論、自分たちも能力を持っているということは知らせないままに。それから他の教師陣とも相談すると言われ、放課後。職員室を訪ねた2人は…これ以上関わるな、と言われたのだった。

「人の手から炎が出るわけないだろう。…きっと疲れていたんだ。裏神はまだ10歳行かないぐらいだっただろう?無理もない。…それに、そんな0に近い手掛かりでどう探す気だ。……こっちでなんとかするから」

「ですが…!」

十柏が口を開こうとして、それを妨げるように教師が口を開いた。

「他の誰にも、今回のことは言うなよ。……不安を煽るわけにもいかないからな。…賢いお前達なら解るだろ?」

…学校側からしたら、それを捜査することは、学校の評判を落とすことになる。だが…それだけか?警察同様、公務員も…というか、社会は…。

遮られた十柏はその言葉に黙ることしかできず…ほら、解ったらとっとと帰れ、と職員室から追い出されてしまった。

ーーーー

「…これまでにも、いじめなんかの生徒だけで対処出来そうにない問題は勿論あった。言ってしまうと、今迄…それらの問題は生徒会が殆ど引き受けていたんだ。教師陣に問題を報告してもいつも、生徒会に任せる、だったんだが…」

「今回だけは違う、と」

頷いた会長は、じっと彼の言葉を待っていた。

「…規模が大きすぎるからだろ?」

「それも考えたが…成田先生は嘘をついていた。…『人の手から炎が出るわけない』と。確信はなかったが…さっきの女のこともある」

信用させる能力が効かなかったように見えたのは、元々存在自体を知っていたから。夜の世界…あれが存在していることは、国の力が機能していないことを意味していた。最早能力は公表されたようなもの。なら、その炎の男を追ってはいけない理由は無いはず(?)なのだが…生徒の安全を気にしているとでも言いたいのだろうか。

…何かがまた、起きる。この事件をもし解決したとして…その時に、“世界”は更に動きを見せる…そんな気がしてならない。

「それで…犯人を探せと?そいつと戦えと?」

戦うということは…俺が下手をすれば死ぬことになる。そんなことは知ったことか、と?

「…その被害に遭った女の子についてはすぐに掴めた。白い髪の時点で、かなり特徴的だからな。…因みにあの夢の後に関しては全く情報が取れてない」

思った以上に、この生徒会は優秀らしい。…いや、この男が凄いのか?最早探偵の域かもしれない。…とてもただの学生には見えなかった。

「目撃者は幾人もいた。やはり印象深いからな。証言から家を特定して、俺と生徒会の2人で行ったんだが…その家には、もう誰もいなかった」

「は?」

「だが車なんかはしっかりとあった。つまり…住人だけ消えたんだ。…少なくとも五日間、人の出入りが無い」

…なんでそんなことを知っているか。それは、先程言っていた生徒会のメンバーの能力がそういったものだからだろう。

「…そいつと会ったとして、どうする。止められたんだろう?それに、警察に渡すことも正しくないのならどうしろと」

誰かから、一度唾を飲み込むような音がした。ここだ。ここで…分岐する。そう感じ取ったのかもしれない。

「…その犯人の動機が知りたい。なぜその女の子を襲ったのか」

「何か、この世界に…私達の知らないことがもっとあると思うんです。誰か…人の、陰謀が。それに…繋がってると思うんです。ここから…“世界”へ」

それは…あまりに夢見がちな少女がするような思考。だが…この世界は、確かに普通の世界ものとは違う位置にあった。

2人の視線が一直線に、彼に集まった。…自分の能力を告げて、彼らに協力する。そうするか否かは、今後を大きく変えるだろう。しかしこんな時に限って…勝手に能力が発動したりはしなかった。それは…世界の意志か、或いは視えていないだけなのか。


ーーー面倒だ。

ゲームの中で冒険はしたくとも、現実でしたいかと言われたら…よくわからない。ここではリセットなんてできないんだ。

この世界は他の世界と…在り方が違う。此処こそが、基準点。分岐する、過程の位置にある。

フィーリアは巻き込みたくない。叶うなら、何処か、誰も知らない場所へ…。


ーーー面白い。

あの世界で得た物、そしてこれから得るものを生かして行けと、そういうことらしい。…俺がこの能力を得たのは、どうやらその為か。

…フィーリアは巻き込みたくない、だが…俺はどうあっても狙われる。これは確信だ。なら…先手を取らなければ。


2つのif、何処かで変わったかもしれない、彼の在り方。その2つは、彼には視えていない。


「これで最後…男を捕まえた結果、俺が能力を持っていると世界中に知られたなら…どうしてくれるんだ」

互いの瞳に移り合う。先程までのお互いを見定めるような視線から、それは変わっていた。

「…戦いは、このまま平穏に過ごしていても、おそらく起きてしまいます。それは、夜ではない時も。そうしたらいずれ能力いしつさは気付かれてしまうでしょう」

…最早確信に至っているらしい。この天才は、一つのものから関係する事柄を推測する力に長けている。それは夢では無いのだと、自慢の頭脳で確信しているのか。

「といっても、お前なら万が一能力を知られようと報道されずに済みそうだが」

というより、今までにもそういった、能力の話は世間で上がってはいない。そこもきっと…何か、あるのだろう。

それに…エゴサーチも偶にするが、ネット上に自分に関する情報は一切上がらない。訴えられると思っているからだろう。最早国…社会が、彼の存在を人類の歴史から忘れ去らせようとしているかのようだった。

「…そんな時に真に助け合えるのは、深く事情を知り合った友人だけです。私達は、貴方と…えっと…」

そこで彼女は言葉に詰まった。続きを言おうとして、しかし何故か口籠っている。…何を今更躊躇うことがあるのか、彼には理解ができない。

「だからっ……友達なりにきたんですっ!」

…あえてそんな恥ずかしい言い方をしたのは何故か。それは…そうでなくてはならない理由があるから。

その言葉に固まった2人の男と、頬を赤らめ目を逸らしている小さすぎる少女。

「…そこは仲間とかでもよかったんじゃないか?」

「な、仲間だったら裏切るかもしれないじゃないですかっ!友達なら、普通裏切りませんし…もし裏切る状況にあったとしても…きっと帰って来れますからっ!」

会長のツッコミというか問い掛けに、仕方ないんです!間違えてません!と熱烈にアピールするように、裏神は即答した。

「っ…はは……」

口元を押さえて、言われた言葉を心の中で反芻したらしい、彼は笑いを堪えきれなくなっていた。笑い声が口から漏れている。

…裏神はそれを覚えていた。彼が1年生の頃、まだ髪が黒かった時に浮かべていた…確かな、楽しさや可笑しさで現れた笑顔だった。

「いや…良いな、お前…。餓鬼くさい、本当に…。歳を取ると、程度はどうあれ汚くなるからな…。くくっ…」

思ったことをそのまま口に出し、彼は息を整え落ち着きを取り戻した。

その一連の様子を見て、2人は互いに見合うと…彼に手を差し出した。裏神は右手を、十柏は左手を。

「…能力は言いたくないなら言わなくても構わん。だが…頼む。お前の力が必要なんだ」

「…」

そうしてただ待つ2人。その言葉に彼は腰に手をやり溜息をついた。

「おいおい…友人、なんだろ?力が必要だから友人になるのか?」

おっと…、と十柏が小さく口を開ける。それに、冗談だとニヤリと口角を上げて返すと、

「…俺の力は…ifを見る力だ。ピンチが迫れば勝手に発動して、もしかしたらの結果を見る。…よろしく、裏神、十柏」

彼は秘密を打ち明け、2人の手を握った。3人はそうして…“友人”になった。

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