第6話
ーーー少女の姿が見えた。
目を開けた。目の前には…自分を殺そうとしていた男。自分の左腕にはナイフが刺さっていて…彼は状況を理解するとすぐにナイフを引き抜き、男の元へ駆け出した。…タマネにつけられた傷の感覚は無いが、1ヶ月間で作られた筋肉も同時に無くなっていた。
「ひっ!」
渾身の蹴りを浴びせると、男の体はくの字に曲がりながら飛び、道路に隣接した民家の壁に激突する。そしてそのまま男は動かなくなった。頭はギリギリぶつからなかった為、意識はまだ残っているはずだ。
試しに投影をしてみたが問題無く、能力もあり、その中の武器達もあった。そして逆に…持っていなかったはずの、件のナイフ、リュック等までも持っていて…どうやら、自分の身体に関するものは引き継がれないが、精神的なものは引き継がれる、といったものらしい。それに加えて失った物は戻り、得た物はそのままらしい。…なら、向こうで幾ら金を使おうと、帰ってきたら品物は得たままに金も戻ってくるかもしれない…ということだった。
…死んだら、どうなるのだろうか。
気にはなったが、今更そんなことを考えても仕方ない。
警察に連絡を入れた後、彼は痛みで悶えている男の頬を叩き、強引に起こした。
「答えろ、お前を雇ったのは誰だ」
血のついたナイフをチラつかせながら男にそう詰め寄る。鋭い瞳は殺意の色を放つ。それと目を合わせた男が見た色は、これから起きる絶望を表すかのようだった。
「ひっ…ご、ごめんなさい!すみません!…失敗した上に名前までいったら、俺は…!」
「俺が誰だか解ってるよな…?言わなかったら…お前は生き地獄を味わうことになるんだ。お前の金を絞り尽くしてやる。お前だけじゃない、お前の家族、友人…親戚、お前のペットに…少し話したことがあるだけの知り合い、全員に迷惑を掛けることになるんだ」
…そんなことはできるわけもない。パッと思い浮かんだ、何かのアニメで聞いたことのあるようなセリフを言っただけなのだが…彼が言うとそれは真実のように聞こえる…らしい。
どっちが良いか…解るだろう?と、じっと睨みを利かせる。溢れ出た殺意の波動と、人非ざる髪と瞳は…男の口を割った。
「だぶっ」
何かを言おうとして…男は気を失ったかのように眠りに落ちた。
「…ちっ……《W》?」
男の前から離れようと視線をずらした。何気無く逸らした目線の先…自分が倒れていた其処に、彼女はいた。この世界では、都会の闇でしか見ないメイド服を着て…耳と尻尾の生えた少女…フィーリア。
「灰様、私……ついてきちゃったみたいです…」
…頭を抑えた、溜息が漏れた、そして少し…嬉しくもあった。
…しかし、この状況を飛び跳ねて喜ぶことのできない自分を恨んだ。
…どうしたらいい?こんな耳と尻尾を持ったメイドさんを世に出したら…いや、考えてる暇なんか無いんだった。自分で警察を呼んでおいて…まさかそれが裏目に出るとは。
フィーリアをチラリと見ると、目を輝かせてジッとこちらを見つめていた。どうやら指示を待っているらしい。
「…あー…、フィーリア、その耳と尻尾は隠せないか?…というか、姿を消す魔法とかは…」
「あ、はいっ。できますよ?私、半分は狐ですから」
そう言うとフィーリアから煙が溢れ出し…次の瞬間には尻尾が消え、耳は、横に飛び跳ねた癖っ毛に姿を変えた。
フィーリアのこと…色々知らないことが沢山あるな。
そして…自分のことも、彼女は知らない。
とはいってもまだ解決していない。メイド服なのも大分不味い。
「なら服も、出来るのか?」
「えっと…申し訳ありません。私はハーフで、あまり化ける力は強くないんです…。練習すればできるかもしれませんが、それでも姿を変え続けるには魔力を使いますから…」
申し訳なさそうに頭を下げるフィーリアの、耳だった物は気持ちを表すように垂れていた。変化し続けるには、度合いによるが魔力を使い続けるらしい。だから使い物にならないということなのだろう。向こうの世界の常識では、メイド服でも何の違和感も無かったこともあり、普段使っていなかったのだろう。
「姿を消すことは…まだ出来ませんが、この世界は戦闘が普通無いのですよね?でしたら…気配を完全に消せば、多分認識されないんじゃないでしょうか?」
そう言った直後…一瞬の瞬きの後、フィーリアの姿は目の前から消え去った。
あんな目立つ格好で気配を消したところで…と思っていたのだが、どうやら次元が違うようだ。
とはいっても気配探知の多少できる彼は、フィーリアに意識を集中すると、すぐに認識できた。
それは…透明人間とも違う。言うなれば、モブ化すること。例えば…空を飛んでいようと何事もないようにされるかもしれない。無論カメラにはバッチリ映る、しかし気にも留められない…まぁ誰かしらが気づく可能性は0ではないのだが。フィーリア曰く最終的には存在を忘れられるまでに至るとか…あくまで噂だが。
「流石…メイドにその力が要るのかは謎だが」
「…姉さんは何時も仁様の側にいました。もし離れることがあっても直ぐに向かえるように転移も身につけて…。姉さんがいたので私は必要ありませんでしたから、普段は家事を担当していたんです」
まぁ…私がいなくても姉さんなら家事もこなせたかもしれませんが…。未熟な私は仕事が終われば、魔道書を読んでいたのですが…転移は魔法の中でも最上級に難しいものですから、やっぱり…。
ボソボソと弱気に呟いたフィーリアはしかし直ぐに顔を上げた。
「私は隠れていた方が良いですか?」
…弱気な呟きに言葉を掛けようとしたが先を越され、その質問に頷いた。
「ああ、そうしてくれ。…脅すようだが、その耳と尻尾の存在が公になったなら、安全の保証はできない。どんな手段を使おうと解明しようとする奴らが出てくるだろう、お前はこっちでは全く未知の生命体なんだから。もし気が付かれたなら国に認められた機関の、非人道的な実験の数々で、死んだ方がマシだと思えるような…」
妄想100%の話を真剣に語る彼の顔色に、唾を飲み込んだ彼女は怯えた様子ですぐさま姿を消した。
「…これは…」
駆けつけてきた警察官達が唖然としていた。それもそうだろう、男が壁に寄り掛かる形で気絶、車の前面のガラスに入ったヒビ…それらも重要だが…
「北神、仁…!」
そのうちの1人の男がそう強張った声を上げる。そう…問題は、被害者の方。ナイフを持ち、血みどろの左腕を抑える異質な高校生は、その場にいる全員の記憶に新しい。
目に見えない程度に治療を発動させていた。これには病気を治す力はまだ無いが…予防なら意味はあるらしい。使ったのは、傷から何かしらの菌が入るのを防ぐためだ。
「…呆気にとられるのも解るが、その男を早く捕まえてくれ。こっちは車で弾かれた上にナイフで刺されたんだ。…あとそいつ、反撃して尋問したら、一言喋って動かなくなった」
1人の男が指示を回し、封鎖用のテープやらが其処には貼られ、状況確認やら事情聴取やら何やらが行われ始め…
「成る程…1億、ですか…。何処かで恨みを買ったりとかは…」
「…煽ってるのか?…お前らの方が知ってるだろ」
言ってから、しまった…と顔に出ていた警官に睨みを効かせる。
「部長!」
其処に1人の男が駆け寄ってきた。そして同時に、周囲にいた警察官達は、彼を取り囲むように移動し始めた。
「…あの人、死んでます…!」
その言葉は彼の目を僅かに開かせ、部長と呼ばれた男は途端に
「おい!現行犯逮捕だ!」
そう大声で合図をした。その言葉を皮切りにして飛び掛かってきた3人を、ひらりひらりと躱し、彼は囲まれた状況から脱した。
すぐ向き直り、手錠を構えて迫る男の手を再度躱す。
「…状況証拠しかねぇのに何決めてんだよカス野郎。それに現行犯じゃねぇだろ。ちゃんとそいつを調べろ、頭に外傷はできてねぇはずだ。どうやって死んだかは知らんが…一つ、良いことを教えてやる」
睨みを利かせ合うその間に火花は散る事もなく…彼は殺人容疑を着せられようと、汗を流すこともない。
「そいつは最後…《W》と、言っていた。それがなにを意味するかは知らんが、手掛かりにはなるんじゃないか」
再び詰め寄ろうとしてきた、手柄欲しさに溺れた間抜けな警官に、最後の警告を。
「…必要以上に2度とそっちから関わるなと、あの時言ったはずだよな?捕まえたいならちゃんと手順を踏め。…次かかってきてみろ。…もう許してやらねぇからな」
それでも飛び掛かろうとしてきた男を、部長が手で制して止めた。意思表示をするように臨戦態勢で構えた彼は溜息を漏らすと、警官達に背を向ける。
「…追ってくるなよ、俺はもう帰る。監視でも付けてみろ、ストーカーだなんだと…訴えてやる」
彼の背を、警官達は止めることができなかった。
彼の家は普通サイズの、最近建てられたらしい新築の一軒家だった。小さな庭は手入れもされておらず、植物もろくに生えていない。家の周りに他の家などありはせず…不自然なまでに空いていた。
「…ここが、灰様のお家ですか?」
はぁ〜、と綺麗な家を見上げて声を上げる。少し意外だったらしい。
「ああ。…入ってくれ」
「き、緊張してきました…!ご両親は今は…?」
不安そうにそう横から顔を覗き込んできたフィーリアに笑みを浮かべて答える。
「いない。父親は離婚、母親は病院で寝たきり」
「そう…なんですか。ごめんなさい」
「いや全然良いんだが…取り敢えず、ほら」
頭を下げるフィーリアに、頭を掻きながらフォローを入れる。そして家の扉を開き…彼女に入るように促した。
「し、失礼しますっ!」
彼の、彼だけの空間いえに、彼以外の人間が初めて入り込んだ。
空き部屋が多数ある3階建ての家は、最低限の家具しかない、実に質素な空間だった。
…彼女の年齢の割に小さめな背丈は、彼に自分の今置かれた状況をより認識させる。女性、それも年下の少女を家に連れ込んだことの犯罪臭が色濃く漂っていたが…彼は気にした様子も無いかのように、普段通りを繕った。
ソファと、コンセントの抜かれたテレビと、食器棚その他諸々しかない、台所と繋がっているその居間に彼女を通す。ソファに腰掛けるように促されたフィーリアは大人しく座り、そこに彼は紙とペンを持ってきた。
「えっと、これは…?」
「フィーリアがこの世界に来てしまった以上、今度は俺がお前の面倒を見る番だ」
「…??」
いまいち要領を得ないらしいフィーリアは首を傾げる。
「…つまり、俺が正式にお前をメイドとして雇うことになる。だから履歴書?というか、まぁ…書いてくれってこと。そもそも、俺はまだお前のことをよく知らないようだから」
成る程…と納得したらしいフィーリアに紙を差し出す前に、机すらないその居間に小さな机を投影。その上に紙を乗せ、書くべき事項とスペース指定をその紙に書き出した。
「…でしたら灰様も、してはいただけないでしょうか?」
私も…まだまだ知りませんから、とのことなので、彼は向かいの1人掛け用のソファに腰掛け、2人して今更の自己紹介となった。
フィーリア
年齢 15 誕生日 1月23日
趣味 家事全般、裁縫、新しい料理の研究、読書
好きな食べ物 チーズケーキ
苦手な食べ物 なし
苦手な物・事 知らない人と話すこと。あまり夜遅くまで起きていられません。
出来ること(資格?)メイド術、ナイフの扱い、忍者の基本(索敵と気配遮断)、変化(現在、体の一部を変えるのみ)、裁縫師、魔法(エレメント中級、投影初級、治療中級、強化中級)
初めて魔法が出てくる…つまり、熱くない炎とか、中身の無い武器とかがでてくるまでが3ヶ月。それからやっと、“らしく”なるには、適正やら、魔法ごとの習得の難しさにもよるが…平均で更に半年から一年は掛かるらしい。最も、仕事も何も投げ出してただそれだけに専念した場合、更に短くなるかもしれないが。
そう考えたらフィーリアはかなり、優秀なマジシャンらしい。
「あのブーメランみたいにナイフを投げてたのは…」
「あれは魔法でもなくて…私の唯一の技です。といっても、それをやるなら魔法でも良いと思いますけどね」
あははは…と照れ臭そうに苦笑いを浮かべた。
「いや…魔力がなくてもできるなら、いざって時役に立つだろ。それに…例えば紅とかタマネとかが持ってたような魔剣なら、話は別だろ。それにもし、例えば投げた後に軌道を変えられるなんてことまでできるようになったら…」
「あ、それなら少しならもう出来ます」
当然とでも言うようにそう言われ、一瞬思考が停止してしまった。
「…すごいじゃないか。うん。…さっきは言い損ねたが、お前は…凄いと思う」
上手く言葉にできなかったが、彼が褒めている気持ちは伝わったらしい。
「えへへ…ありがとうございます」
彼女はあの世界にいた時のようにまた、微笑んでくれた。
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