第3話
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魔法(マジック)習得の仕方は、本の中に書いてあることの意味を、真に理解すること。原理やらも勿論だが…ようは、心で理解して、頭で想像する。…そんな感じらしい。理解が甘ければ当然魔法も不出来な物が出来るとか(火を出す魔法の火があまり熱くなかったり、必要な魔力の量が無駄に多くなったり)。だから…熱血な人には氷を生み出す魔法は中々習得しづらい。適性とは、そういった習得のしやすさも指すが…もっと複雑な、才も指すらしい。
強化、投影の本を読み進める。魔道書は、その魔法(マジック)を創始した人間の、日記だとか、論文だとか…そういった、数々の体系を持ってるらしい。1日あれば読み切れそうなそれで、特に鍵であろう部分を、何度も反芻する。
ーーー
強くなる。…どういう意味だろうか。その刀の切れ味が鋭くなれば、頑丈になれば、特別な力を得れば、強くなったと、そう言えるのだろうか。
最後に決めるのは心。…否定はしないが、心だけで勝てるなら、私は絶対強者の筈だ。そうじゃないのは…心が、形を取れないからだ。心が、限界を超えて頑張れないからだ。心だけでは、他者に影響を与えるに至れないからだ。
伝えるには、形にしなければ。憎しみを伝えるには刃を。愛を示すには指輪を。届かないなら、良くしなければ。刃を鋭く、宝石を輝かしく。
そして知れ。それは所詮“影”、何処まで似せても本物には決して至れない。…オリジナルに勝つには、影の、影たる性質を生かすこと。
だが忘れるな。鋭ければ、輝かしければ、強いわけではない。強く在るのは、使い手でなければならない。
ーーー
イメージする。力を込める。手を前に出し、何か…そう、湧き上がる想いを形に。
さながら、PCで一から3Dモデリングをしているように、少しずつ形が創り上げられていく。頭に浮かぶイメージが、より細やかに、鮮明になっていく。それに呼応し、創られる速度は加速度的に上昇し…1度光を反射したと思うと、それは生まれた。
…硝子で創られた鞘に収まった、これまた全て硝子で出来た日本刀。
…鉄と木と布と…色々混ぜ合わせたものを想像したのだが…まぁ形はしっかりできているようでホッとした。
硝子を選んだのは、仁を意識してでは…たぶんない。強化の訓練に最適なのが硝子だからだ。それに加えて…見た目が綺麗だったことと、元の世界でももしかしたら言い逃れできる材質なんじゃないかと思ったからだ。…恐らく無理だが。
しかし…少し引っかかった。時間は、本を読み始めてから6時間経っている。…読み終えはしたが、なんでも、実際に魔法を出せるようになるのは、平均3ヶ月は掛かるらしい。
その理由は…書いてあることが少なすぎるから。(いや、十分に多いが…心を重ね合わせるには、もう少し欲しい。)少ない言葉から何度も練り直し、本と心を合わせる。幾度も同じことについて考えを重ねていく。1+1が2の理由を、林檎がひとつともうひとつ、それと同じだよ、と言われて、あ、そうなんだ。…では駄目らしい。…例えが良くない。だが…そういうことだ。
…相性が良かったのか?
兎にも角にも、新しく身につけたこの力を、2人に見せたくなった。彼は早々に片付けを済まし、学校を出た。
…もしかしたら才能があるのかとほんの少し考えた彼だったが、後日氷の魔法を習得に掛かり、3ヶ月以上は悠に掛かった。
「あ、あの…灰様、一つ、お願いが…」
夕食後、治癒の魔道書を読んでいると、フィーリアがココアを持ってきてくれた。
「どうかしたか?…なんでも言ってくれていいよ」
急なフィーリアの言葉に驚きながらも、本を閉じてイヤホンを外す。音はかなり大きめだったが、それでも聴力は中々良かった。フィーリアに座るように促すと、前のソファに座ってくれた。
「えっと、あの…灰様、私の名前は……なんですか?」
いきなりの意味不明な質問に、疑問符を浮かべるのは当然だろう。…なんとなく質問の意味を理解していたが。
「…どういう意味?」
敢えてそう尋ねてみた。そうしたのは…明確に理由を伝えて欲しかったからかもしれない。
「…灰様、私のこと…名前で呼んで下さりませんよね」
彼女は図書室から逃げ去った後、嬉々として部屋の掃除をしていた。その時に…気付いたのだ。名前を呼ばれたことがないということに。
「…フィーリア」
単に女性の名前を呼ぶ経験が皆無なだけなのだが、それを言うのもなんとなく気が引けて…なんでもない様子でそう名前を呼んでみせた。
本日2度目の眩しい笑顔が姿を見せる。
「ぁ、ありがとうございますっ」
満足したらしい、彼女はニコニコと微笑み
「あっ、あと…もう一つあって…」
しかしまだあるらしい。彼女はまた、もじもじしだしていた。
「あ、あの…私を…住み込みのメイドにして欲しいんです!」
…それはまた、何故。色々考えた結果なのだろうが。まぁ、現時点でも家の鍵は彼女にも渡されているのだが…住み込みになるということは、四六時中家にいるということで、良く捉えれば24時間?助けてくれるということに。悪く捉えれば、家の中を支配される、何か取られる、といった可能性が…?滅茶苦茶大袈裟に言ったが要するに、信用関係が必要ということだ。
…彼の抱えた闇は丁度、信用とか、絆とか…人間の“それ”に関するものだった。
目の紅が、黒を帯びる。…彼女は裏切らない。……最悪裏切られようが、別にいい。…それが、人生、だろう?
「ああ、別に構わないけど…。でも、どうして?」
許可を貰って明るくなるフィーリアは、理由を尋ねられて、嬉しそうに答えた。
「もっと、灰様の力になりたいと思ったからです。もっともっと、共に在りたいと思ったからです」
…もう少し言葉を選べないのか。勘違いされそうな言葉達に、彼は目の色を変えない。…恐らくそういう意味はないのだろう、言葉通りの、それ以上の意味など一切ありはしない表情だった。
「そっ、か…。…じゃあ、これからもっと、頼らせてもらうことになりそうだけど」
「はいっ!お任せ下さいっ!」
嬉しそうに微笑む彼女の顔を見ると、自然と彼の笑顔も誘い出された。
それから1ヶ月…普段はフィーリアと修行。フィーリアが家事をしている間は魔法の習得。投影、強化の修行。強化は、体に付与することを最終目標としていた。強化は少しなら問題無いが…あまりにやりすぎると、筋肉やら骨やら、体の組織に異常が出てくる。そこで…硝子の武器に強化を。硝子をなんの異常もないままにより頑丈に、より鋭くさせる。そういった修行方法を取っていた。無論、一度読み、使えるようになったと言えど…更に本から力を得れる可能性もあるため、たまに読み直したりもした。他の魔法は…取り敢えず、治療だけ。
いつも通りの朝。朝食の準備を済ませたフィーリアは、灰の部屋をノックする。
ノックの音が部屋に届く…いつもならそれより先か、或いはその音で彼は目を覚ます。しかし今日、中から応答はなく…フィーリアは、失礼します、と一言の後、部屋の扉を開けた。
…その部屋の中に、灰の姿は無かった。
「えっ…」
思考が止まる。予想外な出来事に、彼女は極端に弱かった。
辺りは何事も起きていないかのように、いつも通りだった。何か物を取られた形跡も無い。ただ、布団の中に居るはずの彼だけがいなかった。
「ど、どどどどどうしましょう!灰様ー!?灰様ぁーー!!??」
取り敢えず大声を上げて彼の名前を呼んでみたが…当然反応も無い。そんなタイミングで丁度、来客をしたせるチャイムの音が鳴る。紅が来たのだろう。
その音に我を思い出し、フィーリアは部屋を飛び出した。
いつものふかふかベッドでない、硬い感触で目が覚めた。
「…気がつきましたか」
目を擦ろうとして…自分の両腕が、壁から伸びる鎖の先の手錠を嵌められていることに気づいた。
引っ張ってみるも、どうにもならないそれを諦め、声の主の方へと顔を上げた。
黒髪の、メイド服を着た女性がそこにいた。彼女の目、雰囲気は…敵対の意思を含んでいるように見える。
「てめぇ…誰だ。なんでこんな真似をした」
知らない人には敬語、そんな平和な考えは何処にも無い。敵対相手には…彼は容赦しない。
「とぼけないでください、仁様…!私、タマネのことを…忘れたと言うんですか!?」
…メイド服を着た知り合いなんてフィーリア以外いない。……?
「お前…フィーリアの姉か?」
「…名前で呼んでくれていたじゃないですか…!どうして…。貴方はいつも私と、一緒に…!」
肩を震わせ、何処からかナイフを取り出したタマネは、それを灰に突きつけた。
「死んだなんて嘘をついて!異世界から来たなんて嘘をついて!私から離れて、あの子と暮らしてるだなんて…!!」
「っ…野郎…頭おかしいんじゃねぇのかてめぇ!俺は別人だ!似てるだけだろうが!何の根拠があってんなこと…!」
冷静に振舞って落ち着くのを促すか、敵意には敵意をぶつけてやるか…その選択は、正気じゃないことを加味して、敵意を投げつけることにした。
両手に小ぶりのナイフを、切れ味MAXで投影。腕の拘束具を切り、素早く立ち上がった。
「投影…。異世界から来たんだとしたら、こんなに早く投影が出来るわけないですよね?」
「素質があった、それだけだ。…ここは何処だ」
見たところ、地下室のようだが…寝ている間に攫われたことを考えても、あの家からそう離れてはいないと…願いたい。
「貴方は知っているはずでしょう?貴方は私よりも強いのですから…どうしても逃げたいなら、私を倒せばいいじゃないですか」
そう言い、ナイフを構えるタマネ。彼女の持つナイフもフィーリア同様硝子製で…しかし、黒色の硝子だった。
…絶対に勝てない。だが…逃げられもしない。if√ifを試す。…予想は的中、どうあがいても、勝てていない。どうあがいても、逃げられない。
「なら…やるしかないよな…っ!!見えていないだけでその世界は、あるかもしれねぇんだから!」
二本の粗末な剣を瞬時に創り出した。
駆け出そうとして…if√ifが勝手に発動した。
「ッ…!」
「…来ないんですか?」
剣を目の前で振るうと、彼の目の前で張り詰められていた、殆ど不可視の糸が切れた。
「流石仁様。私の最大限の投影で作られた糸に気づくなんて」
「俺はこういう能力を持ってここに来た。お前の言う仁とはカラクリが違う」
勝手に発動したのは…今のが死に直結する、“重大なこと”だったからだろう。だが、それでも…。
「何を言っているのか知りませんが、もう仕掛けてはいないのでご安心を。…信じては、いただけませんか」
悲しそうに微笑むと彼女は、転移が如き速さで彼に接近し、首元に手を伸ばした。それを正面から斬り伏せようと右手の剣を振るうが、その時すでに彼女はそこにいなかった。
右の、丁度彼の腕で隠れた視覚からの攻撃は、既に視えていたが…強化を自身に使用した彼の速度でも間に合わなかった。
彼の右腕を鋭い一撃が切り裂いた。それは彼の骨ギリギリまで抉りこみ、大量の血が流れるよりも速く、二撃目が迫る。
光景を見るのは一瞬だが、考えを纏めるのに必要な時間は、体を動かすのに必要な時間は…一瞬ではない。つまり何が言いたいかというと…。
「腕の一本は失わないと、反省していただけないようですね…!」
超高速の殺意が迫っていることが視えても、彼は防げないということ。
真紅の瞳は未だ諦めない。望んだ終わりが迎えに来るまでは…。
いずれの場合でも負けていた…腕を1本失っていたはずの彼は、この世界にはいないらしい。迫り来るナイフは、何処からか飛んできた別のナイフの撃退に追われ、彼の腕を奪い去ることはなかった。
「灰様!!」
その地下室の扉は開かれていない。拘置所などについている、中を覗くための縦長の数個の穴からナイフが飛び込み、空中で軌道を変えたのだった。
そして扉は盛大に吹き飛ばされ、それをタマネはナイフで横に方向転換させる。扉は壁に激突し金属同士の重い音が部屋に響き渡った。
扉があった其処には…正拳突きで飛ばしたのであろう紅と、ナイフを1本持ったフィーリアが居た。
「…よくここが解ったわね。貴方には、知らせていなかった筈だけど」
「前に偶然見つけたことがあっただけです。…お姉ちゃん、どうして、こんなことを…ッ!」
フィーリアに向かって飛んできたナイフを紅が殴り飛ばし、それは地面と激突し…ひびが入った。
「黙りなさい。私の仁様を取っておいて…貴方に口出しする権利は無いわ」
激痛が意識を支配しようとしながらも、灰の意志はまだ、闘志に燃えていた。
「タマネ…!お前、いままで何処に行ってやがった!フィーリアはずっとお前がいなくて寂しがってたんだぞ!それなのにお前は…!」
紅が大剣を出現させる。それは焔を纏う、他の武器とは一線を超えた…魔剣、だった。
「…もう、貴方達のことなんてどうでもいい。どうして私の邪魔をするの、仁様と私は夫婦なのよ…!それなのに仁様を騙して…挙げ句の果てに記憶を消すなんて!」
もはや聞く耳を持たないらしい。タマネの殺意の滲む狂気の言葉に、フィーリアは涙を零してその場に崩れ落ちてしまった。
「てめぇ…!」
背後から灰が斬りかかるが、タマネは手から風の弾丸を出現させて彼を吹き飛ばす。しかし…一瞬でも生まれた隙を、紅が見逃す筈もなかった。
図体に似合わない超速でタマネに接近すると、大剣を一振り。遅れて反応したタマネは寸前でナイフで防ぐが、それは呆気なく大剣によって破壊され…その瞬間に、その部屋を爆発的な光が包み込んだ。
「何だ!?」
その光が止んだ時…既にその部屋にタマネはいなかった。
「…仁め、恐ろしいものを創りやがったな」
どうやら、破壊された瞬間に目眩しが発動する仕組みになっていたらしい。…そんな機能まで創りだせるのかと、紅でさえ驚いていた。どうやら通常は不可能らしい。
「…っ」
流れ出る血は暖かく、代わりに彼の体は冷たくなっていく。ふらふらと立ち上がる彼の足元には血溜まりが出来ていた。
「お、おい…!あんま無茶するな、傷が…」
「問題無い…っ。フィーリア、平気か…?」
そうだ、体の痛みなんかどうだっていい、どうとでもなる。…心だ。心は…心についた傷は、どうあがいても完全には治らない。もしフィーリアが、本当に優しい、裏なんかありはしない人間なら…俺は、ずっと…彼女にそうあって欲しいんだ。
「ご、ごめんなさい…。灰様、私…辛くて…苦しくて…おやくに、たてませんでした」
涙の流れる目を両手で覆い、震える声でそう謝る。
「…姉に言われたことがそんなに辛かったか」
力の入らない体は、自身の体重すらも支えられなくなり、フィーリアの前で膝をついた。
「…ぃ…はぃ。私、ずっとお姉ちゃんみたいになりたくて…それで…頑張ってきたのに。お姉ちゃんは私のこと、嫌いで…」
視界が回り始める。しかしそれでもまだ…痛みに屈しはしない。
「お前の姉は…どんな奴だったんだ」
「と、とっても強くて…なんでもこなせて、頭がとっても、良くて…厳しいけど、たまに優しかったんです」
思い出したように語る、目元を覆ったフィーリアの手の隙間から、流れ出た涙が地面に落ちる。
「その…あたまが良い姉は、お前の話を聞かずに…ナイフを投げつけてくるような、奴…だったか?」
息をするのが苦しい。言葉を伝えることが、辛い。それでも伝えなければならない。…彼女が彼女であるためには。
「ぃぇ…いいえ。お姉ちゃんは、そんな人じゃ、ありませんでした…」
「そうだ、お前の姉は…ただ、愛する者を失って、正気じゃないだけだ。いちどなぐって、やれば…きっと……」
彼女の頭に手を置く。体は限界を迎えていて…最早無意識の中であった。彼は言葉を終えると、そのまま瞳を閉じた。
「か、灰様…?灰様!大丈夫ですか!?灰様!!」
灰の言葉に、僅かな希望を見出した彼女が見たのは、眠るように瞳を閉じ、力無く腕を落とした彼の姿だった。
フィーリアが彼を揺さぶっても、まるで起きる様子はない。
「お、おいっ、灰…?まさかあいつ、毒を…!?速く救援を呼ばねぇと…!」
紅の言葉に耳を疑った。フィーリアはしかし目を開き、直ぐに立ち上がると、行動を開始した。自分の主人を…彼を救う為に。
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