第2話
目を覚ますと、頭に違和感を覚えた。その瞬間に反射的に飛び起き、頭の違和感の正体に触れる。…コードが其処彼処に伸びたヘルメットのような物が、頭に被せられていた。
「…はぁ、驚かせないでくれ」
「悪い悪い、速いほうがいいだろうと思ったんだ」
起きたのは昼の12時頃。脳に魔術書の言語を叩き込む、所謂睡眠学習が勝手に行われていた。…つまり、魔道書を読めるようにしてくれた、ということなのだが。
…洗脳とかそういう類ではないと、100%信じたわけではないが…過ぎたことを言ってもしょうがない。なんとか割り切ることにした。
通貨は何故か同じだった。…札になってる偉人が、この世界にもいたということなのか…?持ち物は通学用のリュックサックに入れることにした。…といっても、中には魔道書一冊と適当な物しか入ってないのだが。
「んじゃ、行くぞ」
玄関で靴を履く。今日の彼の服はフィーリアが用意してくれた。サイズが合っていたのは…長年のメイドの経験か、それとも…。
フィーリアは家事があるのだろう、玄関に来てわざわざ見送ってくれる。
「ああ…いってきます」
「はいっ!いってらっしゃいませ!」
誰かに見送られながら家を出る…そんなことも久々で、そもそも、朝食を食べる時のいただきますや、今のいってきます、が何となく…胸にくるものがあった。
自問する
…もし俺の見た目が…いや、俺が、北神仁じゃなかったら…2人は、今のように接してくれていたのだろうか。
負の囁きが聞こえる。…別にいいじゃないか、利用出来るものは利用して。そこに引っかかるものがあるとしたっても。
…それでも、嫌だった。2人を責めても仕方がない…いや、寧ろ感謝こそすれ、そんなことはしてはいけないししない。例えばこの世界の仁が好きだから、いい奴だったから…俺をも助けてくれる。紅はそうではないと言ってくれた。…それでも、本当に?と聞き返したかった。
…違う。この世界の仁と自分は違う。周りに好かれてて、実力もあって、誰かの為に死ねた。…そんな奴と俺を同一視するわけない。…そうであってほしい。
自分勝手な悩みに溜息が漏れた。
灰に声を掛けようとして、止めた。…何か、考え込んでいるらしかったからだ。それも…暗い類の。
自答する
本当に同一視していないか。…正直見た目だけで言うなら、出会ったばかりの時の仁と瓜二つだった。鍛錬で成長していった顔つき、体つき、目、雰囲気…灰と違う所は幾つもある。それでも…つい、余計に助けてしまう。もし灰が仁じゃなかったら、もう少し世界の話を疑ったかもしれない。最低限助けはしたであろうが…メイドをつける、家一軒そのまま投げ渡す、何てこともしなかったかもしれない。別人…そう割り切れているか?別人として扱うのは当たり前だ。似ているというだけで、違う…。そう、彼は…厳密には違うが、そっくりさんというだけなのだから。
…例えば自分の子供が過去亡くなったとして、それによく似た子が居たら…自然と目で追ってしまうだろう?困っていたら、助けてしまうだろう?
贔屓してしまうのは…仕方ないんじゃないだろうか?
士官学校に着き、いくつか案内された。その中でも彼が興味を持ったのは…魔道書図書室と、修練場。
周りの好奇の視線を我慢した甲斐はあったようだ。
「折角だ、少しやってくか?」
未知の技術で作られたその石造りの修練場は、部屋のそこかしこに魔法陣が描かれていて…何かしらの仕掛けがあることは明白だった。
「だが…事故で怪我させるかもしれないし…」
壁に立てかけられた幾つもの武器達を舐め回すように眺める。大剣、片手剣、ナイフ、銃剣、日本刀、槍、鉈、斧、鎖、杖、ナックル、弓、ハンドガン、マシンガン、ライフル…どれも、使ってみたい。
…ずっと憧れだった。それを使って、命のやり取りをすることが。
「俺がそんなに弱いとでも?…あいつが俺に刀を届かせられたのは、稽古をつけてやってから1年後だ」
左の角を指差してそう笑う。良く見るとそこには一本の、剣で切られたような傷があった。
紅は、腰に携えた二本の紅色のナイフを取り出し、やる気のなさそうに構えた。…だが、本当にやる気が無いわけではないことは、雰囲気で解る。そういう構えなのだろう。
…つくづく見た目と合っていない。
「お前は…どの武器を使う?」
「…仁はどれを?」
なんとなく気になったので尋ねる。
「…さぁ。…取り敢えずどれか選べよ」
答えてはくれないらしい。暫く悩んだ末…ボソリと呟いた。
「…全部、とか。…そんな器用な真似、出来ないか」
結果選んだのは、ナイフと日本刀。抜刀術に興味があったのだが…流石に素人にそんな真似が出来るわけもない為、鞘に付いた紐をズボンに結び付け、ゆっくりと抜刀した。
右手に抜き身の日本刀を、左手にはナイフを逆手に持ち…腰を落としもせずに、足を2度、タップのように地面と鳴らし、足が動くのを確認、心の中でリズムを取り出した。
「…行くぞ」
「来い!」
駆け出した彼は紅に刀を振り下ろす。紅はそれを最低限の動きでひらりとかわし一歩踏み込むと、彼の胴体に右足で蹴りを打ち込んだ。
盛大に吹き飛ばされた彼は右手の刀を落としながらも、壁に激突する寸前、地面になんとか足を着き踏ん張った。
「っう…」
「へぇ…耐えるじゃねぇか。太刀筋は余計な動作ばかりだったけど」
彼は左手のナイフを右手に持ち替え、壁に立てかけられた槍を左手に持った。
そしてまた駆け出し、ぶつかる寸前、ナイフを投げ付けた。
紅はその投げられたナイフを、ナイフを持った右手の小指と薬指で当たる寸前にキャッチし、それを彼に投げ返した。
両手に槍を持った彼は、頬を掠めたナイフに目もくれず、槍を薙ぎ払うように振るった。
「へぇっ…!」
それを左手のナイフで受け止める。一歩灰は後ろへ飛ぶと、双刃剣のように槍の中央を持ち、短いリーチで連続攻撃に出た。まるで力の入っていないそれらを受けながら、紅は彼の足さばきに注視していた。
…面白い。
それらの攻撃を全て受け止めながら、紅はノーモーションで、さながら落とし穴に落ちたかのように体を落とすと、落ちながらに足払いを掛ける。
彼もまた、ノーモーション…とはいかないが、最低限の動作で、後ろに跳んだ。しかし一歩遅かったらしく、脚先がぶつかり、バランスを少し崩しながらの着地となった。
「お前…中々面白い戦いをするな。…重心がふらふらというか、可笑しなステップで動いてる。さっきの足払いを避けられたのは驚いた」
「はぁ…はぁ…っ。あれは偶然、重心が後ろよりになってただけだ。それに、んな馬鹿みたいなステップが出来るのは、あんたが攻撃してこないって解ってるからだ」
攻撃してこないただの的に向けて武器を振るうぐらい、誰だってできる。…問題は、それを恐怖心無く行えるか、だろう。
頬を伝う血を拭い、息を整える。
「ダンスでもやってたのか?」
「いや、適当に遊んでただけだ」
息の切れた様子もなく、ナイフをボールのように投げる紅は、少し嬉しそうだった。
…笑ってるやがる。…楽しいんだ。
武器の所持が禁止された、魔法もない、退屈な世界。…そんな所にいた彼が、息を切らしながらも笑っている。
…それは多分、異常な事なのかもしれないけれど…楽しいと感じてるなら。
「よっし!トコトンやるぞ!!今度はこっちの攻撃を防いでみな!!」
そう言うと紅はナイフを構え…彼が瞬きした次の瞬間には、目の前を真紅が染めていた。
「か、灰様…?紅様…?」
制服に身を包んだフィーリアが修練場の扉を開き、恐る恐るといった様子で中に入ってきた。
「ん?どうしたんだ?」
「…ぜぇ…ぜぇ…っふぅ…」
修練場中央で、腰に手をやり灰を見下ろす紅と、細身の銃剣を地面に突き刺し、体をなんとか支えつつも膝をついた灰。一瞬驚いたフィーリアだったが、察したらしい。
「お、お弁当をお渡しするのを忘れてしまって…」
「別に灰は学校に通う訳じゃない。それに学食だってあるだろ…」
あっ…そうでした…。と溜息を吐きながら肩を落とす。紅は携帯端末を確認すると
「っと…少し遊び過ぎたらしい。フィーリア、後はよろしく。俺は仕事だ」
んじゃな、と一方的に告げ、紅は早歩きで修練場を出て行こうとして、ピクリと立ち止まった。
「ああそうだ、灰!もし戦い方を習いたいんなら、フィーリアに頼みな!こいつ、ナイフの腕なら俺よりも強いぞ」
最後に爆弾発言を残して、今度こそ紅は去っていった。
「…その制服は?」
フィーリアが用意してくれたスポーツドリンクを一気に飲む。運動後の冷たい物は体に悪いらしいが…そんなことを気にしてられる程お利口さんではなかった。
「これ、ですか?実は私、ここの学生なんですよ」
袖を掴み、見せびらかすようにしてくれるフィーリア。似合ってるよ、とか、メイド服もいいけどそっちもいいね、とか、掛けてあげるべきなのかもしれないが…彼はそんなことを言う度胸もないし、そう言ってる自分が、相手に良く映るはずがないと、心に叩きつけていた。
「この学校は実力主義ですから…テストの点数と実技が出来てたら、無理に登校しなくていいんです。メイドの仕事がありますので、私はクラスの人達の名前も知りません」
それは…羨ましい。俺の方でもそうしてくれないだろうか。
大して気にした様子もなさそうに告げたのは、おそらく彼女にとって、メイドであることの方が重要なのだろう。
「士官学校に入ったのは、高校卒業、っていう学歴が欲しかったからで…姉さんも一緒でしたから…」
姉もいるらしい。姉がいるからという理由で高校を選ぶぐらいには、姉を慕っているんだろう。
…彼にとって、姉という存在は決して良い物ではないのだが。
「…そうまでして、なんでメイドに?」
…金に困ってるとかだろうか?
「楽しいからです!」
即答だった。
…全く逆のことを考えていた自分が悲しい。
よくぞ聞いてくれました、と、フィーリアの輝く瞳と、立った耳、ぶんぶんと存在を主張する尻尾が語っていた。
「昔から、よくお家でお母さんの手伝いをしてたんです。帰ってきた時にお父さんが笑顔を見せてくれると、お母さんは凄いなって…。それから、お母さんみたいに…その人が帰ってきたいと思える場所を作りたいって思って…だから、メイドになったんです」
目を瞑り幼少時代を思い出して…懐かしい過去の光にフィーリアは1人、笑みを零した。
「…そうか」
…心が渇くのを感じた。彼女と俺は…別の次元に居た。
ゆっくりと立ち上がると、剣を壁掛けに戻す。
「ここってシャワーとか付いてる?」
「あっ、はい。ここの真横です」
「解った。…汗びっしょりだから、一旦浴びてくる。出たら弁当、一緒に食おうか」
「
あっまた…と照れくさそうに微笑みを浮かべるフィーリアに、本当に小さな笑みを返し、彼は修練場を後にした。
シャワーから出た後は、フィーリアが用意してくれた士官学校の制服に身を包み、弁当を食べた後、図書室へ。
「ひたすら戦うのもいいですが、
頷く。魔道書は持参していた為それを引っ張り出し、イヤホンをスマホに差し込んだ。
「…音楽を聴きながら読むのですか?」
「ああ、そうしようかと…。なんか不味かった?」
「ああいえ、仁様は、静かな、物音の一切ない場所でじゃないと読めませんでしたから…」
フィーリアは興味深げにそう答えた。たまに崩れる敬語がなんとなく…彼を安心させる。
「へぇ…。そういえば、どうする?何か読むのか?」
「一応、今やらなければならない家事は全て終わっていますが…何かご希望がありましたら承りますよ?」
「いや、好きにしてくれてていいよ。…というか…」
俺が、フィーリアを雇ってる…といっていいのだろうか?
金は恐らく仁の物から出ているのだろう。それを俺が勝手に使ってるだけで…もし彼女が辞めたいと言えば、引き止める権利などありはしない。寧ろいままでなぜ尽くしてくれたんだ?と聞きたいぐらいだ。
疑問符を浮かべるフィーリアに、なんでもないとだけ。
授業中なのだろう、誰もいない図書室からフィーリアが、では失礼しますね、と出て行こうと踵を返す。
「…なぁ」
なんて声を掛けたものか迷った末、少し詰まった可笑しな声が出てしまった。
「はい、えっと…どうかしましたか?」
何も気にした様子もなく振り返ったフィーリアは、首を傾げて言葉を待つ。垂れた耳がどことなく忠犬の様である。
「…ありがとう。色々と、さ…。…それだけなんだけど」
何処か…繕い切れない“心”を抱えながらも、彼は何とかそう、本心からの礼を告げた。教師に対しても、アザッス、というようにかつては言っていた覚えがあり…ちゃんとした言葉で、本心で、そう告げたのは本当に懐かしかった。
…それでも言わなきゃいけないような気がしたんだ。何もロクなものを持たずに来たこの世界で、俺が出来るのは限りなく少ないから。俺は…優しくされたなら優しくしかえしてやりたい。優しくしたなら返して欲しい。
言わなきゃいけない…いや、違う。言いたかったんだと、思う。
「ぇ…ぁの…ぇ、えっと…」
赤く染まった頬を両手で隠し、嬉しそうに、また照れ臭そうに体を波立つように揺らす。尾の動きと相まったそれは、彼女の跳ね回る心を表していた。
「ぁ、ありがとう、ございます…!わ、私…ぁの、えっと…し、幸せです!!」
他に今の気持ちを言い表す上手い言葉が思い浮かばなかったのか、頬を隠した手を外し、フィーリアは半ば叫ぶようにそう気持ちを伝えた。
彼女の反応に、今度は灰が驚く番で、口元を片手で隠す彼は、少し違った着眼点で、驚いた。
…俺はまだ、ちゃんとーー。
その様子に気付き、また自分が言ったことにも気付いたのか、あわわわわと再び目を見開き、フィーリアは両手で、彼と同じように口元を隠した。
「ぃ、いってきますっ」
逃げるように走り去るフィーリアはアスリート顔負けの速さであった。しかし扉の前で盛大に転んでしまい、尻餅をついた後、恥ずかしさに悶えるように顔を隠して首をぶんぶんと振る。 その間もはしゃぎ回る尻尾の様子は、彼の心を魅了した。
…触ってみたいな、あれ。
あまりの恥ずかしさで振り向けないのであろう彼女は、しかしすぐ立ち上がると、そのまま図書室から出て行った。
…褒められることに慣れていないのだろうか。それもあるかもしれないが…どちらかというと、今現在何もしてないのに、急に褒められるとは思わなかったからだろう。
…まさか自分がこんな暴挙に出るとは思わなかった。自分で自分を辱めて…正気か。
その割には顔を赤らめもしていない彼だったが、フィーリアの反応に少し反省した。
それでも…言って良かったと思う。まさかあんなに反応されるとは思わなかったが…あれを見れただけ、価値があったんじゃないか、と自分をなんとか納得させた。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
…切り替えろ。お前は、強くならなきゃならない。命を狙われたんだぞ。そして、あの世界に帰ったなら…次はもっと刺客も強くなる筈だ。今回みたいに別の世界に逃げられるとは限らないんだ。…それに…そう。どれだけ口が強くなろうと、理不尽な力には勝てない。その理不尽をやっと、打開できそうなんだ。
耳につけたイヤホンから音楽を流し始め、彼はビートの中、自身の可能性を探し始めた。
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