水無月ことね編⑥ 愛の惑星破壊砲! 感謝するぜ、✞KOTONE✞さんに出会えたこれまでのすべてに!!
俺の日常はいつだって同じことの繰り返しだった。暇が出来る度に自宅でゲームをやるか、海堂とゲーセンへ赴く。それはそれで悪くはない。だがどうにも退屈で、未来に明確な希望の見えぬ不安な日々であった。
しかし、そんな俺の前にことねが現れた。ことねと知り合い毎日が刺激的になった。部活を始め、文化祭で演奏したり、彼女と付き合うまでの仲に発展させようという目標が生まれ、日々が輝きはじめた。
俺はことねに救われたのだ。
だが彼女の方はどうだろう。軽音部を辞め、一度は希望を失いかけた学園生活。俺は彼女の毎日に光を投じることが出来ているのだろうか。
その日の放課後に部室を訪れると、中から見知らぬ女生徒の集団が出てきた。
ネクタイの色から察するに、三年だ。
いったい三年がなんの用なのだろうか。
「貴方、第二軽音部の一年?」
真ん中に位置するリーダー格らしき女が、冷ややかな視線を投げかけた。
声色に秘められた攻撃性に、俺は身構える。
「そうですけど?」
「なら貴方からも水無月さんを説得してくれない? たいした実力もなく逃げ出した臆病もののくせに、軽音部の名前を穢すようなことはやめてくれって」
「先輩達はもしかして、第一軽音部の?」
「第一?」
女生徒達が眉をひそめる。
「軽音部はうちらのとこだけよ。勝手に第一第二なんてつけないで」
いやあんたも第二とか言ってたやん――とは口にしない。
彼女は、ふん、と鼻を鳴らすと俺を追い越していく。すれ違い様に、「音痴のくせに」と毒を吐いた。
俺は後を追いかけて、ギターの実力なら負けません、と言い返そうとした。
しかし、そんなことをしても何の意味もないことに気付き、踏みとどまった。
それよりも気になることがあった。
貴方からも――と彼女達は言っていた。
彼女達が先にことねに何かをした?
心配になって中に入ると、ことねが窓の外を眺めながら立っていた。
「ことね……」
声をかけると、振り返る。目元を指で拭ってから、満面の笑みを浮かべる。
「今日も練習、がんばろっか」
ギターケースを拾い上げ、極めて明るく言い放つ。胸が痛んだ。
ことねは無理をしている。軽音部の奴らに何かを言われたのは間違いない。本当は辛いのに、自分の弱い部分を見せまいと気張っているのだ。
しかし、手が震えている。
ギターを取り出し弾き始めるが、どこか演奏がぎこちない。
「あっれ、おかしいわね。今日は調子が悪いのかな。あはは……」
ギターを足元に置き、おどけて笑う。
俺はたまらず、彼女を正面から抱きしめた。
「わっ。いきなり何すんのよ」
俺の腕から逃れようともがく。しかし、俺はぎゅっと腕に力を込め、彼女の温もりを味わった。胸と胸が重なりあって、彼女の早い鼓動が感じられる。
「もう。暑いでしょ。離しなさいよ」
少し、怒っているようだ。だが、本気の抵抗は感じられない。
一応は心をひらいてくれているようだ。
それでも、弱みまでは見せてくれない。
それとも、見せることに慣れていないのか。
だとしたら、悲しすぎる。
黒宮は言っていた。
――私ではあいつの力にはなりきれない。
同性で親友であるらしい黒宮にさえ、頼らない心の強さ。だがそれは頼ることの出来ない弱さとも取れる。
黒宮に出来ないことが俺に出来るのか?
わからない。けれど、諦めたくはない。
「俺は……無力なのかもしれない。君のために何ができるのかもわからない。だけど……ごめん……。それでも、君と同じ距離にいさせてくれ、ことね……」
気づいたら俺は泣いていた。彼女の頭を見下ろしながら、涙を滝のように流していた。
ことねが俺の胸を押して、距離を取る。
ギョッとしたように、瞳を大きくさせた。
「ば、ばかね! なんであんたが泣くのよ」
「君が泣かないから。涙をため続けたら、いつか心が壊れちゃう。俺は、それが怖いんだ」
「……ばか」
「ごめん、でも、俺はことねに救われたんだ。何もなかった退屈な日常を刺激的にしてくれた。だから、今度は俺が助けになりたいんだ」
「……そう、なんだ」
「……ことね。なんだっていい。全部とは言わない。少しでもいいんだ。だから、俺を……俺を頼ってくれ!」
「…………じゃあ、一つだけ、お願い、聞いてくれる?」
「……ああ!」
「………………胸、貸して?」
俺が頷くと、今度はことねの方から抱きついてきた。俺の胸に顔をうずめ、声を殺して泣きはじめる。
震える彼女の小さな小さな肩に、両手を置いた。
しばらく泣いて落ち着いたのか、
「気分転換に外で演奏しない?」
とことねが提案した。その瞬間、俺はある妙案を思いつき、先にトイレに行かせてくれと言った。個室に駆け込むなり携帯端末を出し、愛すべきバカに電話をかける。
俺たちは駅前の広場に移動し、ギターを奏でた。
俺の演奏はまだまだ稚拙であったが、ことねがうまくリードするように弾いてくれたので、いくらかいつもより上手く出来ている気がする。
初めて人前で奏でたにしては上出来だろう。
いつしか広場には人集りができていた。
大半が同年代か大学生くらいの男で、ゲーセンで見たような顔もちらほらあった。
「すげー! ✞KOTONE✞さん、モノホンのギターも弾けるんすか!」
「もまいら全員集合! ✞KOTONE✞さんの路上ライブだお!」
男どもは歓声を上げ、仲間を呼び込み、騒ぎにつられた買い物帰りの主婦や学生をも巻き込み、観客は増えていく。
「ことね。お前にはこんなに応援してくれる人達がいる。何を言われたのか知らないけど、軽音部の奴らなんて気にすることないぞ!」
「うん!」
「ところでもっと盛り上げる方法があるんだが、やってみたいか?」
「なに?」
「海堂!」
俺が指を鳴らすと、背後の木から海堂が飛び降りる。
「呼ばれて飛び出てなんとやらってな。相棒、注文のコレクションお届けつかまつったぜ」
子供一人くらい余裕で入りそうな赤いトランクケースを掲げて言う。
俺はケースを開けると、観客達に向かって叫んだ。
「ここにいろんな衣装がある! みんながことねに着てほしいと思う衣装を選んでくれたら、それを着て演奏する! 勿論生着替えだ! とはいえ、布で更衣室を作るけどな!」
「うおおおおおおおおおお」
「エンペラータイムキター」
「感謝するぜ。✞KOTONE✞さんに出会えたこれまでのすべてに」
予想通り、広場が湧く。
ことねは急な展開についていけず、目をパチクリとさせている。
「ことね、やれるか? 正直、結構恥ずかしいかもしれない」
男どもがケースの中を漁る。それはもう、バーゲンに駆けつけた主婦達のごとく満腔の期待を持って飛びついていく。
ようやく理解が追いついたのか、ことねが親指を立てた。
「私を誰だと思ってんのよ。未来の超有名ミュージシャンよ?」
「さすが! そうこなくっちゃな!」
俺は男どもの指揮を取り、多数決によって上下それぞの衣装を決定させた。そうして選び出された衣装を渡し、カーテンで遮ったスペースにてことねを着替えさせる。
果たして、彼女がカーテンから出てくると拍手と口笛が嵐のように巻き起こった。
上は紺のスク水。下は制服のスカート(無改造)と黒のニーソ。頭にはうさ耳。そして、赤いネクタイ。
カシャカシャとシャッター音まで混じりはじめる。
これはもう、アイドルと言っても過言ではない。事実、彼らにとってことねは女神のような存在なのだろう。
ここまで崇拝されていれば、多少歌が下手だろうと問題にはならない。
ことねは恥ずかしそうにスカートを抑えていたが、俺がギターを渡すと、意を決し頷いた。
「レディースアーンドジェントルメーン! これより✞KOTONE✞による銀がギリギリぶっちぎりのすげえライブを開始する!」
会場が沸く。ことねが俺を見る。
「あれを歌ってみようと思うんだけど、どうかな?」
「あれをか。いいんじゃないか?」
俺が頷き返す。
「みんな! 私達のオリジナル曲を聴いて! 『愛の惑星破壊砲』! いっくぴょーん」
ことねが片手を突き上げ、飛び跳ねた。うさ耳が揺れる。
お祭り騒ぎの広場の中央で、俺たちは歌って弾いた。海堂もコレクションを貸したかいがあったと喜んでくれた。
余談だが、広場での演奏は誰かが撮影し、動画投稿サイトに上げたらしい。調べてみると、ランキングの音楽部門でなんと三十位に位置していた。その後もツイッターやまとめブログで拡散され、俺達の演奏は話題を集めた。
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