水無月ことね編④ ✞KOTONE✞――神を裁く追放者
「ちょっとゲーセン寄っていい?」
放課後の帰り道、ことねが言った。
俺とことねの行きつけはどうやら同じ店らしく、つまりは海堂がよく出没店でもある。俺はゲーセンに足を踏み入れるなり、周囲を警戒し首を忙しくさせる。
考えてみれば、アーケードゲームは二階で、一部の音ゲーは一階の入口付近にあるのだ。そして、ことねの目的であるギターのゲームはその一階にあるやつだ。出くわす危険はなかろう。
ことねが筐体の前に立つと、周囲に男達が集まってくる。
「おお、✞KOTONE✞さんだ!」
「我らの愛すべき姫様がプレイなされるぞ!」
「本物の音楽がここにある!」
早くも拍手が巻き起こる。
「凄い人気なんだな」
「まーね。はい、これ、持ってて」
ことねがスクールバッグを俺に押し付ける。
「今日は男連れか」
「くそう、誰なんだあいつは」
「このロリコンめえええーーッ!!」
男どもが俺を睨む。
俺はロリコンじゃない。百歩譲ってそうだったとしても、それはお前らも同じだろう。
と言い返す度胸もなく、俺は嫉妬の目線を黙って浴びる。
そう、これは嫉妬なのだ。そう思えば悪くはない。
「いくわよ!」
ゲームが始まった。
相変わらずの指さばき。アップテンポの洋楽に合わせ、ギターの音がガンガン響く。男どもが何やら叫ぶ。コールというやつだろうか。やたらとテンションが高く、なんだか暑苦しい。曲にあってなくないか? と思ったけれども、口にはしない。
結局、ことねは三曲違う曲をプレイしそのどれもがハイスコアという脅威の実力を見せつけ、場を歓声で震わせた。
サインプリーズ、アクーシュプリーズ、ハッピーサンキューモアプリーズというファン達の要求を華麗にスルーし、俺の前に戻る。
「いいのか? サインしてやらなくて」
「いいのよ。未来の天才ギターリストは安々とサインしないの」
「じゃあ俺がサインくれって言ってもだめか?」
「だめよ。だってあんたは未来の相方よ? 横に立っていてくれないと、背中を任せられないじゃない?」
「そうだったな」
「もう、しっかりしなさいよね!」
俺の背を思いっきり叩く。
ことねがクレーンゲームのあるところまで抜けると、男達は諦めたのかサッと散った。毎度の流れなのだろう。訓練されている。
「なんかやりたいのある?」
「そうだなあ」
いつものアーケードゲームは海堂に出くわす危険がある。せっかく女の子と一緒なのだ。邪魔されたくはない。
ふと俺の目に、プリクラのブースが止まった。
あれなら合法的に距離を近づけるし、記念にも出来る。
「プリパラとかどうだ?」
「あんたそんな趣味あったの?」
「おっと間違えた。プリクラだ」
「プリクラぁ?」
「ああ。せっかくだしな。チーム結成記念に、な?」
「ふうん。あんたにしてはイイコト言うじゃない?」
「だろ?」
中に入ると、ことねが落ち着きなく辺りを見渡す。
「へー、こうなってたんだ」
「なんだ、はじめてか?」
「はじめてよ。音ゲーしかしてこなかったから」
「なるほど。このマシンはな、こういうことも出来るんだぜ?」
俺はコインを入れ、胸のサイズに補正をかける機能を使って見せた。ことねのまっ平らな胸が、少しずつ膨らんでいく。
「殺されたいらしいわね」
「ははは、よせよことね。ただのジョークじゃないか」
目つきを鋭くさせることねであったが、撮影は胸を若干大きくさせた状態で行われた。ことねは右目を手で隠すという、邪気眼でも持っていそうなポーズを取った。シールに血のように赤黒い文字で、『The banishment person who judges God』とも書いた。『神を裁く追放者』という意味らしい。中二だ。
それから俺達はファミレスを訪れた。
「へー、期間限定のカップル限定超特大パフェね。美味しそう。あんた、ちょっと彼氏のフリしてなさいよ」
「え? いいけど……」
ことねがパフェを注文し、運ばれてきたソイツのバケツサイズに、俺は腰を抜かした。
「ただいま”キュンキュン無料撮影サービス”も行わっておりますがいかがでしょうか? 彼女さんが食べさせているキュンキュンなシーンを、こちらで用意したデジカメで撮影し、写真にしてお渡しするというキュンキュンなサービスです」
キュンキュン言いすぎだろ。
俺が心のなかで突っ込んでいると、
「そうね、お願いするわ」
なんとしたことか、ことねがサービスを頼みやがる!
「お、おい……」
「バカ。疑われるでしょう。察しなさいよ」
正面に座すことねが、テーブルに身を乗り出して耳打ちする。
ウエイトレスがデジカメを取り出し、さあ、と促す。ことねはスプーンでそっとアイスをすくい、「あーん」と笑顔で差し出す。そんな笑顔普段魅せないくせに、ネコをかぶるのはうまい。
「あ、あー……」
俺は上目遣い気味のことねを見る。片手をテーブルに付き、身体を前に出しているせいか、ワイシャツの胸元の隙間がよく伺える。貧乳は見えやすいというが、本当だ。ああ、桃色のキュートな突起物が二つ、こんにちはと顔を魅せている。
「早くくわえなさいよ。私だって恥ずかしんだからね!」
「お、おう」
もっと眺めていたかったが、致し方ない。スプーンをしゃぶる。
パシャリ。その瞬間が撮られた。
「では印刷してきますので」
店員が引っ込むと、ことねが素早く身を引っ込め、パクパクとパフェを食べ始めた。それはもうすごい勢いで。
「あのー、ことねさん?」
「なによ?」
「俺の分は?」
「半分だけ残してあげるわよ」
「さっきみたいにあーんは?」
「あるわけないでしょ、ばーか」
「ええー、そりゃないぜ」
俺がわざとらしく肩をすくめると、
「はい、ダーリン」
とアイスの乗ったスプーンを向ける。
店員が恥ずかしい写真を二枚持って、戻ってきたのだ。
なるほど、店員の前では彼女でいたいらしい。
「あむっ」
俺は勢い良くスプーンをくわえると、そのまま口で引っ張って彼女の手から奪い取った。
「今度は俺の番だな?」
ニヤリと笑い、あーんをし返す。
店員が俺達のテーブルの前に立つ。
ことねが悔しそうに俺を睨んでから、口を開けた。迷わずスプーンを挿入する。
「んぐっ」
あまりの冷たさに、目を細めることね。さっきまでがっついていたくせに。
「ほらほらハニー、もう一口いっとこうぜー?」
俺は次のアイスを充填する。
ことねは店員から写真を受け取ると、双方とも自分のバッグに突っ込んだ。そして、どうだと言わんばかりにない胸を張る。くそう。
「あんたに渡したら見せびらかしそうだからね」
店員が去る。
ことねはスプーンまでも奪い取ると、再びパフェにがっつく。パフェはみるみるうちに減っていく。
小さな身体のどこにそんな胃袋が!
「ちょっ、ストップだことね。俺の分が無くなる」
ことねのスプーンは止まらない。
「なあ、頼むから話を聴いてくれって」
下手に出る俺。しかしながら、非道にも彼女は超特大パフェを完食した。
「良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっち聴きたい?」
「どっちもだ」
「どっちも同じなんだけどね。パフェ代、あんた持ちね!」
「ええっ」
「こんな可愛い子に奢ってあげられるんだから、本望でしょ」
どうやら本気で怒ったらしい。
そう言いつつも、ことねはプリクラのシールを嬉しそうにギターケースに貼る。
ああ、ツンデレさんなんだなあ、と俺は相好を崩し財布を出した。
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