第三章 世界線γ ✞KOTONE✞

水無月ことね編① 俺も昨夜ロリで妄想しまくって画面舐めまくった



 その日も俺は海堂と共にゲーセンに足を運んでいた。

「相棒、俺は思う。ゲーセンでカップ麺を売れば儲かるんじゃないかと」

「衛生法だかなんだかに引っかかるんじゃないのか?」

「お菓子やアイスはいいのにか!」

 格ゲーのレバーをたくみに操りながら、海堂が文句をたれる。

 まあでも確かに、ゲーセンで気軽にメシが食えたら便利だよなあ、とは思う。

 強烈な多段ヒットの必殺技が決まり、”KO”という無慈悲な文字のバックで、俺の操作キャラがくるくると宙を舞う。

 今日も海堂には勝てなかった。帰ったら特訓だ。

「そろそろメシにしようぜ、相棒」

「勝ち逃げか?」

「腹が減っては戦はできぬってな。戦士たちの休息だ」


 俺たちは階段を降り、一階に出た。

 ふと視界の端に人集りを見つける。なにやら盛り上がっている。

 気になってよっていってみると、ギターを模した音ゲーがある。

「へえ。凄いな。小学生か? にしては凄い。日本のイングヴェイ・マルムスティーンだな」

 海堂が感心したように言うが、音ゲーには疎い俺は、よくわからない。イングなんとかが誰なのかも知らん。

 しかしながら、それでもなんとなく凄いのは理解出来る。

 白いパーカーのフードを被ったソイツは巧みにギターを操り、観客達をわかせている。彼女の激しい動きに合わせ、紺の二段重ねのミニスカートが揺れる揺れる。良からぬモノまで見えそうで、思わず目に力が入る。

 スカートには銀色の細いチェーンが垂れていて、先端には十字架が取り付けられている。中二か。

 やがてゲームが終わり、ハイスコアを示す表示が出ると、少女は細く白い右手を天井へ突き挙げた。

 瞬間、拍手喝采。ビューティホー、ワンダホーと賞賛の声が飛び交う。アメリカか。

 まるでヒーローのようだな、と俺は思った。

 ヒーローは振り返った。蒼く宝石のように透き通る瞳が、一瞬俺をとらえた。

 ロリコンではないはずだが、不覚にも胸の小人さんが飛び跳ねた。

 彼女は人集りをかき分け、なぜだか不機嫌そうな表情を浮かべたまま外へと出て行った。

「見たか!」

 と海堂。

「いや。何色だった?」

「黒の紐パンだ――ってそっちじゃない」

「ひ、紐パン……だと?」

「嘘だ。パンツは見えてない。じゃなく、ワイシャツの胸ポケットの紋章だ。それと赤いネクタイ。うちの学校の二年だ」

「そうか先輩か。……先輩? よ、幼女じゃなかったのか!」

「あ、相棒……幼女だと思ってパンツの色を聞いたのか?」

「……引いたか?」

「まさか! 俺も昨夜ロリで妄想しまくって画面舐めまくった」

「うっわー引くわー」

「おいっ」

 海堂が俺の肩を叩いてつっこむ。

 遥か年下だと思っていたが、年上なら話は別だ。

 ドキリとしてもロリコンには含まれない。俺は海堂とは違う。

 見た目が幼い? そんなの関係ない。だって年上だもの。俺はロリコンではない。可愛いと思ったけど断じてロリコンではない。

「海堂! 俺は決めた! 決めたぞ! 生きてあの娘と添い遂げる!」

「そうか! 通報されないよう頑張れ小隊長!」



 翌日、俺は生徒会長よりも五分早く登校し、二年の下駄箱をこっそり廊下から観察した。

 しかし、愛しのハニーは現れない。

 休み時間になる度に二年のクラスの前をうろうろもしてみた。昼休みには食堂も探した。

 だが、ついぞあの娘を発見出来ないまま、放課後がやってきた。

「あれは幻か? 恋に恋する純情なる男子高校生を惑わす神の悪戯か!」

「落ち着け相棒。神ごときにハイスコアを出せるほど、あれは安いゲームじゃないんだぜ」

 海堂が爽快ビタミンの缶に口をつけながらほざく。

 ちょっとゲームの腕があるからって得意がりやがって。

 あの子がゲームの神だったらどうするのだ。

 神と凡人。

 なるほど釣り合わない。『ロミオとジュリエット』も真っ青なハードルの恋だ。

 俺は悲劇の主人公を気取って、頭上で輝く太陽を仰ぎ見ようとした。

 校舎の窓に、あの娘がいた。

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

「どうした相棒。そんなに早くゲーセンに行きたいか?」

「ゲーセン? そんなものは二の次三の次東海道五十三次だ!」

「ほう。ゲーセンより大事なことがあるとでも?」

「あるさ! いた! いたんだよ海堂! あの娘だ! 俺は行く! 行ってくる!」

「なるほど。ならば派手に散ってこい相棒! 葬式には呼べよ!」

「散らないさ。すぐにいい知らせを持って帰還する! 楽しみにしておけぇ!」

 俺は海堂に親指を立てて見せ、それからミサイルのような勢いで校舎に戻り階段を駆け上がった。

 彼女がいると思われる教室には、第二軽音部と記されたプレートが吊るされていた。

「……だ、第二?」

 我が高校の軽音部はそれなりに実力があって有名らしいが、第二軽音部というのは聞いたことがない。

 あんなにギターがうまいのに何故第二なんてものにいるのか解せないが、まずは行動あるのみだ。

 俺は意を決し、

「やってる?」

 戸を開け暖簾をくぐるような動きで入室した。

 彼女は窓に身を乗り出して、外を見ていた。そのせいか、お尻が持ち上がっていて、黒い下着が見えていた。紐パンではなかったが、実にありがたい。

「なに? あんた誰よ」

 少女が振り返って俺を睨む。

 昨日とは違う黒いパーカーを着ている。背中にはドクロの絵が描かれていた。全開のファスナーの下に着ているワイシャツにもドクロが薄っすらと縫い付けらている。スカートもそうだが、改造制服だ。

 そして、目つきが悪い。不良娘か。

 今日はフードを被っていないため、髪型がわかる。黒髪ポニーテール。髪をまとめているのはやはりドクロのシュシュ。

 正直悪趣味。だが可愛いので問題ナッシング。

「入部したくて来たんですけど」

「なにができんの?」

「なにが、とは?」

「楽器」

「なにも」

「帰って」

「これから手取り足取り教えて頂きたく!」

「帰って」

「ほ、他の部員はどこに?」

「私一人よ。文句ある?」

 彼女は寄ってきて、俺の肩を押す。廊下へ押し出そうとぐいぐい押す。第二ボタンまで開かれたワイシャツの胸元から乳首が顔を出しそうで、俺は息を飲む。

「ほら、帰って。素人には用ないの」

「そう言わず。新入部員は貴重ですよ」

「うちは即戦力を求めてるの!」

「やる気は即戦力級です!」

「意味分かんないから」

 ここで諦めたら試合終了だ。

 俺は引き下がるまいと身体を前に出す。彼女は押しまくる。

 開け放たれた窓からそよぐ、爽やかな夏の風。なびく少女の髪。鼻腔をくすぐる、バニラのような甘い香り。

「いいから帰ってって言ってるでしょ!」

「そこをなんとか!」

 俺は力強く一歩踏み出し、足元の段差に躓いた。

 先に弁解しておくが、わざとではない。不幸な事故であった。

 俺は彼女を押し倒し、左手で彼女の胸を鷲掴みにした。

「ひ、平べったい! まるで板だ!」

「ちょっと……」

 冷ややかな声にぞっとし、恐る恐る彼女から離れる。

 彼女が拳を握りしめる。

「あー、一旦落ち着こうか。コーヒーでも淹れて、ブレイクタイムといこう。オーケー?」

「ノー」

「で、ですよねー」

「殴っていいわよね?」

「…………はい」

 三分後、俺は両鼻にティッシュを詰め込んで、朗報を待つ友の元へと帰還した。


「いい知らせは?」

 と海堂がにやにやする。

「撃沈した」

「なるほどそいつはいい知らせだ。メシウマメシウマ」

 殴ってやろうか、と俺は思った。

 が、その前にやることがあった。

 俺は急用を思い出したと告げ、大急ぎで校舎に戻った。トイレの個室に駆け込み、ズボンを下ろす。

「……………………」

 校庭から聞こえてくるノックの音。野球部員たちの元気な声。

「ふう……」

 俺は急に憂鬱になって、青春とは何かと考え始めたのであった。


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