羽月輝夜編ファイナル 恋の魔法と私だけの王子様
規則正しく並べられた丸型テーブル。各テーブルの傍らには俺達が生まれるよりも前に出たゲームが置かれている。ファミコンと、驚いたことにatari2600である。噂でしか知らないが、なんでも世界初のゲーム会社が家庭用ゲーム機として七十年代に発売したシロモノらしい。
一体どうやってこれだけの数を集めたのだろう。相当なレトゲーマニアが居るとみた。
「これ、『The Angry Video Game Nerd』で紹介されてたやつですよね」
輝夜がフットボールゲームのソフトを手に取り、目を輝かせる。
俺は二人分のハーブティーとチーズケーキを注文する。たまにはオシャレなものを飲むのも悪くなかろう。
まあ、場所はただの教室だけれども。
「ああ、昔のクソゲーをレビューする番組だっけ? ニコ動で見たことあるよ」
「はい。実際に見たのは初めてです。宮原くんもあれ見ていたんですね」
「まあな。『ゲームセンターCX』も好きだよ」
制服の上にエプロンをまとった男子が、テーブルにカップを置いていく。青い紅茶が淹れられた白いティーカップである。なんだか毒々しい色に思われるが、大丈夫なのであろうか。
「趣味、合いますね」
輝夜が照れ笑いし、フォークを手に取った。
まるでお見合いだ。
俺は正面で美味しそうにケーキを食べる彼女を見て、心をときめかせる。
「ずっと夢だったんです」
「夢……?」
俺は紅茶を一口飲み、輝夜を見た。
薄味だが、悪くない味である。
「はい。こういう風に誰かと一緒にゲームをすることが、ずっとずっと……夢だったんです」
「そっか。輝夜ちゃんさえよかったら、これから何回でもゲームをしようよ。もうすぐ夏休みだし、アキバとか巡るのもありなんじゃない?」
「はい。あそこ、レトロゲーも揃ってますよね」
輝夜はテーブルに備えてあった瓶を掴む。透明な瓶には白いラベルが貼られていて、レモンシロップと読める。
そういえばメニューには唐揚げもあったな、と壁に張り出されている一覧表に目をやる。
唐揚げ発見。これでレモンをかけるか否かの戦争ができるわけだ。
「知ってますか? この透き通るように蒼いマロウブルーティーにレモンを加えると、女の子の色に変化するんですよ」
輝夜がシロップを数滴、ハーブティーに落とした。それからフォークでかき混ぜる。すると、色が少しずつピンク色に変化していった。
「へえ。綺麗だね。まるで魔法だよ」
「輝夜にとっては、宮原くんも魔法なんです。輝夜の枯れ果てた心を明るく暖かくさせてくれた、魔法なんです」
「輝夜ちゃん……」
「最近はクラスの女子とも話せるようになってきたんです」
「うん。頑張ってるよね」
「それも、宮原くんのおかげです。感謝してもしきれないです」
「そんなっ。きっかけは与えたかもしれないけど、ここまでこれたのは輝夜ちゃん自身の頑張りだよ。それに、俺だって輝夜ちゃんと一緒にいられて凄く楽しいし、平凡だった毎日が輝きだしたんだ。俺にとっての魔法は輝夜ちゃんだよ。このピンク色は、輝夜ちゃんなんだ」
「……うぅっ。なんか、恥ずかしいです」
「……そう言われると俺も」
なんだか頭が痒くなって、かくかわりに彼女を真似て俺も紅茶を変身させる。
味の方はよくわからない。変わったような、変わっていないような。俺の舌がバカなだけなのかもしれないが。
「……さっきも助けて貰えて、凄く嬉しかったです」
「あのさ!」
「は、はい」
「実を言うとさ、俺は輝夜ちゃんが思っているほど優しくはないんだ。確かに輝夜ちゃんのことを想ってしたよ? でも、でも――それ以上に、下心があったんだ」
「下心――ですか?」
「ああ。最初は一人で無理してる輝夜ちゃんがほっとけないだけだった。でも、いつしか俺は輝夜ちゃんに心魅かれて――。だから小野が好きだって知ってショックだった。輝夜ちゃんに幸せになってほしい反面、小野とくっつかなければいいのにって思ってた。そんなダメな奴なんだ、俺は」
「そんな! ダメじゃないです。ダメじゃないですよ! 輝夜の方こそ、小野くんが好きだって言っておきながら、キスしたいなんて思えなくて! ずっと、ずっと! 宮原くんのことばっかり考えてたんです! だから、輝夜の方がダメな……いえ、すいません。とにかく、自分をそんな風に言わないでください」
「輝夜ちゃん……まさか、輝夜ちゃんにそんな風に言われちゃうなんてね。わかったよ。じゃあ俺も、素直になる」
俺は伏目がちだった目線を上げた。輝夜と目が合った。彼女は視線を逸らさない。俺も負けてはいられない。
「俺は――俺は! 輝夜ちゃんが好きだ! 君の事が好きで好きで仕方ないんだ! でも、それを言えずに、引きずっていた……」
「か、輝夜だって! 今ならわかります! 宮原くんのことが好きなんです!」
「輝夜ちゃん!」
「宮原くん!」
「俺と」「私と」
「「付き合ってください!」」
数瞬、無言のまま見つめ合う。そして同時に吹き出す。
「はははっ。なんだろうな、これ。なんだか変な感じだ……」
「変だし笑えるのに、恥ずかしくって、苦しいです」
「でもそれ以上に、嬉しいよ」
唐突に、輝夜が目からポロポロと大粒の涙を流し始めた。
「あ、あれっ? 輝夜ちゃんっ?」
何か泣かせるような事を言ってしまっただろうか。
慌てて腰を上げると、輝夜が目元を袖で拭い、笑った。
「輝夜も嬉しいんです。嬉しいのに、安心したはずなのにっ……お、おかしいですね。ごめんなさい……」
それでも涙は溢れ続けいる。
俺は椅子に座り直した。
「ううん。いいよ。泣いても。それだけ、俺のことを想ってくれてるんだね?」
「は、はい!」
「じゃあ俺も、泣いてもいいかな? 輝夜ちゃんの胸でさ」
「はい」
「――えっ、冗談のつもりだったんだけど」
「宮原くんの気持ちは冗談なんですか?」
「まさかっ。なら……いいんだね?」
「はい。どうぞ、シンくん」
両手を俺に向けて伸ばす。
ウェルカム、ということだろう。
俺は席を立ち、彼女の横に移動した。
ぎゅっ。
俺は抱きしめられた。彼女の胸が顔に押し付けられる。なんという柔らかさだろうか。
「あったかいです。凄く、凄くあったかいです。心までポカポカです」
「ああ。ほんとだね、輝夜ちゃん。凄く、温かくて、気持ちいい……」
ふと気付くと、視界に海堂が入った。輝夜の背後でいつものニヤケ笑いを浮かべて立っている。
まさかと思い、輝夜から離れて周囲を見渡す。次々と視線が重なり、目をそらされる。
ああ、目立ちまくりだったんじゃないか。
俺ってば恥ずかしい子!
「お熱いのはお好きかい? 相棒」
「ぬおおおなぜ貴様がっ! 水無月さんはどうした!」
「会長さんといるよ」
「ん? おまえら付き合ってたんじゃないのか?」
「まさか。俺は二人をよりくっつけるためのキューピットさ」
「百合展開きましたわーっ」
「というわけでまあなんだ、ごゆっくりな、相棒」
海堂が手をひらひらと揺らして出て行く。
ごゆっくりしたいところであったが、さすがにもうここには居づらい。俺達は早々に紅茶を飲み干し、他の出し物を見て回るという言い訳を口にしながら廊下へと逃げ出した。
日が沈めば後夜祭が始まる。
俺は校庭の中央で燃え盛るキャンプファイヤーを背に、輝夜へと右手を差し伸ばした。
「一曲いかがです? 俺だけのシンデレラ」
「はい。よろしくお願いします。輝夜だけの王子様」
俺達にダンスの心得はない。周囲を気にしながら、ぎこちない動きで周り、スッテプを踏む。ひとしきり汗をかいてから、俺達はよく昼飯を食べていた屋上へと移動した。
「夜風が気持ちいいな」
星空を仰ぎながら、呟く。
「少しだけ、じっとしていてくれますか?」
「え?」
俺は振り向いた。振り向いてしまった。
瞬間、目の前に輝夜の顔。
がちっ。
歯と歯がぶつかった。
俺達は弾かれたように後退り、お互いに口を手で覆った。
今のはまさか――キス?
震える指で自分の唇をなぞる。
一瞬過ぎて味などわからなかったが、やはりキスだろうか。キスっぽい。キスだ。
キスだと?
つまりはファーストキス。記念すべきファーストキス!
それも輝夜と!
「な、ななな、なんでこっち向くんですかっ!」
「だ、だって! 急に、そんなっ!」
「ほ、頬に、ちょっとだけ、するつもりだったのに……」
「ご、ごめん! ならもう一回、もう一回だけキスしてくれ!」
「む、無理です! そんな、恥ずかしい――です……」
輝夜はプルプルと震えながら、右斜め下方に目を逃がす。顔も、耳も真っ赤だ。
「ぐふぅっ」
その仕草があまりに愛くるしくて、俺は鼻血を吹き出した。
「あわわ、み、宮原くんっ!」
「大丈夫、大丈夫だ。キスは、これから、これからゆっくりと段階を踏んでからしよう」
「は、はい。けど、一回しちゃいました。なしには、出来ません……」
「……うん。そうだよね。じゃあさ、今日という日を記念日にしよう」
「記念日……ですか?」
「ああ。文化祭の日で、俺達が付き合った日で、初めてキスをした日。俺と輝夜ちゃんの素敵な素敵な記念日。二人だけのスペシャルデー。毎年この日にお祝いしようよ」
「毎年……ですか?」
「毎年だ」
「はい。約束、ですよ?」
「うん。約束する」
「途中で輝夜を見捨てたら、泣いちゃいますよ?」
「君に悲しみの涙は似合わない。そんなこと、させるもんか」
俺が小指を差し出すと、輝夜がそっと指を絡めてきた。
こうして俺達は硬く硬く愛を誓い合った。
もしもこの世に運命というものがあるのなら、それはこういう出会のことをいうのだろう。
俺は信じてもいない神に感謝し、これからのことを思った。
楽しみなことはいろいろあるが、まずは夏休みである。彼女と過ごす楽しい楽しい夏休み。海に祭りにキャンプにとイベント目白押し。
俺は心の底から幸せを感じていた。
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