羽月輝夜編⑧ フリーザとだって戦えそうだ
可愛い女の子と過ごす、楽しい楽しい文化祭。夏休み。所詮は儚い夢だったのだ。
例年通りじゃないか。
甘い幻想を抱き、幻想が幻想のまま終わることには慣れていたはずじゃないか。
なのにどうしてだろう。布団を被れば涙が溢れてくる。枕に顔を埋めれば身体が震える。
瞼を閉じると浮かび上がる、輝夜の姿。焼きそばを頬張り、お化け屋敷で俺に抱きつき、軽音部のライブに興奮する輝夜の姿。
「だが待て。俺は生まれて初めて女友達というものを得たじゃないか。可愛い可愛い女友達の恋を応援し、男の元へと送り出してやる。実にリア充じみている」
瞼の裏側に、イケメン野郎と腕を組み楽しそうに笑っている輝夜が映り込む。
良かったなあ輝夜。
物陰から見守る俺。俺を指差しストーカー扱いする周囲の奴ら。警察がやってくる。職質を受ける俺。妄想の中ですらこんなんって……段々悲しくなってきた。
「全然リア充じゃないやん」
踏み台だ。むしろ非リア充では?
いやいや、本当に今までの俺だったら踏み台にすらなれなくて――。
だがしかし。ところがどっこい。けれども――。
同じことを何度も考え、結局一睡も出来ないまま朝がやってきた。
文化祭当日の朝である。
「おっす相棒」
教室に入るなりかけられる、バカの挨拶。俺は生返事で応答し、おぼつかない足取りで席についた。
「まだ引きずってるのか。仕方ないな相棒は。ほれ、これやるから元気出せ」
海堂が俺の机の上にUSBメモリを置いた。
「お宝画像の詰め合わせだ」
「サンキュー海堂。重宝するよ」
とてもそんな気にはなれなかったが、感謝をしているのは本当だった。
やがてホームルームが始まり、終わって、俺達は着替えた。男子は燕尾服に、女子はスカート丈の長いメイド服に。俺達のクラスは喫茶店をやるのだ。
「ど、どうですか?」
輝夜は普段よりちょっぴり自信ありげに、だけど不安そうに俺の前でスカートの両端を摘まんで見せた。
「最高だよ。小野が羨ましくなっちゃうね……」
「ホントですか? よかったぁ」
安心したのか、俺に礼を述べて女子の集団へと駆けていく。彼女らは確か、美術部だ。
いつの間にか女子グループにも打ち解けたらしい。
恋をすれば人は変わるものだ。
良くも悪くも。
「そろそろ時間だぜ相棒」
「ああ、わかってるよ」
俺達のクラスの喫茶店は、ほぼメイド喫茶になっていて、厨房や受付などの裏方仕事をこなすのは全て男子の役目になっている。
似合わぬ執事衣装に身を包んだ俺と海堂は、受付で群がる男子どもをさばき、楽園へと送っていく。
ここでも俺は主役ではない。道化というわけだ。
「人生の縮図を見ているようだよ」
俺はため息まじりに言った。
時折教室を確認してみると、輝夜はセリフを噛みながらも、他の女子達のフォローを受けながら一生懸命接客をこなしていた。
「お、おお、おかえりなさいましぇ」
「お、オムライフでふぅご主人たまぁ」
「お、美味しくなれ……にゃーんっ」
と。
「健気だよな、彼女」
海堂が言った。
「ああ。良かったな、とは思ってるんだよ。ただ、それ以上に失恋の重みがさ」
「重力何倍分の重みだ?」
「百倍かな……フリーザとだって戦えそうだ」
昼休みを境に、前半チームと後半チームが交代される。
俺は輝夜を昼飯に誘うかと迷ったが、その役目を小野に譲ることに決めた。
中途半端に期待していては、いつまでも立ち直れない。
輝夜は弁当の包みを持ったまま、俺の机の前で待っている。
俺はそれを廊下から隠れながら見ている。
不安そうな表情を浮かべる輝夜。胸が痛い。今すぐ近寄って、いつもみたいに頭をなでて安心させてやりたい。だけど、それはもう俺の役目ではない。
やがて小野が現れ、輝夜を誘った。輝夜は最初こそ俺を探すように首を忙しくしていたが、すぐに諦めて小野と共に教室を出て行った。
遠のく二人分の後ろ姿が目に痛かった。
「今日は飲もうぜ」
海堂が俺の肩を叩く。
振り返ると、我が同胞、モテナイ男集団が各々昼飯を手に立っていた。
「……ああ。そうだな。持つべきは男友達だよな」
俺達は教室の真ん中に机を寄せ合い、弁当をつつきあいながら、
「何が恋愛だ馬鹿野郎この野郎!」
「所詮女なんて金がかかってめんどいだけじゃねーか馬鹿野郎!」
「二次元最高。二次元唯一無二。二次元神の領域」
「結婚は人生の墓場である!」
「禿同! フウッ!」
と騒いだ。
コーラや爽快ビタミンのロング缶をジョッキに見立てて押し付け合い、乾杯おっぱいクソみたいな毎日にグッバイと叫んだ。
「野郎ども! 今日は夜通しではっちゃけナイト! ソウル燃やしてテンションアゲアゲでいきまっしょい!」
海堂が喚き、残りが応じる。
「イエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
「三次女子退散! 三次女子退散んんんん!」
上半身裸になり、奇声を上げる男達。
あまりにうるさかったため、女子達に教室を追放され、廊下で弁当を広げるはめになった。
「我らの誓いに水を差すとは、さすが三次元女子。解せぬ」
メガネが似合う理系男子川崎が言った。
俺は廊下でシュウマイをもぐもぐやりながら、熱い男の友情に泣いてしまった。
俺達非リア充軍団の多くは後半に仕事をこなすチームであった。故に俺は彼らと別れ、海堂と二人で文化祭を謳歌することになった。
二年の廊下を歩いていると、水無月ことねと黒宮麻衣を発見した。
金髪巨乳美人と黒髪ロリ美少女の組み合わせ。実にいい。
「あら、海堂じゃない」
「おう水無月っちゃん。二人とも今自由な感じ?」
「ええ。一緒に回る?」
「もち!」
俺は絶句した。
「おいおいおいおいおいおい海堂くん。先ほどかわした男の友情はどうした? いつのまに美少女とこんなに親しくなった? ソウル燃やしてテンションアゲアゲでいくんじゃなかったのか?」
「勘違いしないでよ。私達、別にただの友達同士なんだから」
海堂の代わりに水無月が答えた。
髪を指に絡ませ、頬を赤く染めながら!
ちくしょう!
美少女と一緒にいられりゃテンションアゲアゲだろうよ!
時に、と黒宮が言う。
「君は羽月輝夜と仲が良い、と聞いたが本当か?」
「……? ええ、まあ……」
「そうか。なら一応話しておいた方がいいか」
「なにをです?」
「あんたらがあの子とくっつけようとしていた、小野って男のことよ」
水無月が言うと、黒宮がスカートのポケットから紙束を取り出す。
受け取って見てみると、生徒会宛の投書であった。
いずれも名無しであったが、丸っこい文字から察するに女子なようだ。
「あの、これは?」
「全て小野くんへの苦情だよ。どうやら彼はとっかえひっかえ女を変え、恥ずかしい目に合わせてはその写真を撮っているらしい。脅されているのかどうか、こうして無記名での投書しかこないのだがな」
「そんな、まさか、だってあんなに爽やかでイケメンで――」
「いかにもキャラ作ってそうじゃない?」
「……そう、なのか……?」
誰に対しても爽やかスマイルを浮かべ、勉強もスポーツもこなし、その上性格まで良いなんて超人。いてたまるものか。
「最も、実際には写真などの証拠はないのだがな」
「……けど、そんな」
だがもし黒宮達の話が真実だと言うのなら、輝夜の身が危ないということになる。そうとも知らず、送り出してしまった俺。輝夜の身に万が一のことがあれば、それは俺の責任でまおる。
「そういえばさっき、その輝夜って子と小野を見かけたのよね。体育館裏の方へ行ったわ。あそこ、今はもう使われてない体育倉庫があったわよね」
「……」
黒宮達が根拠もなくこんな話を言うとは思えない。得体のしれない投書の箱にも、噂を真実へと近づける要因を持っているのかもしれない。しかしながら、確定証拠にはいたらない。
ならば安心だろうか?
今どきそんな、絵に描いたような悪者が実在するのだろうか。だが、もしも本当だったら――。
「宮原シンくん。気になるのだろう? ならば行くといい。何が真実で、今自分がすべきことはなんなのか、その目で見極めろ」
「そうだぜ相棒。確かに小野はかっこいいが、輝夜ちゃんにとって最も心の許せる存在は他でもない相棒なんだからな」
「……そうだよな。ごちゃごちゃ考えても仕方ないよな。俺、行きます!」
間違いなら間違いでいい。それで安心できるのなら。決めたのだ。輝夜のために行動すると。だから、俺は駆けだした。
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