月羽輝夜編④ しましまのおぱんつです!
本日は快晴、絶好のお弁当日和なり。
俺と月羽は昼休み開始を告げるチャイムが鳴るなり、猛ダッシュで屋上へと駆け上がり、一台しか設置されていないベンチを確保した。
頭上に広がる透き通るような青空。そよぐ涼し気な風。かぐわしい夏の香り。耳を突く蝉の鳴き声。どれも素晴らしき夏の風物詩たち。
「お口にあうかどうか、わからないけど……」
月羽がおずおずとバスケットと箸ケースを俺達の間に置く。彼女の細くて小さな指に、沢山の絆創膏が貼られている。料理が苦手なのに頑張ってくれた、ということだろうか。ベタな話だが、凄く嬉しいものだ。
「ありがとう! あけていい?」
月羽が頷く。
「おお! すげえ!」
綺麗に並べられたおにぎりやだし巻き卵、唐揚げなどのおかずを見て、俺を唾を飲み込む。試しに海苔に包まれたおにぎりを拾い上げ、かじる。鮭が入っていた。
「美味しいよ! マジでありがとう月羽っちゃん!」
「はい! 喜んでもらえて、良かったです!」
月羽が安堵して微笑む。
だがこのメニューのどこで包丁を使ったのだろうか。唐揚げか? まあ美味いんだしいいか、とちくわに箸を伸ばす。
中にはきゅうりが入っていた。
丸い穴に挿れられた、ごつごつした物体。
女の子が作ったのだと思えば、なんだかとっても卑猥である。
「ああ、美味しい。本当に美味しいよ。グスッ」
「え、ど、どうしたんですか?」
「だって、だって、今までこんなことなかったから……女の子が俺のために、手料理なんて……うぅっ」
「……そんな、大袈裟ですよ」
「大袈裟なもんか。可愛い女の子にお弁当作ってもらって、死ぬほど嬉しくないなんて奴がいたら男じゃないな! ああ、幸せだなあ俺、ひょっとしたらもう死んでるのかもしれない」
俺が絶えず溢れ出る涙をごしごしと袖で拭い、次々とおかずを頬張った。
昼食を終えた後、俺達は屋上の四方を囲むフェンスに寄りかかって、ゲームの話をした。
突然、幸運を運ぶ強風が吹き荒れた。
ふわり、持ち上がる月羽のスカート。白い太腿と、その奥にある魅惑の三角地帯。俺はえっちな風の神に全力で感謝し、眼前に広がる光景を脳に焼き付けようと目に力を入れる。
「――ッ!」
数秒遅れて、月羽がスカートをおさえた。
「ご、ごめんなさいっ!」
何故か月羽が頭を下げた。
「つまらないもの、見せちゃって……」
「何を言うか。むしろラッキーであった!」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ。偶然見えるパンチラの瞬間もまた、男なら嬉しいものなのだよワトソンくん」
と、俺は胸を張る。
「輝夜のでも……ですか?」
「ああ。だからあえて言おう。ありがとう、と」
俺は親指を立てた。
輝夜は頬をかき、はにかんで頬を赤くさせた。
「よかった。ここにいたんだ」
不意に、男の声が耳に届いた。
途端俺は不機嫌になって、振り返る。爽やかスマイルを振りまくイケメンが、立っていた。
黒くて短い髪は爽やかで、凛とした声も爽やかで、白い歯も爽やかな上にスポーツも出来るという爽やかに爽やかを重ねたような男、隣のクラスの小野だ。しかも長身でほどよく筋肉までありやがる。
彼は裏表のなさそうな笑顔で、
「コレさ、廊下で拾ったんだ」
と月羽に携帯端末を手渡した。
「ごめん。誰のかわかんないからちょっと見ちゃった。あ、でもメールとかは見てないから心配しないで」
と両手を合わせ頭を軽くたらす。
「い、いえ、ありがとうございます……」
「うん。じゃあそーゆーコトだから。邪魔しちゃったかな? ごめんね」
「だ、大丈夫です!」
手を振って去っていく、女子に人気のイケメン君。何が邪魔しちゃったかな、だ。ここから屋上への出入口までは十メートルはある。のんびりと歩いていたのなら、当然彼も見たのだろう。月羽の下着を。なんとも思っていないような顔しやがって、その実とんだムッツリだ。
そこまで考え、俺はある結論に至った。
なんとも思ってないからこそ、涼しげな顔をしていたのではなかろうか。
休み時間の度に女子に囲まれるリア充だ。女子のパンツくらい見慣れているんだろう。ひょっとしたら、既に童貞を卒業しているのかもしれない。
ちくしょうめ。爆発しろってんだ。
俺は荒んだ心を癒やそうと、月羽の方に視線を転じさせた。
彼女は惚けていた。彼の残像でも追うかのように、目を輝かせて扉を見つめている。
なんということだろうか。これはまさに恋する乙女のそれだ。
俺はフェンスを両手でつかみ、緑色の格子に額を押し当てる。
「月羽さん……」
「…………な、なんですか?」
しばしの間を置いて、我に返ったのか俺を見る。
「あいつのこと、好きなの?」
「ふえっ!? ど、どどどどうして――」
バスケットを落とす。
「見てればわかるよ。だから、ダイエットなんだね?」
スカートの端を右手でぎゅっと握って固まる。しばらく待っていると、注視していなければ分からない程度に、軽く首を振った。肯定の印だ。
俺は悲しくなった。女の子から弁当をもらって舞い上がっていたのが嘘のようだ。
月羽には好きな男がいた! それを知らず、なんて間抜けなのか俺ってやつは!
これでは道化だよ――俺は頭の中で叫び、地に尻を付けた。頭上では飛行機が蒼いキャンバスに白い線を引いている。まるで現実と妄想の境界線だな、と飛行機雲を眺めながら重い息を吐く。
だが落ち込んでばかりはいられない。俺は月羽にとって、唯一の頼れる存在なのだ。少なくとも、この学校では。だから彼女は認めてくれた。秘密を見せてくれた。
「……そかそか。だとすると、女子力を上げる必要があるな」
「じょ、女子力……ですか」
「そうだ。たとえばさっきの下着だが――紫はまずい」
「まずい、ですか?」
「ああ。ハッキリ言ってセンスが無い。おばさんかと」
「うぅ……」
月羽がスカートを抑えてしゃがみ込む。
「輝夜ちゃんのような清楚っぽい娘に似合うのは、なんといってもしましまだ。いいか? しましまパンティを嫌いな男はいない。そのしましまパンティが最も似合うのが輝夜ちゃんみたいな娘なんだ」
さりげなく名前で呼んでも気付かず、
「しましま、ですか?」
と顔を上げる。
「そうだ。たとえばこういうのな」
俺は脇においていたショルダーバッグから、黒いビニール袋を取り出す。中から、水色と白の横シマで形成された下着をつまみ上げる。ふかふかでつるつるのお宝だ。
「な、なんで下着なんか持ってるんですかぁっ!」
「雑誌の特典だ。出来る男の必需品なんで、細かいことは気にするな」
「は、はあ」
「というわけだ。今すぐこれに履き替えろ」
「はあ……ってええええええっ!」
「安心しろ。俺は後ろを向いている。脱いだ下着はこのビニール袋に入れておくんだ!」
俺は袋とパンティを手渡し、背を向けた。
フラレたのは辛い。正確には告白すらしていないが。それでも、彼女とは良い関係でいたい。月羽のことを思ってのことでもあるが、未練がましい自分の為でもある。せめて月羽が幸せになれるまでは、手を貸そう。
俺は勝手ながら、泣く泣く自分に言い聞かせた。
スルリ、布のこすれる音がする。脳裏に、足首に下着を引っ掛けて立ち尽くす月羽の姿が横切った。
エロ目的のためにやっているわけではない。なのに、これでは変態みたいではみたいではないか。俺は邪な想像を振り払うべく、両頬をつねった。
「……あ、あの」
「どうした?」
「は、履けました……」
恐る恐る後ろを向くと、なんと月羽がスカートを胸の辺りまでたくし上げているではないか!
少々窮屈だったと見えて、しましまの下の部分が食い込んでいる。一本筋がくっきりと浮かんでいる。
「ば、ばば、バカ! それはまずいだろう!」
月羽の手首を掴んで、スカートを降ろさせる。
「す、すいません。でも、似合ってるかどうか、自分ではわからなくて……その……」
チャイムが鳴る。
「ご、ごめんなさい!」
月羽が走って屋上を飛び出した。
「似合ってる。似合ってるよ! 最高だった! 君はしましまの天使だ!」
俺が叫ぶと、月羽は少しだけ立ち止まって、笑顔を見せてから一礼し、去っていった。俺は落ちているビニール袋の忘れ物を拾い上げ、彼女を追いかける。
だがその前に、ちょっとだけなら中を見てもいいだろうか。ちょっとだけならば……。
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