月羽輝夜編③ 産地直送、手のひらサイズでハーレム的な


 金曜日。俺が休日にでも遊ばないかと提案すると、月羽は心底嬉しそうに「日曜なら」と応じてくれた。そんなわけで俺は、日曜日の十二時に駅前広場で落ち会う約束を取り付けた。



 当日、俺が三十分も早く到着すると、既に月羽が待っていた。彼女は首からチェーンでぶら下げている懐中時計を、何度もパカパカやって時刻を確認している。小心者を舐めていたようだ。

「ごめんごめん、遅くなって」

 俺が片手を上げながら駆けて行くと、月羽がぱっと顔を輝かせて

「宮原さん! 本当に来てくれたんですね!」

 と言った。


 月羽は花がらの白いワンピースを着ていて、胸の谷間を斜めがけしたポーチの紐が走っている。胸の形が強調されるエロい恰好である。

「来るに決まってるだろ。約束したんだから」

「そう、ですよね!」

 俺が来ない可能性を視野にいれていたらしい。俺が隣に立つと、心底幸せそうに笑う。総じて、可愛い仕草をする奴だと思う。狙ってやっているわけではないところが、なんとも天使を彷彿とさせる。

「じゃあまず昼にしようか。ファミレスでもいいかな?」

「は、はい。だじゃぶでふ」

 またもあざとく舌を噛み、痛そうに口をおさえる。

 俺は大丈夫かと声をかけながら、内心ニヤニヤしていた。

 ホント可愛いなあ。守ってあげたいなあ。正面からぎゅってして、彼女の顔を胸に沈めさせたいなあ。ぐふふふ――煩悩が百八個目指して膨れ上がっていく。



 昼時なこともあって、店内は混み合っていた。それでもあまり並ぶことなく席につくことができたのは僥倖であった。俺はさっそくメニュー本を開いて、事前に調べてきたモノを指さす。

「これなんてどうかな?」

「随分とおっきなパフェで――」

 月羽が言葉を飲み込み、固まる。

 どうやら気付いたらしい。

「み、宮原さん! こ、ここ、これ――」

 魚のように口をパクパクさせ、俺とメニューを交互に見る。想像の通りの反応だ。


 メニューには大きく、『カップル限定超特大パフェ』と記されている。公式サイトの写真で確認する限り、バケツ並みに大きなパフェだ。


「期間限定なんだって。せっかくだし、食べようよ」

「け、けど、輝夜と宮原さんは、その、そういう関係では――」

「平気だよ。店員もいちいち本当に付き合ってるかどうかチェックなんかしないって」

「で、ですが、輝夜なんかとカップルに思われたら、宮原さんに迷惑が――」

「何言ってんのさ。月羽さんは可愛いんだからもっと自信もって! 全然迷惑なんかじゃないよ? だからさ、ね?」

「……わ、わかりました。そこまで言うのなら……」

 月羽が俯きながら折れた。

 結局他のメニューはいらないという話になり、俺は特大パフェと、二人分のドリンクバーを注文した。


 俺がコーラの注がれたグラスを二つ持って帰還すると、月羽が放心したように口を開けていた。テーブルには既にパフェが届けられている。

 パフェのサイズもさることながら、スプーンが一本しかついてこなかったという事実に唖然としているのだろう。これも事前調査通りである。

「じゃあ食べよっか」

「あ、あの、スプーンが足りませんけど……」

「ああ、そうだね。でもこれ、カップル専用だからあーんして食べろってことなのかも。やらないと店員に怪しまれちゃうね?」

 ちょっと意地悪っぽく言うと、月羽は「そうですよね」とつぶやく。

 本気で嫌がるようならスプーンを追加するつもりでいた。しかしながら、月羽は覚悟を決めましたとでも言いたげに、力強い目を俺に向けた。いざって時の度胸はあるようだ。ならばそれにこたえるのが男の役目というもの。


 俺はアイスをそっとすくった。

「月羽さん、あーん」

「あ、あー……」

 月羽が口を半開きにし、あとちょっとでアイスに届くという距離で顔を止めた。

 耳まで真っ赤だ。農家の人に見られたら、リンゴと間違えられて出荷されるのではなかろうか。産地直送月羽。箱にびっしりと詰まった、手のひらサイズの月羽――とふざけたことを妄想しながら、俺は彼女の口にスプーンを突っ込んだ。

「んんっ!」

 ガチっと金属を噛んだ音がした。

 スプーンを引くと、唾液が糸になって、スプーンと月羽の口を繋いだ。俺は素早く次のアイスを削り取り、自分で食べた。彼女の唾液ごと。


「美味しいね、月羽さん?」

 口を右手で塞ぎ、涙目になりながらブンブンと首を縦に振るう月羽。顔がより赤くなっている。さすがに恥ずかしさの限界か。

 俺は仕方なくスプーン追加の注文を果たし、交互にアイスを食う方向に切り替えた。





「宮原さんは電車で来たんですか?」

 外に出て最初に出たセリフがそれだった。

「そうだけど、なんで?」

「いえ、行きつけのゲーセンがあるんですけど、そこに行けたらなあって思って。いつも自転車で行ってて」

「じゃあ月羽さんは自転車で来たんだ?」

「はい」

「そっか。いいよ、じゃあ行こうよ。二人乗りでさ」

「は、はい!」

 自転車の止めてある場所まで移動すると、俺は後ろにまたがった。月羽がいつもの不思議そうな顔をする。

「ほら、俺は道知らないからさ?」

「……で、ですよね。じゃあ、漕ぎますね」

「ああ、頼む」


 正直なところ、転けるのではないかと心配していた。ところがどっこい、月羽は一気に加速し、バイク並の速度を出して走った。強い風が吹き、揺れる彼女の髪が鼻をくすぐる。予期せぬスピードに、俺は前倒しになりかけ月羽に抱きついてしまった。右手はへそに、左手は胸を鷲掴みにしてしまう。

 手のひらに宿る感触に、俺は下半身の一部が硬くなっていくのを感じた。


「ご、ごめんっ! わざとじゃないんだっ!」

「いえ、大丈夫です。それよりちゃんと捕まっててください。もっと飛ばしますよ!」

 上り坂に差し掛かると、月羽は立ち漕ぎでさらに速度を上げていく。

「ちょ、速っ、マジか! これなんてクライマー? うあああっ――」

 俺は振り落とされまいと、月羽の腰にしがみついた。

 ロードバイクではないただのママチャリで、しかも二人乗りで、どうしてこんなに速度が出せるのか。ゲーセンに着いた頃には、情けないことに冷や汗をどっさりかいていた。


 そこはレトロゲーがいっぱいあるゲーセンだった。俺達はいかにも古そうな粗いドット絵のゲームを二人プレイで遊んだ。ひとしきり楽しんでから、俺はプリクラブースを指さした。

「記念に撮ろっか」

「プリクラですか? 実は、撮ったことないんです」

「そっか。じゃあ本当に記念すべき初プリだね」

「はい!」

 俺が先に入り、段差に気をつけて、と注意を促す。

「思ってたより、狭いんですね」

「二人で入ったらそうかもね」

「それに、少し暑いです」

「熱、こもるからね」

 月羽はふうふうと息を吐き、胸を上下させている。肩と肩が触れ合っている。彼女のリアルな熱と呼吸の音が、これが現実なのだと訴えかけてくる。

 生まれて初めての女の子とのデート。しかも、いきなり密室で密着!

 月羽が胸元をきゅっと握ったまま、固まる。

 これ以上意識すると、俺の方も恥ずかしくなってくる。


「……と、撮ろうか!」

「はいっ」

 俺が気まずさに耐えきれなくなって手を伸ばすと、月羽も同じように腕を出し、手の先同士がぶつかった。

「ご、ごめん」

「いえ、こちらこそ……」

「……えっと、じゃあ、俺が選んで撮るよ?」

 頷く月羽。俺たちはぎこちない笑顔で初めてのツーショットを終えた。

 出来上がったシールを半分こして渡してやると、月羽は空に掲げて目をキラキラと輝かせた。

「これ、宝物にします。はじめての友達と撮った、はじめてのプリクラですから!」

「友達……か」

「あっ! す、すいません……勝手に友達だなんて」

「いやいや、友達だよ俺達は。うん。俺も大切にするよ。俺たちのはじめてがいっぱいの、素敵な素敵なプリクラだからな!」

 そうして俺達は自分の携帯端末の裏にシールを貼った。


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