第二章 世界線β 素敵色ファーストキス

月羽輝夜編① ロリ巨乳ってやつだな


 月羽(つきは)輝夜は確かに可愛いが、それでも地味系の女の子である。


 どうも自分に自信がないタイプらしく、授業中教師に当てられればびくっと身体を震わせ、ぼそぼそと消え入りそうな声でしゃべる。そして時々聞き返されては、死にそうなほど顔を真赤にさせる。

 運動神経は芳しくないらしく、体育の時間ではよくヘマをしているのを見かける。

 友達もいないのか、休み時間では一人で携帯端末をいじっている。

 誰も彼女をバカにしていないし、特に気にかけてもいない。自分から行動に移せば友達くらい作れそうなものを、彼女はそういうことには興味が無いのかもしれない。

 俺はそう解釈していた。



「じゃあこの問題を――よし、月羽。前に出て書いてみろ」

 数学の授業だった。

 月羽は例のごとく身体を小さく揺らし、席を立つ。

 やや肩の辺りで切り揃えられた茶色混じりの黒髪を揺らし、小柄な身体を黒板の前まで運んでいく。遠慮がちに白いチョークをつまみ、音を立てる事無く計算式を書いていく。女の子らしい丸っこい文字ではあるが、黒板の隅の方に、それはもう小さく小さく、書いていく。

「か、書けまし……た」

 そっと呟く。

「うむ。正解だ」

 老教師はメガネを持ち上げ、見にくそうに式を確認すると、戻っていいと言った。

 月羽は一礼し、腰を低くさせながら忍者のように席につく。


「可愛いのに、いろいろ勿体ないよなあ」

 俺が呟くと、

「おぱーいもそこそこあるしな。俺の見立てではDはある」

 と海堂が返す。

 そうだろうか、と俺は月羽の胸を凝視する。うっすらとブラが透けている。水色だ。

 海堂の言う通り、Dくらいはあるのかもしれない。水色の下に収まる柔らかい二つの物体を想像し、俺はニヤける。最も、彼女いない歴=年齢の俺には、Dがどれくらいのサイズなのかまるで検討もつかないが。

 俺には中三の妹がいる。けれどもあれはペチャパイだ。

 貧乳には貧乳の良さがあるのは認めるが、こと胸の大きさを図るのに関しては参考にはならん。まことに残念である。


「おまけに童顔だ」

「ロリ巨乳ってやつだな」

 俺は感心してつぶやく。

「いや、女からしてはDからが巨乳だが、多くの男はEからが巨乳だと判断する」

「それどこ情報?」

「インターネッツ!」

 ぐっと海堂は親指を立てた。



 昼休みのことだった。

 俺は購買部に行くべく教室を抜け出し、廊下を歩いていた。海堂はコンビニでパンを買っているので、教室で待機している。つまり、俺は一人だった。一人で階段を降り、四階から一階を目指していた。

 半分くらい降りたところで、倒れている女の子を発見した。

「だ、大丈夫か!」

 俺は驚き、慌ててうつ伏せになっている少女を揺すった。

「んん……」

 少女は苦しそうに起き上がり、俺を見た。

 目が合い、みるみるうちに頬が紅潮していく。月羽だった。


「具合、悪いのか? ベッドまで運ぼうか?」

 月羽は何も喋らない。俯いたまま、硬直する。

 話すのが苦手な娘だ。無理に問い詰めるべきではないのだろうが、放っておくことも出来ない。さてどうしたものかと首をひねっていると、ぐうううう、と彼女の腹が鳴った。

「学食、いくか?」

「……」

 腹がもう一度鳴る。

「奢るぞ?」

 少々悩んだと見えて、数秒の沈黙の後、月羽は頷いた。

 というわけで学食。

 俺は混み合っている空間の中からなんとか二人分の席を見つけ出し、確保する。きょろきょろと辺りを見渡している月羽に声をかけ、座らせる。月羽は二人分のトレイをテーブルに乗せた。


「あの、本当に、良かったんです……か?」

「ん? ああ、いいっていいって。俺も学食にいくつもりだったし。まあ食えって」

「じゃあ、その、頂きます」

 申し訳無さそうにするわりには、彼女が選んだのは牛丼の特盛りである。

 月羽ははじめこそモソモソと食べていたが、肉の旨さには勝てないと見えて、がつがつと豪快に食べ始めた。

 ふいに視線が重なり、恥ずかしそうに目をそらされる。


「ん? 気にしないで食えって。俺はいいと思うよ。ヘンにぶりっこするより、美味そうにメシ食う女の子の方が可愛いと思う」

「……」

 俺がニヤニヤしながらきつねうどんをすすると、彼女もまた箸を動かす。肉を口にたっぷり含んで、幸せそうに頬を緩ませる。


「初めて見たよ」

「……え?」

「月羽さんが笑ってるとこ。それと、意外と結構食うんだな」

「す、すいません……」

「いやなんで謝る。むしろいいと思うって。そういうとこ」

 昼食を済ませると、彼女はぺこりと頭を下げて立ち去ろうとした。

 瞬間、スカートのポケットから何かが落ちる。

「そ、それはまさか――ポケファミDX!」

 スーファミのソフトがプレイできる携帯ゲーム機であった。差し込まれているのは、ファミコンのソフトと互換性のあるFCアダプター。そして、『ディグダグ』。縦型固定画面のパズルゲーだ。

「『ディグダグ』か。面白いよな。俺はPSPのナムコミュージアムでしかやったことないけど」

「知ってるんですか!」

 俺がゲーム機を拾い上げると、思いの外月羽が食いついてきた。

「ああ。俺も結構レトロゲーは好きだよ。定番だけど、『ドルアーガの塔』『グラディウス』『コズミックウォーズ』とかな。シューティング系はゲーセンでもやるぞ。まさかこんなところで同志に出会えるとは!」

「シューティングですか!」

「ああ。月羽さんはパズル好き?」

「いろいろです!」

 俺が再度着席を促すと、月羽は腰を下ろして好きなゲームを語りだした。レトロから最新のゲームまで幅広く手を出しているらしい。

 会話が盛り上がったところで、俺は言った。


「なんで倒れるまで食ってなかったんだ?」

「それは、その……」

 月羽はまた下を向き、黙りこんでしまう。

「いや、すまん。無理に話さなくてもいいよ」

「……いえ、その……」

 何かを言い出しそうなので、そっと見守る。

 月羽はコップに注がれた水を一気飲みし、続けた。

「……だ、ダイエット、です」

「ダイエット? なんで? 月羽さん、全然太ってないよ?」

「いや、でも、増えたし……」

 ごにょごにょと目を逸らしながら言う。

 頬が赤く火照っている。

 ああ、可愛いな、と俺は思った。

「可愛いな」

「えっ?」

「ああっと! なんでもないなんでもない!」

 つい思ったことが漏れてしまった。

 手を振ってごまかすと、月羽はそうですか、と訝しむような目つきをした。

 聞かれてはいなかったようだ。


「それで、どうしてそんなに痩せようと?」

「………………いるから、です」

「え? なに?」

「内緒ですぅ!」

 急に声を張り上げ、ガタンと立ち上がった。

「え? え?」

 何か怒らせるようなことを言っただろうか。

 俺が呆然としていると、月羽がトレイを持ってかけ出した。

「あ!」

 引きとめようと手を伸ばすが、届かない。

 月羽は途中で立ち止まると、振り返り、頭を下げた。

 そして、トレイを返却口に返すと、人混みの中へと消えた。

「よくわからないが、嫌われたわけではないよな?」

 だとすれば、やることは一つだ。

「共通の趣味もある。これはなんとしてもお近づきにならねば! 目指せ彼女と過ごす甘々な夏休みいいいいい!」

 俺は自分に集中している視線に気付くと、逃げるようにしてトレイを返却し走りだした。

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