黒宮麻衣編ファイナル chu!――甘い予約
「準備は良いか?」
「ああ」
「もちだぜ会長さん」
「当然よ!」
俺たちは舞台裏で拳をぶつけ合い、意思を確認しあった。
俺がロミオ、麻衣がジュリエットの衣装に身を包み、残りの役は全て海堂と水無月さんがこなすという無茶ぶりしまくりな劇。
いろいろと未完成だが、スタートしたばかりの俺達を表しているような気がしてならない。
開演時間を知らせるブザーがなると、幕が上がっていく。
講堂には三百人近い人が収まる席が用意されているが、その全てが人で埋まっていた。
のみならず、収まり切らなかった客が通路にまで立ち見列を形成している。
噂では黒宮麻衣ファンクラブは彼女が中学生だった頃から存在しているという。
他校の生徒や卒業していった生徒、その家族や知り合い、道場の門下生達などが集ったのだろう。
「す、凄いな」
今まで浴びたことのない規模の注目を前に、俺は声を震わせる。
見知ったクラスメイトの顔もちらほらある。
ここで醜態を晒せば全校生徒の笑いもの――俺がガクブルしていると、麻衣が背中を叩き、
「そう力むな。私がいるだろ」
と微笑む。
「麻衣……」
そうだ。彼女がいるなら何も恐れることはない。なんだって出来るはずだ。
俺は覚悟を決め、舞台へと躍り出た。
結論から言えば劇は大成功であった。案の定俺や海堂は何度もセリフを噛み、詰まらせた。その度に麻衣がプロ顔負けのアドリブで援護してくれたのだ。
ラストには水無月さんがED代わりのオリジナルソングをギターで弾き、麻衣が歌った。
なんでも水無月さんはミュージシャンを目指しているらしい。素晴らしい演奏であった。麻衣の歌声も言わずもがなだ。
「にいちいいいいんっ!」
着替えを済ませ舞台裏から出ると、すぐに妹のルリリが抱きついてきた。
「私感動しちゃったよー! 普段からヘラヘラしっぱなしのかなりだめーなにいちんに、演劇が務まるなんて! 涙で前が見えないよー!」
「はは。素直に俺がかっこよかったって言ったらどうだ?」
ルリリの頭を撫でてやる。ルリリは喉を鳴らしている時のネコのように、目を細め気持ちよさそうにする。
「うん! かっこよかったー!」
意表を突かれ、俺は狼狽えた。
てっきり自惚れちゃってーとからかわれると思っていたのだ。
ついに我が妹も兄の偉大さに気付いたか。
「麻衣ちんが!」
続くセリフにがっくしと頭をたらす。
まあわかっていたさ。妹の中では俺など近所をうろつく野良犬と同程度の扱いだ。
「そうかそうか。ならかっこいい私がハグしてやろう。さあ来いルリリちゃん!」
「わーい麻衣ちーん!」
「ルリリ!」
ルリリが突き飛ばすようにして俺から離れると、麻衣の胸に飛び込んだ。
「うーん、麻衣ちーんいい匂ーい。もふもふふかふかで気持ちいーよぉ!」
「ルリリちゃんこそふわふわしてて可愛いぞ」
この場合のふわふわとは胸の話ではない。ルリリは麻衣とは違い貧乳なのだ。
小動物のようにちっこい身体のことをさしているのだろう。
ちっこさなら水無月さんも負けていないが、口に出したら後が怖いので黙っておく。
「なんだろう、この置いていかれた感」
見つめあったまま抱き合う二人を前に、ため息をつく俺。
やがて海堂がルリリの首根っこを引っ張り、麻衣から引き剥がした。
「あんまり邪魔したら相棒が泣いちゃうぞ? 信じられないだろうが、このお方は今や相棒の彼女さんなんだ」
「ええーっ!」
ルリリが俺と麻衣を交互に見る。
幻の生物を目の当たりにしたかのような驚きようだ。
「に、にいちんっ! どんな弱みを握ったの? 無理矢理はだめだと思うよー?」
「どんだけ信用ないんだ俺」
誰に似たのか、まったく失礼なやつである。
俺と麻衣の見た目が釣り合っていないのは自明の理だが、それにしたって言って良いことと悪いことがあろうに。
「まーまー落ち込むなよ相棒。そんなわけだ、後は二人っきりにさせてやろうぜ」
「そっかー。麻衣ちん、こんなお兄ちゃんだけど、よろしくねー」
「任せろ!」
海堂、ルリリ、水無月さんの三人が俺を見てニヤけてから去っていく。
嵐のような妹が消え一段落したところで、隣に立つ彼女を見やる。視線が重なる。どきりと心臓が弾む。
「じゃ、じゃあ、どっか行こうか。えーっと……どこ行く?」
「そうだな。君のクラスの方は何をやってるんだ?」
「ただの喫茶店だよ。麻衣の方は?」
「私のクラスは全員が部活に入っているんでな。各自部の出し物を優先するということで、特に何もやっていない」
「へえ。それは寂しいな」
「だがおかげで劇を成功させられた」
「だな。じゃあ、適当に見て回るか」
俺達は焼きそばをつつきあい、かき氷を交換し合い、文化部の展示などを見て回った。
そして待ちに待った後夜祭。
「ちくしょうなんであいつが俺達の天使に」
「地獄に落ちろ」
「いっぺん死んでみる?」
「みんな、丸太は持ったか?」
「ぶっ殺せ」
などとファンクラブメンバーどもの嫉妬の目が突き刺さる。それでも実際に食って掛かってこないのは、麻衣が自らの意志で俺を選んだことを彼らも渋々ながら認めているからであろう。
夜の校庭を照らすキャンプファイヤーの火柱。轟々たる紅蓮の王者の響き。天まで届きそうなほどに燃え盛る後夜祭のシンボルを囲うようにして、生徒たちが談笑する。または民謡を思わす軽快な音楽に身を委ね、手を取り合い、踊りだす。
一説には祭りがもう終わるんだという楽しくも物悲しい後夜祭の雰囲気が、恋を錯覚させ、”男女の”カップルを誘発させるという(百合とBLはお断りらしい)。ソースはない。だが真ならば、既にカップルと化している俺達は、より仲が深くなってしまうかもしれないではないか。
これはもう、やるしかない。レッツダンシング。
「私と一曲いかがですか?」
俺は気取った風に片手を差し出し、麻衣を炎を側まで誘った。
「うむ」
麻衣が俺の手を握る。
ダンスの心得など皆無だが、どうやら麻衣の方もそれは同じであるようだった。
つい先程までは注目を浴びまくっていた俺達だが、すでに辺りは乱痴気騒ぎの渦中。でたらめなステップを踏もうとも、責めるものは誰もいない。
右に左にと適当に足を突き出し、とりあえずくるくる回っておく。
注目されれば恥ずかしいことこの上ない羞恥ダンスだが、今はそれでいい。
「ああ、この瞬間が永遠に続けばいいのに」
「だが、限りあるからこそ楽しいのだとも言える」
俺は頷いた。
それでも、やっぱり時間には止まっていて欲しかった。
ひとしきり踊り、まだ周りが騒いでいる中俺は麻衣を校舎裏まで連れて行った。周囲に人の影ないことを確認する。
「目を瞑ってもらえるかな?」
「う、うむ……」
俺はそっと麻衣の右手を取り、薬指に銀色のリングを嵌めた。
「こ、これは……?」
「予約。それは安物だけど、いつかきっともっとちゃんとした指輪でプロポーズするんで、それまで待っててくれますか?」
「……楽しみにしていいんだな?」
「もちろん」
「そうか。期待してるよ。だがあんまり待たせるなよ? こう見えて私は我慢弱い。しびれを切らすと逆に襲いかかるかもしれん」
「それはそれで本望。なんなら今襲ってきてくれてもいいんだぜ?」
「さすがにまずい」
麻衣は頬を赤らめる。
それからそっと顔を近づけ
「だがこれくらいなら出来るぞ」
ちゅっ、と俺の頬に軽いくちづけをした。
「え、ええっ」
まさか本当になにかしてくるとは思わず、目を丸くする俺。
「い、今はこれで我慢しろっ」
「……は、はい」
麻衣は金色の髪をなびかせるようにくるっと半回転し、顔だけを俺に向けて言った。
「今年の夏休みはいっぱいいっぱい思い出、作ろうな?」
はじめての彼女と過ごす熱い夏休み。
大好きな彼女と過ごす甘い夏休み。
俺は期待と妄想で胸を膨らませた。
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