黒宮麻衣編⑧ だから! 私を助けてほしい!


 翌日になっても麻衣は早朝練習に顔を出さなかった。

 心配になった俺は、一時間目終了後に職員室へと足を運び、彼女の担任を訊ねた。

 曰く、体調を崩して休みを取っているという。



 件名 大丈夫ですか?

 本文 

 体調を崩されてると聞きましたが、大丈夫ですか? 今日はゆっくりと休養を取ってください。演劇も生徒会も俺と海堂がいるので安心してください。




 俺はメール送信ボタンを押すと、携帯端末をズボンのポケットに押し込んだ。

 頭の中に、昨日言われたことが何回も繰り返し浮かび上がる。


 麻衣には責任がある。だから演劇は無理である――と。


 そうなのだろうか。

 本当に両立することは出来ないのだろうか。

 麻衣は演劇が好きだと言っていたし、喜んで部を立ち上げることに同意してくれたではないか。好きだというのなら、どうとでも工夫のしようはあるはずだ。

 それとも、俺に遠慮してただ話を合わせていただけ?

 俺は彼女の都合も考えず、ただ自分の考えを押し付け迷惑をかけていたのだろうか。無理をさせていたのだろうか。

 昼休み、麻衣から返信のメールがあった。



 件名 大丈夫だ

 本文

 体調の方はもう問題ない。心配かけたようだな。

 ところで部活の話だが、これ以上中途半端な形で演劇を続けることは出来ないと考えた。このままではまた君達にも迷惑をかけてしまうだろう。だから、私は演劇部を辞退することにした。勝手を言ってすまない。君には感謝している。




 俺はテーブルを拳で叩いた。

 海堂がラーメンをすする箸を止める。

「どったの?」

「麻衣から返信があった」

 メールを見せる。

「ふむ。そうくるか」

「俺は結局一人で空回りしてたんだな」

「そう思うか?」

 海堂が俺に端末を返し、器に口をつけて直にスープをすする。

「君達にも、と書いてあるな。この”も”の中には会長さんに期待しているその他の連中も含まれてんじゃねーの? たとえば、親とか」

「親……責任……剣術か」

 俺は再び返事を送る。



 件名 なにをいってるんですか

 本文

 迷惑だなんて思ってませんよ。だから続けましょう。それとも、他になにか問題がおきましたか?




 そもそも迷惑をかけていたとすれば、それは俺の方だ。

 なのにどうしてそれを麻衣が気にするのか。

 三分ほどでメールが返ってきた。




 件名

 本文

 両親の反対にあった。何もかも中途半端にやって、剣術を疎かにするようなら部活などやらせないと。すまないが今の私には演劇を続けることは出来ないんだ。許してくれ。




 件名 それでも

 本文

 それでも俺は部室で待ってます。一度話し合いましょう。




 ひょっとすると、俺は思い違いをしていたのかもしれない。

 俺はカレーパンを無理矢理胃袋に押し込めると、麻衣のクラスを訪ねた。

 窓側の席に、例の少女を見つけた。

 黒髪ポニーテールの、ロリ少女。

「あれ、あんた演劇部の――」

「一つ、お願いがあるのですが、いいですか? 麻衣に関してです」

「……いいわ。言ってみなさい」



 翌朝も俺達は朝早く登校し、麻衣が生徒会室にやってくるのを待った。

 しかし、ホームルームギリギリまで待機しても彼女が来ることはなかった。

 昼休み。

 俺は最後の手段に出るべく、今度は海堂と共に麻衣のクラスへと踏み込んだ。

「麻衣!」

 扉を開けるなり叫ぶ。

 麻衣は黒板の文字を消していた。黒板消しを持ったまま、不思議そうに俺を見る。

「どうした二人揃って」

 俺達は彼女の真ん前まで歩み寄った。

 麻衣の後ろにはパーカーの少女がいる。今日の髪型はストレートだ。

「どうして……どうして練習に来なかったんですか?」

「言っただろう。もう演劇部はやめると」

「演劇が嫌いになりましたか?」

「そうではない。ただ出来なくなっただけだ」

 クールな表情で、淡々と述べる。

 自分のことなのに、どうしてそんなに他人事のように言えるのか。

 だんだん腹が立ってきた。

「なら、演劇はまだ好きなんですか?」

「嫌いではないよ。勝手に辞めたことは悪いとは思っている。この償いは必ず――」

「逃げるんですか?」

「なに?」

 麻衣が眉をひそめる。

 ようやく表情が変化した。

「本当は好きなのに、続けたいのに、諦めるんですか? らしくないですね。俺の知ってる麻衣はそんな人じゃない」

 麻衣は少し驚いたようだったが、すぐにいつもの表情を取り戻し、ため息をついた。


「そうは言ってもな、私にはいろいろあるのだよ。生徒会の仕事だってある。ついでに言えば学級委員もな」

「そんなのは言い訳ですよ。なんでもかんでも完璧にこなそうとして、出来もしないくせに意地ばっか張って。それでやっぱりできなくなったら仕方ないって。どうして融通が利かないんですか。頼ってくれないんですか。そんなに俺達が信用出来ませんか?」

 いつの間にか、人々の注目が集まってきている。

「それに、少しの間くらい、剣の方の練習を減らしてもいいじゃないですか」

「父上と母上が許さない。私だって、中途半端は嫌なんだ」

「またそれだ!」

 びくりと肩を震わせる麻衣。

「やりたいことをやらず、責任を言い訳に使っておいて何が中途半端は嫌だだ」

「なにを――」

「いいんだ! 今くらいワガママを言っても! 好きなことを優先したって! だから! 演劇を続けたいって、俺達と文化祭で劇をやりたいって、そう言ってくれよ! そうじゃないと、俺はお前の力になれない! 友達として、何もしてやれない。だから! 言ってくれ……本当の気持ちを言ってくれ!」

「ことね……珍しく教室で昼を食べようと言ったのはこれか」

「なんのことだか」

「だがな、シンくん。私が君にそう言って、どうなる? 父上も母上も、許しはしない。それに、結局演劇だって中途半端になる」

「俺が! 俺達が! なんとかする! 後のことなんて後から考えればいい! 高校二年の文化祭は一度しかないんだ。後悔なんて、したくない。だから言ってくれ! やりたいって! 何もやらずにただこのまま終わるのは嫌なんだ! 本音を語ってくれ!」

「会長さんは背負い込みすぎなんだよ。俺達、もう仲間っしょ? ならその荷物、わけてくれてもいいじゃないっすか。生徒会だったら俺達がいますし、学級委員だって――」

「私がいるでしょ?」

 ことねと呼ばられた少女が微笑む。

 そして、そっと麻衣の背中を押した。


「わかったらほら、答えてあげなさいよ。大事な大事な後輩を悲しませるようなこと、生徒会長のあんたならしないでしょ?」

「ことね……君たち……。そうか、なるほどな。どうやら私はいい仲間を持ったみたいだ」

「今更なによ。人のこと散々不器用だとか言って、本当に不器用なのはあんたじゃない。中途半端にしないことと、頼らないことは別なんだからね」

「……友情は成長の遅い植物……ふ、なるほどな……そうか、そうだな。シンくん、海堂くん、そしてことね。ありがとう。ああ、そうさ……私は演劇がしたい! 君達と文化祭に出たい! だから! 私を助けてほしい!」

「「当然だ!」」

 俺と海堂は同時に声を発した。


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