黒宮麻衣編⑦ 七時半集合って言ったじゃないですか


 徹夜で作った衣装が完成したので、早朝の生徒会室で見せることにした。

「おはようございます」

 七時半に入ると、既に麻衣がいる。随分とリアルな城壁の作り物が置いてある。昨日まではなかったはずなのだが、麻衣が頑張ってくれたのだろう。

「凄いですね。何時からやってたんです?」

「五時かな。驚かせようと思って、今までは別の部屋に置いておいたのだよ。その他の小道具や使えそうなBGMもだいたい用意出来ている」

「準備万端ですね。俺の方も衣装が出来ましたよ」

「ほう。見せてくれるか?」

「勿論」


 俺はカバンの中から自信作を出す。

 ジュリエット用の真っ黒いドレスは三段式のフリル付きスカートになっていて、腰の部分には大きなピンク色のリボンが縫い付けられている。俺自慢のゴスロリ風アレンジだ。

 麻衣はドレスを自分の身体に当てながら、

「こ、これ、本当に私に似合うのか?」

 などと首をひねっている。

 スタイルがいいのだ。似合わないはずがない。

 しかしながら、麻衣はこういった恰好には慣れていないらしい。私服が私服だ。十分考えられる。


 オシャレが苦手。

 普通なら短所になりえそうなものだが、相手が超絶美人となるとむしろ逆。ギャップが素晴らしい。

「廊下に出ているから、着てみてください」

「わ、わかった」


 廊下で待機していると、ほとんど役に立っていない海堂も登校して来る。

「海堂、照明等の裏方を手伝ってくれる人、見つかったのか?」

「おう。会長さんが当日暇だっていう人を見つけてくれた」

「お前何もしてないな」

「まーな」

「なんで得意げなんだよ」

 麻衣のいいぞという声が聞こえ、俺達は中に入った。

 自信なさげにしていたわりには、腕を組んで堂々たる佇まいで着こなしている。


「さすが会長さん、何着ても画になる」

「ああ。本当、綺麗ですよ」

「ふ、まあな」

 珍しく得意げになっている。

 麻衣が俺好みの衣装に身を包み、俺色に染まっている。

 ともすれば、この場の主導権は俺にある。何をしても許される。

 そんな謎理論を展開し、俺は急にイタズラをしてみたい衝動に駆られた。

 台本を使って練習をしている最中、麻衣の肩を後ろから叩いた。身体を反転させる麻衣。俺は人差し指を伸ばし、こちらを向いた彼女の頬をつつく。

 麻衣がにやりと笑った。

「悪戯をしていいのは悪戯される覚悟のあるやつだけだって知っていたか?」

 むしろ望むところだった。

 麻衣にだったら夜の悪戯でも構わない――目を閉じて待っていると、横腹をくすぐられる。

「うひゃひゃ、悪戯って、そういう――」

 あまりのくすぐったさに転倒し、床をごろごろと転がった。

 そのまま勢い余って、ロングスカートの中に頭を突っ込んでしまう。


 頭上に広がる健康的な脚と、黒いおパンツ!


「うわぁっ」

 数秒堪能してから這い出る。

「すいません、わざとでは――」

 怒られるかからかわれるか――身構える。

 しかし無反応。

 はてこれはおかしいぞ、と彼女の顔を見る。

 何やら赤い。まさか恥ずかしがっている?

 しかし、その解釈は甘かった。

 不意に麻衣が倒れたのだ。

「おっと」

 海堂がとっさに麻衣の背後に回りこみ、彼女を支える。

「す、すまない……」

 麻衣はおぼつかない足取りで窓側まで歩いて行く。壁に背を預けるとドレスで額を拭い、

「少しふらついただけだ」

 と笑う。やせ我慢をしているのは誰の目から見ても明らかであった。注視してみれば、顔色だってあまり良くはない。

 調子に乗りすぎた。何故もっと早く気づかなかったのかと歯噛みする。


「保健室行きましょう」

「平気だ」

「行きましょう!」

「……どうしてもか?」

「どうしてもです!」

「そうか。君が言うのなら、そうするよ」

 俺と海堂は麻衣を保健室まで送って行き、保険医に後を任せると生徒会室に戻った。


 麻衣のことだ。どうせなんともなかったと言い張るのだろう。昼休みに俺はこっそり保健室を覗きに行った。幸いにも麻衣の姿はない。保険医にどうだったのかと訊ねると、ただの寝不足だという答えが帰ってきた。疲れていたようだから午前中は寝かせたのだという。

 ひと安心し、学食へと駆ける。男連中とカレーを食っている海堂を見つけ、廊下へと引っ張っていく。


「おお相棒。会長さんはどうだった?」

「寝不足だってさ。少し寝たら元気を取り戻したらしい」

「そうか。多忙そうだもんな、会長さん。道場の期待された跡取りで、おまけに優等生だ。この間の期末試験でもまた学年一位だってな。勉強の時間も相当取ってるだろうぜ」

「ああ、そうなんだよな」


 俺達はなんでもこなす麻衣に甘えていたのかもしれない。

 道場だけでも大変だろうに、そこに部活を加えたのは俺だ。麻衣には演劇を楽しんでほしい。ただの負担にはさせたくない。ならば、話を持ちかけた俺が責任持って支えなければならない。

 もとより彼女の役に立つために、生徒会にも入ったのではなかったか。

「俺達でできる事は俺達がやろう。それが今一番麻衣の助けになるはずだ」

「けど相棒。その前に腹ごしらえは必要だぜ?」

「そうだな。食堂、戻るか」





 放課後、俺は残りの小道具作成を海堂と一緒にやる旨を伝え、生徒会の仕事の一環である、各部文化祭予算案最終会議に海堂と出席した。

 その間麻衣には生徒会室で休んでもらうつもりだ。しかし、戻ってみると麻衣は演義の練習をしていた。台本を持たず、セリフを完全に暗記している。

「休んででくださいって言ったじゃないですか」

「十分休んださ。それで会議はどうなった?」

 俺は会議内容を記録したノートを渡す。麻衣はパラパラとページをめくり、満足したように頷いた。


「すっかり生徒会の仕事が板についてきたようだな」

「麻衣ほどじゃないですよ」

 それから俺達は最終下校時刻である二十時まで残って練習をした。

 翌日は七時半に集合するよう約束し、駅で解散。

「ではまた明日」

 麻衣が手をひらひらと振って電車に乗り込む。車両が見えなくなってから、俺はため息を付いた。

「明日、六時に来れるか?」

「余裕だ」

 海堂が親指を立てる。

 BGMがだいたい用意されてるとはいえ、どのタイミングでどの曲を流すかについてはまだ具体的には決まっていない。何分三人しかいないのだ。助っ人を頼めるよう、詳細な指示書を作成しなければならない。


 明くる朝俺と海堂が職員室を訪問すると、生徒会室の鍵がない。

 嫌な予感がして、生徒会室まで走る。

 予感的中。麻衣が会長席でノートパソコンをいじっていた。

「おお、海堂くんシンくん、おはよう。指示書を作っておいたぞ。あとは印刷するだけだ」

「印刷するだけだ、じゃないですよ。七時半集合って言ったじゃないですか」

「君達だってもう来ているではないか」

「それは、そうですけど……」

「心配するな。私は元気だよ」

 そう言って満面の笑みを浮かべるが、目元にはクマがある。だが彼女が大丈夫だというのだ、これ以上とやかく言う権利はない。諦めて練習を始めることにした。


 そしてまたやってくる放課後。生徒会室の扉を開けると、麻衣はいなかった。代わりに、白いパーカーを着た黒髪ツインテールの少女がいる。小学生かと疑ってしまうほど背が低いが、ネクタイの赤色が二年生であることを証明している。


「あんた達が演劇部の?」

「そうですけど」

「そう。麻衣ちゃんなら早退したわよ」

「そ、早退……?」

「授業中に倒れたの。知ってる? あの子の家の事情?」

「ど、道場のことなら……」

「そう。なら話は早いわね。そういうわけだから、演劇部は諦めなさい。無理なのよ、あの子には」

「けど! 麻衣は演劇を夢見て――」

「知ってるわよ。けどね、仕方ないの。あの子は道場だって真剣なんだから。親に言われてるからやってるわけじゃない。剣も好きだから、やってるの。そして道場には責任もある。好きで責任背負うような子だからね。無理なのよ……とにかく、伝えたいのはそんだけ」

 少女はきっぱり言い放つと、生徒会室を出て行った。

 俺は目の前が真っ暗になったような気がして、両膝をついた。


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