黒宮麻衣編⑥ 図書館とチョコレートと妹


 青春とは闇鍋である。

 恋だの部活だの勉強だのと、いろんなものをごっちゃごちゃにかき混ぜ、なんだかよくわからないものを作り上げる作業。いつどこでどんな材料が投じられるかは誰にもわからないし、その結果に何が生まれるかなど予測のしようがない。


 以前、海堂がそのようなことを言っていた。

 俺は話半分に聞いていたが、今ある現状がそれなのではないかと、ふと思い立った。



 俺は俺なりにオシャレとやらをしようとしたが、結局どんな服を着ればいいのかわからず、いつものダサいチェックのシャツと迷彩柄の長ズボンを身につけ、図書館へと移動した。

「やあ来たか」

 約束の三十分も前に来たのに、すでに麻衣は図書館の前に立っていた。

 無地の赤いシャツにジーパン。うむ。俺と彼女にはファッションという概念はないようだ。

「お昼はもう済ませたんですか?」

「うむ。君はまだだったのか?」

「いえ、済ませましたよ。さっそくやりましょうか」

 俺たちは空いているテーブルに教科書を並べると、さっそく試験勉強に入った。

 入ったといっても、正確には勉強するのは俺だけ。麻衣は俺の試験対策をカバーするためにいる。教えやすいようにと、俺の隣に座している。


「念のために聞くが、もう試験まで一週間を切っている。勉強はしているか?」

「まったく」

 恥ずかしげもなく言い切った。

 事実なのだから仕方ない。

「やはりか。ならばそんな君に、嬉しいプレゼントをやろう」

 ゴソゴソとリュックを漁り、透明なクリアファイルからプリントの束を取り出す。

「各教科の出題予想だ。たとえば数学なら七十ニページの――」

 曰く、教師ごとに出題の癖があるので、それを見極めればどのような試験が出されるのか、ある程度は読めるのだそうだ。

 デフォルメされた女の子のイラスト付きで、漫画のように苦もなく読める。

「ああ、凄いわかりやすいです。こんな公式、教わってませんよ」

「そんなはずはない。この公式は中学で習うはずだぞ。解き方は応用的だが。お、こっちの問題は学校で教わるのよりも楽な方法があってだな――」

 まるで凄腕の塾講師のごとく、麻衣は解説する。

 俺は時折、シャツを盛り上がらせているおっぱいを視界に収め、それでも熱心に問題を解いていった。


「ところで海堂くんは呼ばなくてよかったのか?」

「いいんすよ。あいつは一人で勉強するのが好きなんですよ」

 当然嘘である。海堂には悪いが、この話を知らせていない。今頃は俺が麻衣と密会しているとも知らず、ゲーセンだろう。

 可哀想に、赤点だ。海堂が補講で夏休みを潰している間、俺は麻衣と海や祭りにでも行ってやろう。


「それなら仕方ない」

 麻衣がリュックからビニール袋を出す。コンビニの袋だ。

「なんです?」

 俺が良く出る英文を暗記すべく、ノートに何度も書き写しながら訊ねる。

「板チョコだ。ほら、口を開けろ」

 銀紙を剥くと、パキっと一口サイズに割って俺によこす。

「自分で食べますって」

「だめだ。君の手は勉強するためにある。さあ口開けて」

「じゃ、じゃあ……」

 俺の右手が新しい英文を書きなぐりはじめる。

 麻衣の指が、唇に触れた。

 チョコが放りこまれる。

 苦い。ブラックチョコだ。さすが麻衣、大人の味である。しかしながら、後味はちょっぴり甘い。錯覚なのかあるいは恋の魔法か。

「うまいか?」

「は、はい」

 ドキドキしつつ、ノートのページをめくる。授業中に考えたオリジナルAVの名前が出てくる。


『激突! 百億パワーの精子達』。


 素早く次のページに切り替える。

「君がすぐに食べなかったから、少しチョコが溶けてしまったぞ」

「麻衣が急に言うからですよ」

「指にチョコがついた」

「お手洗いは出入り口の方ですよ」

「責任もってしゃぶれ」

 ペン先が踊った。

 三行ほど斜線で潰し、シャー芯がポッキリお亡くなりになる。

「なんてな。はは、動揺しすぎだ」

 黒宮が自分の指をペロペロと舐めた。

 冗談だったらしい。それとも、何食わぬ顔で指をしゃぶったら、許されたのだろうか。惜しいことをした。

「というか! 図書館は飲食禁止ですよ!」

「大声も禁止だゾ?」

「それは、そうですが……そういうことではなく!」

 言い負かしてやりたいのに、思うように言葉が出てこない。

「まあまあ。細かいことを気にするな。バレなければいい」

「生徒会長のくせに」

「ここは学校ではないよ。ちょっとくらい悪さをしても問題ない。そう、たとえば私がいきなり服を脱いでも――」

「それはさすがに問題すぎです。いろいろな意味で」

 ちょっとだけ想像してしまい、顔をノートに向ける。

 しかし妄想が表面に出ていたらしく、

「そうだな。君が失血死してしまう。この前のようにぶっかけられても困るしな」

「ぶ、ぶっか――こ、言葉を選んでください!」

 聞かれてはいまいかと周囲を伺う。

 黒宮はふっふと笑って、次のチョコを俺の口に放り込んできた。

 口いっぱいに広がる苦味と全身を火照らせる恥ずかしさをごまかすべく、次なる設問に挑む。


「あっれぇー? にいちんじゃん」

 不意に聞こえた声に、俺は飛び上がった。

 振り返ると、妹がいる。黒髪ロングヘアーで白いワンピースと麦わら帽子を被った清楚スタイルな妹。

 というか、小学生スタイルだ。

 妹はとことこ駆けてきて、

「どったのこんなとこで? まさか勉強?」

 と訝しむような目をする。

「俺だってたまには勉強するんだよ。お前こそ何してんだ」

「うー。私も勉強だよー。友達が向こうにいるんだー。ねね、それよりさ、そっちの超美人な人、ダレダレー? 彼女さん?」

「まさか。そうであったら嬉しいけど。同じ部活で生徒会の先輩だよ。勉強教えてもらってんだ」

「そっかー。そりゃそうだよねー。にいちんがこーんな綺麗な人と付き合えるわけないよねー」

 と失礼なことを大きな声でほざく。

「か、可愛い」

 ぽつり、麻衣が言った。


 俺と妹が同時に「え?」と彼女を見る。麻衣はいきなり妹を抱きしめ、自分の胸に妹の顔を沈めた。かと思えば、髪を指にからませ頭をなでまくる。羨ましい。

「なんて可愛さだ。髪なんかすっごいさらさらで、いい匂いがする。くぅーっ、ずるいぞ宮原シンくん。こんなキュートでぷりちーラブリーな天使と同居してるなんて!」

「は、はあ」

 ぷりちーラブリーって。

 俺はまたも麻衣の意外な一面を見てしまい、目を丸くする。それから妹が苦しそうにしているのに気づき、

「窒息しちゃいますよ」

 と指差した。

「おっとすまん」

 おっぱいから解放され、ゼイゼイと息を荒くする妹。

「大丈夫かルリリ?」

「あの! どうやったらそんなに胸おっきくなるんですか!」

 妹が目を輝かせて言った。初対面の人に何を聞きやがる。興味がなくはないが。

「知りたいか?」

「知りたい知りたーい」

「ならばあっちで君のお友達も交えて話そうか」

「やったー」

 俺も心のなかで快哉を叫ぶ。

 麻衣のおっぱいトークが聞けるのだ!

 嬉々として妹達の後をついていくと、黒宮が振り返る。


「君は勉強だ」

「えっ?」

「しばらく一人で頑張ってくれ。私はこの娘たちとハーレムを堪能することにする。女だけの秘密のトークだ。男子は禁制」

「俺はジュピターですか」

「それは木星。ではなく、君は試験が危ないのだからうつつを抜かしている暇はないだろう、ということだ」

「そんなぁ」

「まあそう気を落とすな。さっき解いた問題をもう一度やって、完璧に理解したらとびっきりのご褒美をやる。あとでテストするからそれまで頑張れ」

「了解であります!」

 俺はえっちなご褒美を期待して無我夢中で内容を頭に叩き込んだ。

 結果、黒宮のテストを突破することに成功したのだが、ご褒美は麻衣オリジナルのテスト範囲予想問題集であった。いやいや最初にもらったやつと何が違うんだと思って見ると、どうやら応用編らしい。

 まあこんなことだろうとは思ったけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る