第5話 妹と分身
⚫︎トオル
母ちゃんが死んだ時、父ちゃんは泣いた。
すげえ泣いた。
爺ちゃんとか婆ちゃんとか、近所の人とか、和のおっちゃんとおばちゃんが、どんなに宥めても宥めても、大声で泣き叫んだ。
病院でも葬式のときも、俺を抱きしめて、バカみたいに泣いた。
『あんた!しっかりしな!トオルがいるんだから!』
婆ちゃんが泣きながら、父ちゃんの猫背を叩いた。
『情けないだろ!』って、何度も。
けど、俺は死ぬほど悲しい別れの中でも、幸せだと思った。
こんなに母ちゃんが大好きな父ちゃんを、
失って悲しいと、心のままに泣ける父ちゃんを、かっこいいと思っていた。
そんな両親から生まれたことを、幸せだと思った。
泣きたくて悲しくてたまんないのに、
なのに、幸せだった。
その時も俺の手を、ヒデが握ってた。
ヒデと二人の時だけ、俺は泣いてた気がする。
父ちゃんが再婚するときは、不思議な感覚だった。
新しいかぁちゃんに、なんとなく反発心があったのに。
その日から家族になった、
3歳の、小さな小さな妹。
おい。お前の妹になるんだぞ。
父ちゃんが緊張でまっすぐになった、俺の猫背を押した。
紗季ちゃんっていうの?
うん。
おれね、トオル。
かぁちゃんは、一人だけだと思ってたのに。
父ちゃん、母ちゃんのこと好きだったんじゃねえのかよって、ムカついたのに。
紗季があんまりにも寂しそうに見えて、一生懸命俺に手を伸ばしてきて。
『紗季ちゃんのお兄ちゃんだよ。』
震えそうな声で、紗季の手を取った。
あの日、目をくりくりとさせてまだプニプニしたほっぺで、紗季はにんまりと笑った。
『お兄ちゃん?紗季の、お兄ちゃん!?』
俺の手をぎゅっと握る小さな手。
母ちゃんが旅立った年に、生まれた紗季。
可愛くて可愛くて、なんでか泣きそうだったんだ。
俺が。
俺が、紗季を守る。
そう決めた。
よし、と気合いを入れた俺の、やっぱり側にいたヒデ。
なんにも言わないけど、必死に紗季の右手を握る俺の横で、仕方ねーな、って左手を優しく握る。
ずっとずっと。
ずっとずっとずっと。
いつの間にか、
ヒデは、時々申し訳なさそうに俺を見た。
紗季は、俺に大好きって言わなくなった。
壊れてく。
俺の大事なものが。
母ちゃんがいなくなったみたいに。
泣き叫んだ父ちゃんが浮かんだ。
俺も泣くのかな。
上手くできずに無くすものを、恋しいと泣くのかな。
大丈夫。大丈夫。
みんな、トオルくんが大好きなだけなんだよ。
だから、あなたが嘘をついちゃダメなんだよ?
実加子は、俺の両手をその細い手で包んで言った。
明日、俺は結婚する。
守りたくて、守って欲しい人と。
『あ、焦げた。ほれ、食え』
『はぁ!?なにそれ!投げた!今投げたよ!お兄ちゃん!』
『たっかいお肉ですよー。それはそれは美味しいお肉ですよー。食え』
『じーちゃんの奢りでしょ!お兄ちゃんー焼いて~。』
『俺はとっても繊細だから。お焦げはちょっと‥トオルぅ~食べて~』
『うるせぇ。お前ら。』
紗季と、ヒデと、俺と。
『お前が甘やかし過ぎるんだよ。どこのお嬢さん気取りだよ。焦げた高級肉、しかも俺の奢りを食えないとか。』
『違う!じーちゃんの奢りだもん。』
『知ってる?こいつの勝負下着、真っ白。なんなの?どこまでお嬢さん気取りなの?』
『信じらんない!お兄ちゃん!ダメー聞いちゃダメー!』
『はぁ。トオルがね、家出てからどんだけ大変かわかる?こいつが凹んで凹んで凹んで凹んで‥』
『なによ!あんただって寂しそうにしてたもん!』
『しねぇよ』
『した!』
『バカじゃないの。』
『バカはあんただ!なんで下着バラすかな??』
この、相変わらずなこいつらは、
『あーあーうるせぇ。』
『トオル、言ってやれ。紗季は貧乳なんだから、んな下着じゃなくて、絆創膏はっとけって。』
『お兄ちゃん、言ってよ!ほんとは寂しンボのくせに、私に絡むな!って』
ふふふふふ。
『うるせぇ。ったく、お前ら本当俺のこと大好きだな!?』
一瞬、ヒデが息を飲んだ。
紗季の目が、一瞬で潤んだ。
『俺は大好きだよ。紗季も、ヒデも。』
ククククって、ヒデが笑う。
紗季が、お兄ちゃん、って呟いて泣く。
うるせぇな。
大好きだよ。
お前ら。
めちゃくちゃ、大好きだ。
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