第3話 そっくり







ヒデが私を連れてきた店は、最近できた90分食べ放題の店でも、お兄ちゃんと同級生の息子さんが、後を継いでリニューアルした、今時のオシャレな店でもなかった。



なぜかこの小さな町の小さな駅の周りには、3件も焼肉屋がある。


ヒデが選んだのは、残るひとつ。

駅から少し離れた“牛太郎”。


近所の高橋さんちのじーちゃんが、何十年もばーちゃんとやってる店で、なんなら子供の時から家族で来ている。


それに。


私が、20歳を越えたのを待っていたかのように家を出たお兄ちゃんが、時々『飯いかね?』って誘ってくれるのも、この店だった。

なんか、落ち着く。‥らしい。



一緒にお酒を飲んで、外で食事する。


ほんの少しだけでも大人になって、

お兄ちゃんに近くなった気がした。



ヒデと3人、七輪囲んで笑って。

いつも、お兄ちゃんの隣に座っていた。

お兄ちゃんの隣。

私の指定席。




ドアの前で、和の手を引っ張った。


『なんでわざわざここ選ぶのよ。どうせなら、食べ放題のとこなら、安く済むじゃん。』


ヒデのお財布事情など、心配していない。

飄々と生きてるこの人は、なんだかんだでちゃんと稼いで、ちゃんとモテていると知ってる。


当たって砕けようとした私を諭しておきながら、思い出に浸らそうとするのかとイライラした。


散歩を嫌がるワンコのように、ぐっと腕を引っ張り直したのに、ヒデは面倒くさそうに、私を一瞥した後、

『うるせぇ。』

と、有無を言わさず私を開けたドアに押し込んだ。


『じーちゃーん!!生二つとタン塩とカルビ。』

『おー、ヒデ。紗季ちゃんもか。』

『奥、座っていい?』

『おう』


奥に唯一ある座敷席。

まだ脚が重い私を、ヒデは容赦なく引っ張って座らせた。


『トオルは?』


じーちゃんが、ビールを置いた。

いつも店を元気にさばいてるばーちゃんは、最近体調が悪い、と高橋さんちのおばちゃんがお母さんと話してたのを思い出す。


『あんまり顔みせんから。元気にしとるか?』


妹、である私にじーちゃんは尋ねた。


『元気‥そうですよ。』


私がそれだけで済まそうとしてるのに、


『明日結婚すんだよ、トオル。』


ヒデがじーちゃんに言った。

ニヤッと私に向けた笑みに、私は腹立たしさと、なんとなくヒデの悲しみを知る。


バカだ。

お兄ちゃんの幸せを周りに広げながら、

自分だけ傷だらけになろうとしてるのか。


くるりと、店を見渡して、変わんねーなーここ。って背伸びしながらため息をつく。


変わるわけないじゃん。


半月くらい前、お兄ちゃんが連れて来てくれたじゃん。


だから、

そんなもう、二度と来ない場所みたく、懐かしまないで。


バカだ。

バカだよ、あんた。



『そうか!はー、トオルがなぁ。よし、まっとけ。』


手を叩いて喜んだじーちゃんが出してくれたのは、特級のお肉たちで、


『祝いだ!食っとけ!』


と、にこやかにまた、常連さん達との会話に戻っていった。



祝われるべき人は、ここにいないというのに。

高橋のじーちゃんは天然だ。

ばーちゃんなら、お祝いに美味いの出すから、トオル連れてこい、ぐらいは言いそうだ。



『‥なるほどね。』

『何がだよ。』


七輪に肉を並べながら、ヒデに言う。


『じーちゃんに、お兄ちゃんの祝いだとか言ったら奢ってくれるからでしょ。』


ヒデは、心外だなー極めて心外、とニヤリとしたまま言った。


『長年世話になってるじーちゃんに、めでたいこと伝えに来ただけだろ。』

『嘘。コレ狙って来たくせに。』


豪華なお肉たちを顎で指して、唇を尖らせると、くはって、笑いながらヒデが肉をひっくり返した。


『お前、トオルそっくりだな。』

『‥どこがよ。』

『それ。唇尖らして怒んの。一緒、トオルと。』


ムッとして自分の頬っぺたを両手で引っ張り、唇を一文字に引き伸ばしながらヒデをにらんだ。


『ねぇ。』

『あによ。』

『お兄ちゃんに似てるとか、一番言われたくない。』



ヒデはくくってまた喉を鳴らして、お高いお肉を私のお皿に置いた。


『似てるよ。ちゃんと。お前はトオルの妹だろが。』


とどめを刺そうとする言葉に、こぼれそうな涙を隠して引っ張っていた頬を、顔の真ん中に押し込んだ。


『なによ。あんただって、ただの幼なじみのくせに。』

『そうだよ。』


ヒデは、また、肉を焼く。

私のお皿には、手をつけられずに肉が積まれてく。


ヒデのお皿は、まだ綺麗なままだ。

ビールだけが減っていく。


『‥食べろや。それ以上痩せたら、貧相過ぎて笑えるだろが。』


ヒデがまた、肉を置く。


仕方なく一枚口に運んだところで、


『お!!トオルじゃねーか!めでたいな!おい。』


じーちゃんの声に驚いて、入り口を見た。

楽しそうなじーちゃんに、あんがとね、なんて笑って返事たくせに。

こちらを向くと、突然唇尖らしてむすっとしたお兄ちゃんが、歩いてきた。


その顔をみた、ヒデが噴き出した。


『ほら、そっくりじゃねーかよ。』


ヒデが笑う。

だから、私も、だね、とだけ言った。





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