百合と雑草

しんいち

ふたりの神社

 いつもの場所で彼女と待ち合わせ。

 街の外れにある標高三百メートル程度の山。登ると神社があるが無人で、特に見晴らしが良いわけでもなく、登山道も整備されていないので滅多に人が登ってこない。


 彼女が来るまでに、山頂の藪の中に育っている雑草を刈り取る。

 幼い頃、祖母に「あんなの雑草だから、日本の山ならどこにでも生えてるのよ。戦前は国が栽培を奨励していたんだから。神事にも使われるのよ」なんて言われていたが、本当に生えてるとは思わなかった。今では人に見つからないように上手く育てて自分と彼女だけの雑草畑にしている。

 刈り取った雑草は適当に放り投げて、枯れた頃に自治体指定のゴミ袋に詰めて神社の軒下に隠しておく。

 以前刈り取って十分に乾燥している雑草をゴミ袋から取り出し、水分が飛んで枯れ草のなった葉の部分を適当にもぎ取ると学校の理科実験室から拝借してきた三角フラスコとゴム栓、漏斗とガラスパイプを組み合わせて作った自作の水パイプに詰め込む。これで準備はできた。あとは彼女が来るのを待つだけだ。


 先に一人で始めたい気持ちを抑えつつ、雑草を吸いながら食べるお菓子を用意する。トリップしながら食べるお菓子は最高においしい。ついつい食べ過ぎてしまうのが問題だが、とても幸せな時間が体験できる。


 この雑草は育ちがよく、繊維や油も取れ種子の栄養価が高いため、この国では数千年の長きにわたり栽培され、宗教行事に欠かせない道具作りにも使われた。国策として生産量の確保も行われてたが、大きな戦争に負けた後、葉や種子には脳に作用する成分が含まれ、燃焼させて煙を吸引することにより多幸感や感覚が鋭くなるなどの効果が得られる事から良くないものとされ、戦勝国により栽培と所持が禁止され今に至る。この国では所持や栽培は今でも法律違反である。


 大きな健康被害もなく、諸外国では個人的な所持は合法どころか規定の年齢に達していれば、酒やタバコより気軽に買える。さらには末期ガン患者の苦痛緩和や鬱病などの治療にも使われてもいるため、現在は世界的に工業利用よりも吸引目的での栽培が主となっているが、


「何でこの国はだめなのかなぁ」


 そんな独り言が思わず口から漏れた矢先。


「紗英、おまたせ!」

 学校指定の時代遅れなセーラー服に長めのプリーツスカートを翻しながら彼女がやってきた。


「待ちくたびれたよ。有紀からLINEも来ないし先に始めちゃおうと思ってたんだから」思わず、すねた演技をしてみせる。


 ごめんねと上品に頭を下げながら、すとんと紗英のとなりにすわる有紀。

 仕草、動き、すべてが美しい。見とれてしまいたい気持ちを押さえて、紗英は自家製水パイプを取り出す。


「種は取ってないけどいいよね、いっぱい詰めておいたよ」


 元気で少々荒っぽい紗英とは対照的に、育ちの良さなのかニコッと上品に笑う。


「ちょっとまって。遅れたのはごめんなさいだけど、少し休ませて」


 有紀は学生鞄からハンカチを取り出すと、額の汗を拭う。

 この場所は低山ながらも、道が舗装されていないため山頂までは少し疲れる。その事を忘れて欲望のままに急かしたことを紗英は恥ずかしくなった。有紀は自分に無いものをすべて持っている。男っぽい性格の紗英は、セーラー服は苦手だし、行動もがさつだ。それに対して有紀は育ちの良さが全身からにじみ出ている。お嬢様が服を着て歩いているような、そんな憧れの存在だった。


 有紀が水パイプを受け取る。吸い口の細いガラス管に薄くピンクのリップを塗った唇が近づく。


「火をつけるよー」


 紗英は雑草にターボライターで火をつける。パチパチと音を立てて、独特の青臭い香りが立ち上る。

 同時に有紀は静かに、ゆっくりと、上品に吸い込み始めると、水をくぐって柔らかくなった煙が、有紀の肺を満たしてゆく。肺活量いっぱいに煙を吸い込んだ。


「んんー」


 吸い込んだ煙を逃がさないように、息を吐かずに水パイプを紗英に渡してくる。


「んんんんー」


 苦しそうに、吸い込んだ煙をすべて肺で吸収するために息を止めながらパタパタと動く有紀は最高にかわいく、いとおしいと紗英は思う。

 手早く水パイプを受け取ると、紗英もガラスパイプに口を付ける。


 紗英は学校を出ると、安物だけどラメ入りの、キラキラした少し派手なグロスリップをつける。その唇が今さっき有紀の唇がふれた場所を的確に捉えて、間接キスをする。紗英はこの瞬間もお気に入りだった。

 同じく深くゆっくりと煙を吸い込み、肺にためると有紀がはぁと息を吐く。煙はほとんど肺に吸収されていてタバコのような煙は出ない。

 紗英もほとんど煙が残らない息を吐くと、あとは雑草が効いてくるのを待つだけだ。


 3分もすると有紀が突然笑い出す。最初はくすくすと口元を隠しながら笑うが、何が楽しいのか目の前でコメディ番組を見ているかのような笑いかたになる。


「ねえ有紀、何がそんなに楽しいの?」

「だって見てよ、あのネコ。こっち見てるよ!」


 有紀が指を指す方向を見ると、確かに三毛猫がいた。この辺を住処にしてる野良猫だ。


 「ねえねえ、あの子今にも踊り出しそうじゃない!  紗英わかんない?  すごいよあの子!」


 見る限り踊り出しそうには見えないが、有紀にはそのように見えるのだろう。見えるというか想像力が豊かな感じだろう。じっと見ているうちに紗英も楽しくなってきた。


「あの子は踊り出しそうというか、空飛べる感じかもね」

「紗英やめて、踊って空飛ぶネコなんて耐えられないよ!!」


 そう言うと有紀はお腹を抱えて笑い出した。ツボに入ったようだ。


「ねえ、笑いすぎてすぎて本当に苦しい。やめてよー」


 有紀はそう言うと神社の縁側に突っ伏した。


 雑草は感受性に強く作用する。普段は何でもないことが、とても面白く感じたり、なんてことがない映像が強烈な印象をもって感じる事もある。これは個人差はあるが、五感に強く作用するのが特徴で、視覚、聴覚、味覚に変化が強く現れる場合が多い。


「ねえ、チョコたべようよ」


 笑いが収まってくると、紗英が用意しておいたお菓子から、最近お気に入りのカカオ90パーセントのチョコを出し、口に一つ入れる。


「おいしーよー」


 口の中で溶ける濃厚なチョコの味が、全身を刺激する。紗英の場合、カカオの成分が直接脳に届いて細胞を刺激する感じなのだが、有紀は違うらしくあまり共感を得られない。雑草の作用は概ね同じだが個人差が大きい。


「ねえ、私にもちょうだい」


 笑いが収まった有紀にチョコを一つ取り出して渡そうとすると。


「違うでしょ、それが欲しいの」

「そっか、そうだよね」

「うん」


 紗英は舌で溶けかけのチョコを転がしながら、有紀と唇を重ねる。そのままチョコを有紀の口腔に入れると、激しく舌を絡ませてきたのは有紀だった。ただのディープキスなのに、全身を撫でられているような快感が走る。紗英は舌の上のチョコのように心が溶けていく感覚に包まれた。

 雑草が無くても最高に気持ちがいい瞬間だろうと紗英は思うけど、二人が共有する秘密の雑草が、さらに快楽を増幅させるのは間違いなかった。


 つづく

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